3月12日弁論原稿(テキスト版)

ストーカー規制法が適用される典型例


Xさん(加害者)はYさん(被害者)と不倫関係にありました。Xさんは、Yさんから不倫関係を清算しようという話を持ちかけられましたが、Yさんを手放したくないとの思いから、Yさんを待ち伏せしたり、電話をしたり、メールを送るなどして、Yさんが翻意することを期待していました。しかし、その期待がかなわなかったことから、次第に怨恨の感情を抱くようになって、いやがらせや中傷行為をするようになりました。これは、神戸地方裁判所平成14年8月13日判決から事実関係の一部をご紹介したもので、ストーカー規制法が適用される典型的なケースです。本件は典型的なケースとかなり異なっています。どのような点が異なっているのかを気にしながら、弁論を見聞きしてください。


被告人の支出状況


(同棲開始前)

 被告人とAさんは、令和3年に知り合い、令和4年8月に再会しました。その後に何度か会い、約1か月後の9月中旬頃以降、被告人とAさんは、1週間に1回程度のペースで会うようになりました。この頃、被告人は、Aさんから、借金はないがギリギリで生活していて、ご飯を抜いたりしていると聞かされ、かわいそうに思うようになり、被告人が費用を負担して、Aさんのために手料理をしたり、外食に連れて行ったりするようになりました。

(同棲開始)

 10月25日、被告人は、Aさんから、同居男性と別れてAさんのところに来るようにと言われて、被告人は、同居男性の元を離れて、Aさん自宅に行きました。すると、被告人は、Aさんから、電気代が払えず、リボ払いの負債があると告げられました。借金はないと聞かされていたことを指摘するとリボは借金ではないと言い訳され、ご飯を抜いていたうえに電気代すら支払えていないことを知らされましたが、被告人は、Aさんからの謝罪を受けて、同棲は開始することにしました。10月25日はAさんの給料日でした。客観的に見れば、被告人は、給料日であるにもかかわらずお金が残らないことを焦ったAさんから呼び付けられた、というべき状況でした。

(同棲中)

被告人は、同棲開始後も、同棲開始前と同じく、Aさんの食費を全面的に負担し続け、Aさんの靴代、服代なども負担しました。

 給料日である11月25日頃、被告人とAさんは再び負債について話し合いました。電気、ガス、水道が止まることをおそれた被告人は、Aさんの負債約57万円を立て替えることにし、さらに、Aさんの元妻に養育費として3万円を送金しました。被告人は、Aさんから、AさんとAさんの元妻との間で養育費を毎月送金する話になっていることも知らされましたが、これは断りました。

 給料日直前の12月24日、被告人は、Aさんに連れられて、Aさんのおじを訪問する予定にしていました。おじから断られて訪問予定がなくなりましたが、養育費を毎月送金するという話されてからどうしていいか分からなくなっていた状況であったことに加えて、Aさんが作った借金を被告人が払うとか、Aさんのおじが払うとかいった話などもされて耐えられなくなり、Aさん自宅を出て同棲を解消しました。


Aさんの支出状況


 同棲期間中、Aさんが、被告人のために、何らかの具体的な支出をした事実は全く表れていません。Aさんは家賃や光熱費を負担していましたが、家賃や光熱費はAさんが1人で暮らす場合にも発生するものですから、被告人のための具体的な支出とは言えません。

Aさんは、被告人に対し、11月下旬に1万円を支出し、同棲解消の翌日に被告人の荷物を発送する費用等にあてるために1万円を支出しましたが、これらの支出は貸付金の返済にあてたため、被告人のための具体的な支出とは言えません。

Aさんは、被告人に対し、同棲解消後の令和4年12月27日に50万円を返済しましたが、貸付金は約8万円残されていますし、食費等は被告人負担のままにされていましたから、結局のところ、Aさんは、被告人の負担によって、返済を回避した貸付金約8万円、同棲期間である約2か月分の食費相当額、靴代等相当額の利益を確保していました。


金銭目的による利用行為であったこと


 Aさんが被告人に食費を負担させるペースは、同棲開始前は1週間に1回程度でしたが、同棲開始後は毎日のこととなりました。同棲開始から約1か月後にはリボ払いによる負債と養育費のために約60万円を立て替えさせ、さらには、毎月の養育費までも請求するに至りました。他方、Aさんは、被告人のための具体的な支出はしていませんでした。

 Aさんが被告人に食費を負担させ始めた頃から同棲解消に至るまで、Aさんの経済状況が変化したことをうかがわせる事実もありませんから、Aさんが被告人に食費を負担させ始めてから同棲解消に至るまで、Aさんはひっ迫した経済状況が続いていたことも確かなことです。

以上のような現実それ自体、Aさんが、被告人を金銭目的で利用していたことを強く推認させますし、①同棲開始前にはリボ払いによる負債があることを隠しており、被告人が同棲を決断しやすい状況にしていたこと、②同棲解消の翌日に貸付金の一部について返済を回避したこと、③後で申し上げる点ですが、返済を回避するための言い分が極めて身勝手であったこと、以上の経緯を踏まえて振り返ると、Aさんは、ひっ迫した経済状況を改善するために被告人と同棲していたと言えます。

以下、ここで論じたことについては、金銭目的による利用行為と表現します。

 

怨恨の感情を持ったこと


同棲解消翌日の12月25日、被告人は、Aさんに対し、貸付金約59万円の返済を求めました。その際、被告人は、Aさんから、Aさんが負担していた同棲期間中の家賃と光熱費の一部は被告人が負担するべきであり、その結果として返済額は約50万円になる、という主張をされました。

しかし、Aさんが家賃や光熱費を負担していたのも、被告人がAさんのために食費や靴代などを負担していたのも、いずれもお互いの気持ちによるものでしたから、家賃や光熱費だけ被告人に負担を求めるというAさんの言動は極めて身勝手で、人としてあり得ません。そのため、被告人は、Aさんに対し、話が違い過ぎており納得できないと伝えました。しかし、被告人は、Aさんから、約50万円を返すと記載した返済書を一方的に交付されました。被告人は1円も取らないよりはましであり、手を変え品を変え今後どうにかするしかないと考えて、返済書を持ち帰りました。

貸付金の返済について話し合った翌日の12月26日、被告人とAさんは電話で話しましたが、被告人がAさんに対して貸付金全額の返済を求めても、Aさんは音楽活動を一緒にやってほしいなどと言っており、話が全くかみ合いませんでした。翌年1月6日以降も、被告人は、Aさんに対して、「債権債務について、お支払いをお願いします。」などのメッセージを送信して貸付金の返済を求め続けていたにもかかわらず、Aさんから返済を回避され続けました。

このような経緯において、被告人は怨恨の感情を持ち始め、怨恨の感情が強くなって行く中で、本件に至りました。


結婚願望はなかったこと


同棲開始前、被告人は、Aさんから、借金はないがギリギリで生活していて、ご飯を抜いたりしていると聞かされていました。同棲開始6日前の10月25日、被告人が、友人に対して、「好きは好きですね。彼は、人を騙したりはないし」というメッセージを送信していたことから、被告人はAさんから騙されていないことを前提として好意を持っていたことが分かります。しかし、同棲開始当日、被告人は、Aさんから負債があると告げられ、騙されていたことが分かりました。

このような経緯でしたから、負債の問題が解決されたと仮定して考えてみたとしても、Aさんが被告人を騙していたという事実は残るため、被告人がAさんと結婚したいと考えるようになるとは限りません。そもそも、Aさんは電気代も出せず、食費も被告人に頼っている状況でしたから、Aさんの収支状況を改善し、負債の問題を解決することは相当に困難なことでしたから、負債の問題が解決すると仮定して考えられるような状況でもありませんでした。50本以上あるギターを売却するなどして荷物を整理して、安い家賃の家に引っ越すという話もありましたが、その話が実現には至らなかったという事実から見ても、Aさんの収支状況や負債の問題を解決することが相当に困難であったと言えます。

同棲開始から約1か月後、被告人は、Aさんに対し、リボの負債を立て替えるために約57万円を貸し付けましたが、これも、電気、ガス、水道等のライフラインが止まることを恐れてのことでした。被告人は、Aさんの元妻に養育費として3万円を送金し、貸付金は合計約60万円になりました。その後、養育費を毎月送金するという話をされてからどうしていいか分からなくなっていた状況であったことに加えて、Aさんが作った借金を被告人が払うとか、Aさんのおじが払うとかいった話などもされて耐えられなくなり、Aさん自宅を出て同棲を解消しました。

このように、同棲開始から同棲解消に至るまで、およそ結婚願望が生じるような状況ではありませんでしたし、被告人自身、Aさんに対して、結婚する気がないことを伝えていました。

裁判官は、この点に関して、Aさんに結婚する気持ちがないことに腹を立てるんだとすると、被告人としては結婚してもいいという考えだったのではないかと思えると発言していました。ですが、被告人がここで言いたいことは、金銭目的による利用行為のために被告人を呼んだAさんの言動の不誠実さに対して腹を立てていた、ということです。結婚願望がなくても腹を立ててしまうほどにAさんの言動が理不尽なものであった、ということです。


自分で解決することに固執していなかったこと


 検察官は、被告人に対し、弁護士や警察などの第三者に相談しなかったのはなぜかという質問をしました。これに対し、被告人は、少額なので、少額訴訟なら自分でやった方がいいと思った、という趣旨の供述をしました。被告人は、Aさんに対するメッセージの中でも、「必死に稼いだ金を、結婚詐欺寸借詐欺か」、「頭が良いから、慣れてるから数百万にしなかった、被害届出しにくいように」と記載して、警察などの第三者に説明しにくい状況であることを表現していました。

 確かに貸付金残額は約8万円と少額ですから、一般的に言って、弁護士に依頼して解決するようなものではありません。弁護士としても、このようにアドバイスするのが一般的と思われます。警察においても、貸付金残額が約8万円と少額であることや、民事不介入とされていることなどを理由として、そもそも相談を受け付けてもらえないケースです。

 このようなことからすると、被告人が自分でやった方がいいと思うことは合理的ですし、弁護士や警察などの第三者に頼れない以上、自分でやるしなかいと思ったのはやむを得なかったとも言えます。

他方、被告人は、Aさんよりも先に警察に相談したいと思ったりもしていたとのことであり、自分で解決することに固執していませんでした。被告人は、本件の捜査のために警察官と話したことについて、「今日は、楽しく2人のお巡りさんと、お話をした。鬼退治はこれからだ。お逝きなさい。」とツイートして、警察官が介入してくれたことを好機と捉えていることを表現していました。


本件の発端はAさんによる虚偽の被害申告であったこと


 Aさんは、被告人に対して、「お金の話し好きだね(笑)」というメッセージを送信していたことから、貸付金の返済を回避し続けていることが本件の原因だと理解していたことが分かります。

それにもかかわらず、Aさんは、警察官に対して、令和5年2月2日、「吉村は、私にお金を貸していると言っていますが、実際にはそんなことはありません。」と説明しました。さらに、その翌日の3日には「吉村が金返せと言っている内容は、私と交際していた期間に吉村が自分で自ら支払った交際費を支払うように言っているのだと思います。」と説明していました。

しかし、Aさんが返済を回避し続けていた貸付金は、リボ払いによる負債と養育費に由来するものですから、「吉村が自分で自ら支払った交際費を支払うように言っているのだと思います。」というAさんの説明は全くの虚偽です。しかも、事実と異なるだけではなく、被告人が支払ったのは「交際費」であると説明することによって、警察官が、本件をストーカー規制法の適用ケースと考えるように誤導していました。

 

Aさんの証言のうち特に信用できないもの


(引越し等をするよう求められた理由)

 Aさんは、安い家賃の家に引っ越すことや楽器を処分することを了解したのは結婚するための話の中であったと証言しました。

 しかし、被告人と同棲を開始した当日に約57万円の負債があることが発覚し、被告人がAさんの食費を全額負担するような経済状況にあったことからすれば、結婚するための話がされるような状況にはなかったと言えます。

 安い家賃の家に引っ越すことや楽器を処分することを了解したのは結婚するための話の中であったとするAさんの証言は信用できません。

(借金とリボの相違)

Aさんは、法廷において、借金とリボは違うということを大真面目に繰り返し証言していましたが、他方で、Aさんの元妻に対して「楽天カードの負債も膨らんでいて」というメッセージを送信していましたから、本心では、楽天カードによるリボ払いが負債であると認識していたことが分かります。借金とリボは違うというAさん証言は、意図的な言い逃れと非難せざるを得ません。

(収支状況)

 毎月の収支に関し、Aさんは、毎月の収支が赤字にはならないとも証言しましたが、毎月の収支に関するAさんの証言は様々に変遷をしているので信用に値しません。さらに言えば、Aさんは、Aさんの元妻に送信したメッセージによって「金はない」、「日々の食費もお世話になっている」と伝えていましたし、毎月の収支が赤字にならないのであれば約57万円もの負債が生じることは、そもそもあり得ません。よって、毎月の収支が赤字にはならないというAさん証言は全く信用できません。

(リボの負債を立て替えたときの被告人の心情)

Aさんは、被告人が約57万円のリボ残高を立て替えたことや、これを毎月1万円ずつの返済にしたことについて「結婚するからそういうことを言ってくれたんだろうなと思ってました」と証言しました。

 しかし、結婚に関するAさんの供述は、都合よく変遷しています。

例えば、Aさんが警察官に本件を初めて相談した翌日にあたる令和5年2月3日、Aさんは、警察官に対して、Aさんが被告人と結婚しようと考えていたかどうかに関する供述はしておらず、同棲を開始したが口げんかをするようになったので同棲を解消した、というストーリーしか供述していませんでした。

ところが、2月16日には、Aさんは、警察官に対して、「私は、吉村と結婚を見据えて同棲していました。吉村も当時は、同じ気持ちだったと信じています。その上で、私と吉村の二人にとって、お互いメリットがあるとして私の借金を吉村に肩代わりしてもらったのです。」と供述していました。

このように、Aさんは、自分を被害者としてアピールしたいときには、結婚を考えていたことも供述せず、仲が良かったことも供述せず、口げんかのことだけを供述していました。他方で、負債を立て替えてもらったときのことを聞かれれば、Aさんは結婚を考えており、被告人も同じ気持ちだったと信じていますと供述し、負債を立て替えてもらったことを正当化しようとしていました。

場面によって供述を変えていることからすれば、負債を立て替えて返済を毎月1万円としたことについて、被告人も結婚を考えていたからだと思うという内容のAさん証言は、全く信用できません。

(返済額を約50万円とすることに関する被告人の心情)

Aさんは、返済額を約50万円とすることについて、被告人は納得していたと証言しました。

しかし、Aさんが支払っていた家賃や光熱費、被告人が支払っていた食費等、どちらもお互いの気持ちで支払っていたにもかかわらず、家賃や光熱費だけを被告人負担にしたAさんの言動は極めて身勝手なものであり、被告人がこれを納得するというのはあり得ないことです。

よって、返済額を約50万円にすることについて被告人は納得していたというAさん証言は、全く信用できません。

(本件の原因)

 Aさんは、検察官から、同棲解消後に被告人から受信していたメッセージをどのように受け止めているかと尋ねられたことに対して、「あっさり別れてしまった」ことによるものであると証言しました。

 Aさんは、検察官から、本件の原因を尋ねられたことに対しても、「結婚しようという話をしていたにもかかわらず、あっさり別れてしまったのはあると思う」、「これ以外に思いつくことはない」と証言しました。

しかし、Aさんは、被告人に対して、「お金の話し好きだね(笑)」というメッセージを送信していたのですから、被告人からメッセージが来ていた原因も、本件の原因も、貸付金の返済を回避し続けていることだと認識していたはずです。

本件の原因に関するAさん証言は、被告人をストーカーと印象付けるための意図的な虚偽証言と非難せざるを得ません。


被告人の供述は信用できること


 これまで、弁護人は、できるかぎり、①残されているメッセージなどの客観性の高い証拠、②Aさんと被告人とで認識が一致している事実、③警察官や検察官が作成したAさんの供述調書のうち特に争いがないと考えられる事実、④Aさんの証言のうち特に争いがないと考えられる事実、以上の証拠を基にして事実関係を示してきました。しかし、これらのことだけではどうしても示しきれない場合には、⑤被告人の供述にしか出てこない事実、⑥被告人とAさんとで認識が相違しているものの被告人の供述の方が事実と思われる部分、以上の証拠を基にして事実関係を示しました。

先ほど、Aさんの証言のうち特に信用できないものを指摘しました。その反面とも言えますが、被告人の供述は、被告人の供述にしか出てこない事実も、Aさんと認識が相違している点に関する事実も、特に信用できないと言えるようなものはありません。

 弁論に与えられた時間が不足する可能性があるので、⑤被告人の供述にしか出てこない事実、⑥被告人とAさんとで認識が相違しているものの被告人の供述の方が事実と思われる部分、以上の事実に関する被告人の供述が信用できることについては、必要に応じて、この弁論の末尾の注釈で論じています。裁判官、検察官は、注釈を読んでご対応ください。傍聴人の方がご希望であれば弁論原稿をご提供しますので、本日の公判終了後にお声掛けください。


ストーカー規制法の確認


ストーカー規制法は、「恋愛感情その他の好意の感情を充足する目的」による行為、「恋愛感情その他の好意の感情が満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的」による行為、以上の2つがストーカー行為に該当すると定めています。


恋愛感情その他の好意の感情を充足する目的はなかったこと


同棲解消後のメッセージのやり取りにおいて、Aさんは、被告人に対して、「直美のことは愛しているよ。今も。」という好意の感情を表現するメッセージを送信したことがありました。

他方で、被告人は「Aさんのことを愛しています。」などといった好意の感情を表現するメッセージは全く送信していませんでした。本件の書面にも「Aさんのことを愛しています。」などといった好意の感情を表現する言葉は全く記載されていませんでした。

そのため、本件が「恋愛感情その他の好意の感情を充足する目的」によるものとは到底言えません。


本件全体を総合的に踏まえて適切な認定をするべきこと


冒頭でご紹介した典型例は、不倫関係の清算をした後、行為者が相手方に対して復縁を希望したものの、これがかなえられなかったことに対して怨恨の感情を抱くようになった、というものでした。不倫関係を清算した後、復縁に応じなかったことについて相手方に非があるとはいえず、このことに怨恨の感情を持つようになったとすれば、それは、行為者の方に非があると言えます。ストーカー規制法を制定して保護しようとしたのは、このようなケースにおける被害者と呼ぶにふさわしい相手方だったはずです。

 Aさんは、被告人と同棲していましたが、それは、被告人を金銭目的で利用するためでした。このようなケースから生じた怨恨の感情を「恋愛感情その他の好意の感情が満たされなかったことに対する」ものであると認定してストーカー規制法を適用すると、交際関係に名を借りた金銭目的による利用行為を法的に保護するという、極めて不当な事態となってしまいます。

 ストーカー規制法第21条は「この法律の適用に当たっては、国民の権利を不当に侵害しないように留意し、その本来の目的を逸脱して他の目的のためにこれを濫用するようなことがあってはならない。」と定めています。そのため、ストーカー規制法を濫用しないようにするためにも、交際関係に名を借りた金銭目的による利用行為に対する怨恨の感情は、「恋愛感情その他の好意の感情が満たされなかったことに対する怨恨の感情」には該当しないと解されるべきである、と言い切りたくなります。本件の発端がAさんによる虚偽の被害申告であったことからすると、このように言い切りたい気持ちはますます強くなります。

しかし、これは、弁護人としてもやや極端に思いましたし、感情に引きずられた解釈論の説得力は小さいとも思います。何より、このように解釈すると言い切ってしまうことによって、金銭目的による利用行為に対する怨恨の感情であることを装って、恋愛感情その他の好意の感情が満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足するケースにストーカー規制法を適用できなくなるなら、これも極めて不当な事態となってしまいます。

以上のことを踏まえると、この点を解釈によって一刀両断することは適切ではなく、証拠から認定できる事実全体をしっかりと踏まえて、事案ごとに適切な認定をすることで対応するのが適切と言えます。

本件に即して言えば、被告人が持っていた怨恨の感情が「恋愛感情その他の好意の感情が満たされなかったこと」に対するものどうかについて、被告人とAさんとが過去に交際関係にあったという事実や言葉の表面的な意味合いだけを切り取って検討するのではなく、怨恨の感情が生まれて強くなっていった経緯、本件の書面における記載内容、本件に対する被告人及びAさんの認識を総合的に踏まえて、適切な認定をするべきです。

 もし、その結果として、怨恨の感情が「恋愛感情その他の好意の感情が満たされなかったこと」に対するものではなくストーカー規制法を適用できないという結論になるとしても、大阪府公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例において、恨みなどの悪意の感情を充足する目的による行為を対象とする罰則が定められていますから、特に弊害が生じることもありません。


怨恨の感情は「好意の感情が満たされなかったに対する」ものではなかったこと


(怨恨の感情が生まれたこと)

被告人は、毎月の養育費を請求された頃から金銭目的による利用行為にあっているという考えるようになりましたが、他方で、同棲を続けていた事実もあることからすると、同棲解消前までは一定の不満の感情はあったとしても、これが怨恨の感情に発展するような決定的な出来事はなかったと言えます。同棲解消の日も、被告人が、Aさんに対して、怨恨の感情を持つに至るような決定的な出来事は見受けられません。

怨恨の感情を持つことになる決定的な出来事があったのは同棲解消翌日でした。被告人は、Aさんから、貸付金の返済を回避するために、家賃や光熱費の一部を被告人負担としつつ、他方で、食費全額を被告人負担のままにするという、極めて身勝手かつ理不尽なことを主張され、これが怨恨の感情が生まれる決定的な出来事になりました。被告人も「手を変え品を変えどうにかするしかないと思った」と供述し、怨恨の感情が生まれたことを表現していました。

よって、この時点で被告人が持っていた怨恨の感情は、極めて身勝手かつ理不尽な言い分で貸付金の返済を回避されたことに対するものだったと言えます。

(怨恨の感情が強くなっていったこと)

令和5年1月6日、被告人は、Aさんに対し、「債権債務について、お支払いをお願いします。」などと記載して、18行にわたる1通のメッセージを送信しました。

 その後、1月9日午後9時12分から午後9時38分にかけて、被告人は、Aさんに対して、「私の方が家賃光熱費を上回り支払いしています」「ギター売れば返せる金額ですよね」「早く払えや」などと記載して、152行にわたる59通のメッセージを送信しました。「早く払えや」という貸付金の返済を求めることを直接的に表現するメッセージ、「ギターを売れば返せる金額ですよね」という返済資金を作るよう訴えるメッセージ、「私の方が家賃光熱費を上回り支払いしています」という貸付金の返済を回避するためにAさんがしていた言い訳を指摘するメッセージなどによって貸付金の返済を回避され続けていることに対する怨恨の感情が表現されていますし、「早く払えや」などの言葉遣いによって怨恨の感情が強くなっていることも分かります。

 午後9時39分になり、Aさんは、被告人に対し、「直美の事は愛しているよ。」などと記載して、24行にわたる1通のメッセージを送信しました。このメッセージには「直美の事は愛しているよ。」の他にも愛情を表現するメッセージが書かれていた一方で、貸付金の返済に関することは何も書かれていませんでした。

 午後9時41分から午後9時45分にかけて、被告人は、Aさんに対し、「家賃光熱費半額勝手に抜くのはルール違反です」「分割でも払え」「恨まれて当然です。」などと記載して、40行にわたる10通のメッセージを送信しました。これらのメッセージは、家賃光熱費を被告人負担にするというAさんの言い分が直接的に指摘されており、貸付金の返済を回避され続けていることに対する怨恨の感情が直接的に表現されていると言えますし、「直美の事は愛しているよ。」などというメッセージによってAさんが貸付金の返済から話題をそらした直後の返信となっていることから、怨恨の感情が強くなっている様子も表れていると言えます。

1月11日午後6時28分から午後7時00分にかけて、被告人は、Aさんに対し、「1日も早くお金を取り戻したいです」「必死に稼いだ金を、結婚詐欺寸借詐欺か」「頭いいから、慣れてるから数百万にしなかった、被害届出しにくいように」「借金しかないくせに、収入も全然足らない生活費入れないくせにセックスしてやった、とかだし話にならない」などと記載して、83行にわたる27通のメッセージを送信しました。「お金を取り戻したい」など貸付金の返済を求めることが直接的に表現されており、「必死に稼いだ金を、結婚詐欺寸借詐欺か」、「頭が良いから、慣れてるから数百万にしなかった、被害届出しにくいように」とAさんによる金銭目的による利用行為が非難されていたり、「生活費入れないくせにセックスしてやった、とかだし話にならない」とAさんが貸付金の返済を回避するための言い訳として性行為をお金で換算する発言をしていたことを非難したりしていることから、貸付金の返済を回避され続けていることに対する怨恨の感情の強さを読み取れます。

1月12日以降、被告人は、Aさんに対して、これまで指摘したものと同じような内容のメッセージを送信していましたが、Aさんから貸付金の返済を回避され続ける状況が続き、怨恨の感情を強くしていきました。そして、1月25日頃、Aさん自宅を訪問し手紙をポストに投函しました。

(本件の書面における記載内容)

・1月25日頃にAさん自宅に投函した手紙

 1月25日頃に被告人がAさん自宅に投函した手紙には「一日も早く、私のお金を返して下さい。着信拒否では何も解決できません。結婚詐欺師。誰が何が悪いのか?援助交際は犯罪です。援交相手にはギターを渡し、私には借金ふみたおしですか?」などと記載されていました。

貸付金の返済を求めることが直接的に表現されており、「結婚詐欺師」「援助交際は犯罪です」といった言葉も貸付金の返済を求める文脈で書かれていることからすれば、この手紙で読み取れる怨恨の感情は、貸付金の返済を回避され続けていることに対するものであることがはっきりと読み取れます。

・1月27日頃にAさん勤務先に郵送した手紙

 1月27日頃に被告人がAさん勤務先に郵送した手紙は、1枚あたり縦書き12行と20文字程度の便箋、合計15枚となっていました。

この手紙には、被告人が、Aさんから、「引越したいが自分はキャッシングで首がまわらない。引越し代もお前だ。光熱費も払え。病院代がない。食費、日用品衣類全てお前だ。」と言われていたことが記載されていて、被告人がAさんから金銭目的による利用行為をされたことが訴えられています。そして、金銭目的による利用行為をされた要因について、「会社案内、名刺、営業車でまともな会社の部長さんと信用させてきました。」と指摘したうえで、「私が御社にお願いしたいのは、Aさんの解雇です。」という要望を記載していました。

これらの記載は、金銭目的による利用行為に対する怨恨の感情を直接的に表現していると言えます。

・2月2日頃に被告人がAさん自宅に投函したはがきと紙片

 2月2日頃に被告人がAさん自宅に投函したはがきや紙片は単語の記載となっていました。はがきには「怨」という一文字が中心に書かれ、周辺に「不倫SEX」「フーゾクで酒池肉林」などという単語が記載されていました。紙片には「女の生き血すするダニ」「竿師」「金目当三下」などの単語が記載されていました。

「不倫SEX」「フーゾクで酒池肉林」「女の生き血すするダニ」「竿師」という言葉は、一見すると貸付金の返済と関連がないように思われますが、Aさんが被告人に対して風俗嬢と付き合ったことがあると話していたことや、Aさんが被告人に対して性行為をお金で換算する発言をして貸付金の返済を回避していたことなどに由来しています。「金目当三下」という言葉は金銭目的による利用行為を非難する意味合いであることは明らかです。

以上のことから、はがきや紙片の記載によって、貸付金の返済を回避し続けることに対する怨恨の感情、金銭目的による利用行為に対する怨恨の感情が表現されていると言えます。

(被告人及びAさんの認識)

・被告人の認識

被告人は、Aさん勤務先に手紙を郵送する約2週間前の1月13日、Aさん勤務先に電話して「お金を返せ」と言っていましたが、これ以外の発言をした事実は表れていません。このことからすると、被告人は、Aさん勤務先に手紙を郵送するにあたって、貸付金の返済を回避し続けることに対する怨恨の感情を充足しようと考えていたと言えます。

被告人は、2月2日にAさん自宅を訪問して「金返せ」と叫びましたが、これ以外の言葉を発した事実は表れていません。このような被告人の発言状況からすると、2月2日にはがきや紙片を投函するにあたり、貸付金の返済を回避され続けていることに対する怨恨の感情を充足しようと考えていたと言えます。

・Aさんの認識

 被告人が1月13日にAさん勤務先に電話して「お金を返せ」と言い、他の発言をした事実が表れていなかったことは、会社の事務員から社長に伝えられ、社長からAさんが聞き、Aさんも認識していました。

被告人が2月2日にAさん自宅を訪問した際に「金返せ」と叫び、これ以外の発言がなかった場面は、Aさんが目撃していました。

これらのことの他、Aさんが被告人に送信したメッセージには「ねぇ?お金の話好きだね(笑)」というものもあったことからすると、Aさんとしても、被告人が有する怨恨の感情が貸付金の返済を回避され続けていることに対するものであることを十分に理解していたと言えます。

(まとめ)

以上のとおり、本件における被告人がAさん自宅に手紙を投函するなどした行為は、貸付金の返済を回避され続けた中で怨恨の感情が生まれて強くなっていったという経緯の中でなされたものであること、本件における書面の記載内容も貸付金の返済を回避し続けることに対する怨恨の感情が表現されていること、被告人及びAさんの認識も貸付金の返済を回避し続けることが本件の原因であるというものであること、以上のことを踏まえると、本件は貸付金の返済を回避し続けることに対する怨恨の感情を充足すること、金銭目的のために利用されたことに対する怨恨の感情を充足すること、以上の2つを目的とするものであり、「恋愛感情その他の好意の感情が満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足すること」を目的とするものではなかったと言えます。

よって、本件について、被告人は無罪です。

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