大麻取締法違反被告事件弁論原稿  (大麻取締法の合憲性について)

第1 大麻取締法が憲法に違反すること

 1 弁護人の主張

 弁護人は、結論として、大麻取締法は憲法に違反すると考えている。
 このことを論じるにあたって、まずは、最高裁判例を検討する。

 2 最高裁判例の検討

 昭和57年9月17日の最高裁判例は、大麻取締法第1条にいう「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」に該当するのは、サティバ種に属するものだけであるのか、それともインディカ種やルーデラリス種も含むのかという点についての判断を示したものである(最高裁判所判例解説刑事篇・昭和57年度・267頁以下の解説を参照。)。
 そして、同日の最高裁判例は「大麻取締法の立法の経緯、趣旨、目的等によれば、同法一条にいう「大麻草(カンナビス、サテイバ、エル)」とは、カンナビス属に属する植物全てを含む趣旨であると解するのが相当」と判示した。そのため、最高裁判例の解釈によれば、大麻取締法第1条にいう「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」には、サティバ種だけではなく、インディカ種やルーデラリス種も含まれるということになった。
 弁護人としては、大麻取締法第1条にはっきりと「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」と書かれているにもかかわらず、インディカ種やルーデラリス種も含まれるという解釈は、明記されている文言に反する解釈であり、率直にいって全く不合理なものであり賛同できない。
 しかし、最高裁判例になってしまっている以上、本件では、大麻取締法第1条にいう「大麻草(カンナビス・サティバ・エル)」に該当するものはサティバ種のみであるのか、それともインディカ種やルーデラリス種も含むのか、という点はあえて問わない。
 本件は、以上とは別の観点から、大麻取締法が憲法に違反することを論じるものである。

 3 大麻草はTHCA種とCBDA種の2つに分類されていること

 大阪府警察科学捜査研究所において用いられている書籍であり、弁第1号証として取調べがなされた『薬毒物試験法と注解』という書籍によれば、大麻草には、THCA種とCBDA種とがあるとされている(同書籍156頁)。そして、THCA種は麻酔作用を有する化学物質であるTHCが含まれているのに対して、CBDA種にはこれが含まれていない、とのことである。
 本件において、大阪府警察科学捜査研究所の職員であり、本件の鑑定人であったA氏及びB氏に対する証人尋問がなされているが、両証人によれば、大阪府警察科学捜査研究所の鑑定においても、鑑定対象物にTHCが含まれているかどうかが確認されており、THCを含まないものは大麻とは扱わない実務となっていることが証言された(A氏証人尋問調書31頁、B氏証人尋問調書57-58頁)。

 4 大麻取締法はTHCA種とCBDA種の両方を規制していること

 大麻取締法の条文を確認すると、大麻取締法が規制しているのは「大麻草」そのものであり、THCなどの化学物質に着目した規制はされていないことを読み取ることができる。昭和57年9月17日の最高裁判例の解説においても「大麻取締法は大麻草を規制対象のベースとしている」と記されている(最高裁判所判例解説刑事篇・昭和57年度・273頁)。
 以上のことから、大麻取締法の文言に従うなら、大麻取締法は麻酔作用を有する化学物質であるTHCを含んでいるTHCA種にあたる大麻草を取締りの対象としつつ、麻酔作用を有する化学物質であるTHCを含まないCBDA種(繊維種とも言われている。)も取締りの対象としていると理解せざるを得ないものとなっている。

 5 CBDA種を取り締まる必要性も合理性もないこと

 先に言及した大麻草のうちTHCA種については、麻酔作用を有する化学物質であるTHCを含んでいるから、その規制が必要であるという見解にも一定の根拠らしきものはあるとは一応言える(なお、国際的にも、国内的にも、THCA種についてさえ規制が不要という見解も存在するのでこのような言い方にとどめている。)。
 他方、大麻草のうちCBDA種には麻酔作用を有する化学物質であるTHCが含まれていないから、そもそも刑罰によって規制する必要性も合理性もないと言える。
 昭和57年9月17日の最高裁判例の解説においても次のように記されている。
 「(昭和57年9月17日の最高裁判例は)大麻草が麻酔作用を有する化学物質を含有することを前提としているのであって、かりに大麻草のうちに麻酔作用を有する成分を含有しない品種が新たに発見されたときは、これをまでも規制対象に含める趣旨ではなかろう。」(最高裁判所判例解説・刑事篇・昭和57年度・273頁)。
 このように、最高裁判所の判例解説を踏まえても、大麻草のうちCBDA種については、刑罰によって規制する必要性も合理性もないと言える。

6 化学物質に着目した規制ではない大麻取締法に合理性がないこと

 近時、大麻に関する規制が改定され、大麻の所持に加えて、施用が処罰対象とされており、その際、THCという化学物質に着目した規制に改定されたところである。この改定は、一見、合理的に見えるが、このようなことは、昭和57年9月17日の最高裁判例の解説の時点において、すでに「THCそのものを規制対象に取り上げる方が合理的である」として指摘されていたことである。このような指摘があったにもかかわらず、最高裁判例が出された昭和57年(1982年)から令和6年(2024年)の現時点に至るまで、42年にもわたって、THCという化学物質に着目せず、大麻草そのものに着目した規制をし続けている現行大麻取締法に合理性が失われていることは明らかである。

7 結論

 前記4で述べたとおり、大麻取締法は、麻酔作用を有する化学物質であるTHCを含むTHCA種を取り締まると同時に、THCを含まないCBDA種をも取り締まるものであるところ、前記5で述べたとおり、CBDA種を取り締まる必要性も合理性もないし、前記6で述べたとおり、THCに着目しない規制を42年にもわたって続けているという観点から見ても合理性はない。
 このように、必要性も合理性もない刑罰法規は、刑罰法規が適正なものであることを求める憲法第31条に違反するものである。
 よって本件に適用すべき憲法に適合する刑罰法規は存在しないから、起訴状に記載された事実が真実であっても、何ら罪となるべき事実を包含しないものとなるから、本件について、公訴を棄却する決定をするべきである(刑事訴訟法第339条第2号)。

第2 本件の事実関係

 弁護人は、本件に大麻取締法を適用することはできないと考えているが、本件の事実関係も審理の対象とされたという経緯があるため、本件の事実関係を述べておく。
 まず、そもそも、大麻草、ないしはTHCに依存性があるとは言い切れないことに注意が必要である。大阪府警察科学捜査研究所で用いられている書籍である『薬毒物試験法と注解』(弁第1号証)において、覚せい剤に関しては「中毒症状」に関する記述があるのに対して(176頁)、大麻に関しては「中毒症状」に関する記述はない。さらには、大麻の作用は、時間、空間の錯誤などがあると紹介されてはいるものの、その作用は「個人差が著しく摂取時の環境や精神状態に大きく影響される。」(156頁)ことや、「身体的依存性は弱い」(157頁)ことが記述されている。大麻使用の影響には個人差がある可能性が高いことは、大麻等の薬物対策のあり方検討会まとめ(厚生労働省から発表された資料として裁判長が本件審理で配布した資料)の4頁目においても指摘されている。
 次に、被告人自身に依存症状があるとは言えないことである。被告人が大麻を使用していたことは確かなことであるが、保釈されて以降の約1年9か月以上、大麻を使用することなく生活している。このように、被告人が大麻から離れることができているという事実は、被告人に大麻への依存症状がないことを何よりも明確に示している。先に書籍から引用したとおり、まさに、大麻使用の影響における個人差が現れていると言える。
 本件においては、「これから大麻をやめます。」などの定型的な被告人質問をすることなく、被告人がなぜ大麻を使用するようになったのか、どうすれば大麻の使用をやめることができるのか、ということを深く検討する被告人質問を実施した。被告人は、大麻を使用するようになった経緯を詳細に説明し、大麻には世間で言われているほどの悪質性はないし、大麻の所持を禁じることに合理性はないと感じているという被告人としての意見も正直に説明していた。
 被告人が大麻の使用が禁止されていることに納得できないと感じる点については、大阪府警察科学捜査研究所で用いられている書籍において、覚せい剤に関しては中毒症状の説明があるのに対し、大麻に関してはそのような説明がないことや、大麻使用の影響に個人差があるとされていることからも読み取ることができ、相応の合理性はあると言えるものである。
 被告人は、たとえ自らの意見に一定の合理性があるとしても、法令で禁止されている以上は、これに反すれば逮捕、勾留などされて家族に迷惑をかけることになるため、このような意味で大麻は使用しないことを供述した。被告人にとって、このたびが初めての身柄拘束の経験であり、家族に迷惑をかけたくないという思いを強くしていること、そして、実際に、被告人を見守る家族がいることは、被告人の母の証人尋問からも明らかである。
 弁護人として、本件の事実関係を以上のとおり示しておく。
                                以上

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?