控訴趣意書①(法廷録音)

控訴趣意書①

(審判の公開に関する規定に違反したこと:法廷録音関係)

令和6年6月19日

大阪高等裁判所第〇刑事部 御中

弁護人 中道一政

第1 被告人及び弁護人による法廷録音を許可しないまま公判をしたこと

 被告人は原審第10回公判において、弁護人は原審第1回、第2回、第3回、第4回及び第10回公判において、公判中の録音許可を申請したが、原審裁判長は申請を許可せず、許可をしない訴訟指揮に対する異議も棄却した。

 公判中の録音について、憲法及び刑事訴訟法に規定はなく、刑事訴訟規則に定めがある。同規則第47条第2項等によれば、検察官、被告人及び弁護人は裁判長の許可を受けて公判中に録音ができるとされているが、どのような事情を考慮して、どのような基準に基づいて許可を受けることができるのかを定めた明文の規定や基準はない。被告人及び弁護人による公判中の録音を許可しない理由について、原審裁判長は、必要性、相当性がないと説明するのみであったことから、原審裁判長が、どのような事情を考慮して、どのような基準に基づいて、公判中の録音を許可しないという判断をしたのかも不明である。

第2 裁判を適切に公開するよう請求する権利が憲法上保障されていること

 憲法第82条第1項が裁判を公開すると定めている趣旨について、最判平成元年3月8日(いわゆるレペタ訴訟)の多数意見は、「裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとすることにある」と判示した。

 弁護人は裁判の公開を制度的保障と解する判例の見解に賛同はできないが、仮に判例の見解を前提にするとしても、憲法第37条第1項においては、「すべて刑事事件においては、被告人は、・・・公開裁判を受ける権利を有する」と明記されているので、刑事事件における被告人にとっては、公開裁判を受ける権利は、具体的権利性のある憲法上の権利と解されることは明らかである。

 この点に関して、広く読まれている憲法に関する書籍においても、「三七条の公開裁判と八二条の公開裁判は、基本的には一致すべきものとしても、一方は被告人の権利の観点から、他方は裁判制度のあり方の観点からの保障であり、保証の趣旨が異なるから、問題によっては、どちらの観点からみるかにより微妙な違いが生ずる可能性もないわけではない。ゆえに、八二条に違反しなければ三七じょうにも反しないと安易に考えるべきではない」と指摘されている(野中俊彦ら著『憲法Ⅰ〔第5版〕』有斐閣、2012年、442頁)。

 上記の憲法第82条第1項の趣旨、憲法第37条第1項の定め及び憲法学者による指摘を踏まえると、刑事事件における被告人は、裁判所に対して、裁判が公正に行われていると言えるかどうかについて一般の検証を受けられるようにするために、裁判を適切に公開するよう請求する具体的権利を有すると解される。

 その検証においては、裁判に対する否定的見解もあるかもしれないが、他方で、肯定的見解もあるかもしれない。さらに言えば、裁判官のみならず、検察官、弁護人といった訴訟を担当する法曹関係者、被告人本人、証人などの訴訟関係人も、賛否様々な観点から一般の検証を受けることになる。このような一般の検証を通じた多面的、多角的検証によって裁判の公正さが担保されていることに思いを致すなら、刑事事件における被告人が、憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項に基づき、裁判所に対し、裁判が公正に行われていると言えるかどうかについて一般の検証を受けられるようにするために、裁判を適切に公開するよう請求することは、被告人の利益のためであることはもちろんであるが、それと同時に公共の利益にも適う、極めて重要なことと言うべきものである。

第3 公開された裁判を適切に記録するよう請求する権利が憲法上保障されていること

 前記第2で述べたように、刑事事件における被告人は、憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項に基づき、裁判所に対し、裁判が公正に行われていると言えるかどうかについて一般の検証を受けられるようにするために、裁判を適切に公開するよう請求する具体的権利を有すると解される。

 そして、一般の検証を受けるにあたっては、公開された裁判が適切に記録され、適切な記録に基づいて裁判の内容が一般に共有されることも必要となるから、刑事事件における被告人は、憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項に基づき、公開された裁判を適切に記録するよう請求する権利も有すると解される。

 刑事訴訟法も、公開された裁判の記録について、第一次的には裁判所が作成するものとはしているが、その記録の正確性について、検察官、被告人及び弁護人は異議を申し立てることができるものとして、公開された裁判を適切に記録するよう請求する権利を具体的に定めている(刑事訴訟法第51条第1項)。そして、刑事裁判の記録は、訴訟手続の確定後には一般の閲覧に供されており(刑事訴訟法第53条第1項)、このことを通じて、公開された刑事裁判が公正なものであったと言えるかどうか、一般の検証を受けるようにされている。このことからすれば、検察官、被告人及び弁護人に保障されている記録の正確性に対する異議の権利は、訴訟当事者としての活動のための権利であると同時に、公開された刑事裁判について一般の検証を受ける際の記録の適切さを確保するための権利としての性質も有するものであり、憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項に基づく公開された裁判を適切に記録するよう請求する権利を具体化したものと解される。

第4 録音を許可しないことが審判の公開に関する規定に違反すること

 前記第3で述べたとおり、記録の正確性に対する異議の権利は、憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項に基づく公開された裁判を適切に記録するよう請求する権利を具体化したものと解されるところ、記録の正確性に対する異議を適切に主張するためには、訴訟関係人自身において、公開された裁判を適切に記録することが必要不可欠となる。

 レペタ訴訟の多数意見で言われているように、法廷は裁判官及び訴訟関係人が全神経を集中すべき場であるならば、訴訟関係人においてメモの筆記に気を取られて神経を集中できないという事態は避けられるべきものである。録音はこのような弊害を避け、訴訟関係人が法廷に全神経を集中するための極めて利便性の高い方法であり、かつ、記録の正確性の点からみても、録音の方が、メモに比して、はるかに有用であることも明らかである。

 そもそも、検察官、被告人及び弁護人が、法廷において意見を述べているときや、証人尋問や被告人質問をしているときなどに、同時にメモをとることは到底不可能であるから、検察官、被告人及び弁護人に対し、特段の弊害がないにもかかわらず録音を許可せず、公開された裁判を適切に記録する手段を奪うことは、記録の正確性に対する異議の権利を奪うことと同義であって、憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項に基づき被告人に保障された記録の正確性に対する異議の権利を侵害するものである。

第5 結語

 原審裁判長が、何ら弊害について説明することなく、被告人及び弁護人による法廷内の録音を許可しなかったことは、憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項に違反するものである。憲法第82条第1項及び憲法第37条第1項は審判の公開に関する規定であるから、これらの規定に違反することは刑事訴訟法第377条第3号に定める絶対的控訴理由に該当する。よって、刑事訴訟法第397条第1項第1号に基づき、原判決は破棄されるべきである。

第6 補論

 弁護人は、第1回公判において、弁護人による法廷録音という手段が認められないのであれば、裁判所が行っている録音を弁護人において聴取するという代替手段を提案したが、原審裁判長は、この点について議論しないと述べていた。

 しかし、その後、弁護人が、原審裁判長に対し、「録音反訳方式に関する事務の運用について」と題する裁判所内の通達を示すと、原審裁判長は、証人尋問及び被告人質問については、裁判所が行っている録音を被告人及び弁護人に聴取させることとし、実際に、被告人及び弁護人において、裁判所が行っている録音を聴取することもできた。

 このように、一部、実務が改善された点はあるが、証人尋問や被告人質問ではない公判については、裁判所が行っている録音を聴くことは許可されておらず、被告人及び弁護人が録音をすることも許可されないままであった。

以上

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