大麻取締法違反被告事件判決(抜粋)

(犯罪事実)
 被告人は、みだりに、〇年〇月〇日、大阪市○○において、大麻である植物片約7.584gを所持した。
(大麻取締法の合憲性についての判断)
 1 弁護人は、大麻取締法は憲法31条に違反しているから無効であり、本件に適用すべき刑罰法規はない旨主張し、その根拠として、①大麻取締法は大麻草を規制対象としているところ、大麻草はTHCA種とCBDA種の二つに分類され、麻酔作用を有するTHC(Δ9-テトラヒドロカンナビノール)はTHCA種のみに含まれるから、CBDA種を規制する必要性も合理性もなく、両者を共に規制する大麻取締法は、必要性及び合理性を欠く、②しかも、最高裁昭和57年9月17日第二小法廷決定・刑集36巻8号764頁についての最高裁判所調査官の解説において、大麻草を規制対象とするよりも、THCそれ自体を規制対象とする方が合理的である旨指摘されていたにもかかわらず、その後現在に至るまで42年にもわたって大麻草を規制対象とし続けていることは合理性がない、と主張する。
 2 しかし、大麻取締法が大麻草の部位に基づく規制をしているのは、同法が制定された昭和23年当時は、大麻の有害作用がどのような成分により引き起こされているかが判明していなかったことにあり(令和4年9月29日厚生科学審議会医薬品医療機器制度部会「大麻規制のあり方に関する大麻規制検討小委員会議論のとりまとめ」)、少なくともこの当時においては、「大麻草」を規制対象にしたことに不合理なところはない。
 3 もちろん、その後、1960年代に大麻の有害作用が主にTHCが原因で引き起こされることが明らかになり(前同)、また、大麻には、THCA(THCの酸。テトラヒドロカンナビノール酸)を主成分とするTHCA種と、THCAが微量でCBDA(CBDの酸。カンナビジオール酸)を主成分とするCBDA種とがあることが分かってきた(池田豊彌ほか「大麻の鑑識と最近の乱用薬物事情」長崎国際大学論叢17巻〔平成29年〕226頁)。
 しかしながら、THCA種とCBDA種の種別は植物生理学上の生理種(代謝系を異にするもの)であって、植物分類学上の種別ではなく、両者は形態的には区別がつかないし(前同)、CBDA種は、THCA種にあるCBDAからTHCAへの生成能を欠くものであり、しかもカンナビノイド生成に関してはCBDA種が遺伝的に劣性であって、両者を交配するとやがて全てTHCA種となる(西岡五夫「大麻に関する生薬学的研究」生薬学雑誌35巻3号〔昭和56年〕165頁以下)。
このようなTHCA種とCBDA種の植物分類学上の関係性に照らすと、両者の存在が明らかになった後も、両者を含む植物分類学上の「大麻草」について、有害作用を持つ植物であるとして規制の必要を認め、これを現在まで規制対象とし続けたことが、憲法との関係で合理性を欠くものとはいえない。すなわち、大麻取締法による規制が大麻の有害作用に着目して設けられたものであり、かつ、当該有害作用がTHCにより引き起こされることが判明したからといって、当該有害作用による保健衛生上の危害を防止するための規制方法として、THCないしTHCAの含有の有無を基準とする規制方法のみが合理性をすることになるわけではなく、①規制を容易、的確、かつ公平に実施することができるかといった規制の実施の在り方や、②国民にとっての規制対象の把握のしやすさ等の観点を踏まえれば、これと異なる規制方法が合理性を有することも十分考えられる。そして、前記のような植物形態学上の「大麻草」と植物生理学上のTHCA種とCBDA種との関係性に照らせば、「大麻草」を規制するという規制方法は、憲法との関係では、なお十分合理性を有するというべきである。
 もちろん、憲法との関係で合理性を有する規制方法であっても、その方法によってその合理性の程度は異なるのであり、令和5年12月13日法律第84号により大麻についてはTHC含有の有無を基準とする規制方法に改められた(現時点で未施行)のは、より合理的な規制方法に改めたものと認められるが、だからといって、現行法の「大麻草」を規制するという規制方法が憲法との関係で合理性を失うとはいえず、立法裁量の枠内にとどまるというべきである。
 4 以上のとおり、大麻取締法は憲法31条に違反するものではなく、合憲であるから、弁護人の主張は採用できない。付言すると、現在の大麻取締法違反に係る捜査手法は、植物形態学上の「大麻草」と判断した場合であっても、THC含有の有無を鑑定し、THCを含有する場合のみ大麻と扱うというものであり、これは、「大麻草」を規制対象としながらも、その適用(処罰)範囲を限定することによって、実態としての規制をより合理的なものにしようとするものと考えられるが、だからといって「大麻草」を規制対象とすることが直ちに合理性を欠くことにはならないというべきである。
(量刑の理由)
 被告人が所持した大麻の量は7g余りとやや多量である上、自ら大麻を購入して相当な頻度で大麻を使用していたというのであるから、大麻に対する親和性が認められ、その刑事責任を軽くみることはできない。
 しかし、他方、被告人にはこれまで同種の前科はない。これに加え、被告人は、事実を認め、今後は法律に触れ、家族にも迷惑をかける以上は大麻を所持しない旨述べていること、母親が公判廷で被告人を見守っていく心情を述べたこと等の諸事情を考慮すれば、被告人に対しては、今回はその刑の執行を猶予するのが相当である。

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