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地理Bな人々(7) 中島ノート④ イグアスの滝

 ブエノスアイレスから国内線で2時間弱。イグアス空港11:55着。
 機内はずっと爆睡。
 昨夜はブエノス中心街の『ラ・ベンターナ』という店で初めてタンゴ※1を見た。
 狭い舞台の上で黒の衣装に身を包んだ男女4ペアがクルクルと回転しながら全くぶつかること無く踊り続ける圧巻のステージ。神懸かり的なフォーメーションに加えて,膝から下で空気を切り裂くほどの素早い足さばきに目を奪われた。エンディングで女性ダンサーの一人が2階席の俺に向けてウィンクするまで我を忘れて見ていた。
 興奮でなかなか寝付けなかった。 
 
 宿に荷物を置き,さっそく滝まで歩く。  
 世界3大大滝※2の1つ。カタラタス・デ・イグアス(イグアス大瀑布)。
 スペイン語で滝はフォスというのだが,ひときわ大きな滝はカタラタス(瀑布)というのだ,と案内役のパラグアイ人のメスチソ※3の女の子が教えてくれた(日本に留学したことがあるらしく日本語はほぼ完璧だった)。   
 
 ガイドブックには「世界最大」と書いてあるので期待を膨らませて行くが,正直言うと去年見たヴィクトリアの滝の方が迫力はすごかった。
訪れた時期の問題もあるんだろう。 
 ヴィクトリアに行ったのは雨季の終わりごろでザンベジ川の水量が最も多い時期だった。
 何しろ瀑布からまいあがる水しぶきで,サバンナの草原地帯であるにもかかわらず,滝の周辺だけ熱帯雨林のコロニーが出現してしまうのである。 
 
 もちろんイグアスも水量はもの凄い。
 底抜けに明るいベネズエラ※4からの団体客がハイテンションで騒ぎまくっていたが,その横でヴィクトリアの残像がどうしても抜けない俺は少し冷ややかに滝壺を覗き込んだ。 
 「悪魔の喉笛」と呼ばれる大人気スポットまできちんと歩道が整備され、観光客の数はヴィクトリアより圧倒的に多く,しっかり管理されている。それも原因なのかもしれない。あまりに整備されすぎると目の前の光景のリアルさが伝わらず,映画館にいるような錯覚に陥る。これも一種の現代病にちがいない。 
 
 USAから来たという2人組の巨体カップルが「Incredible!」と叫びながら,俺たちを撮ってくれ,と太い腕をこちらに伸ばす。Nikonのデジカメだ。
 ファインダーを覗きながら、
「アメリカにだってナイアガラがあるじゃないか。」と言うと,
「いやいや,こっちの方が断然スゲーよ。」と両手を広げる。  
 
 まとめるとこうなる。
 世界3大大滝を回るにはナイアガラ⇨イグアス⇨ヴィクトリア,の順に巡った方がよい。
 驚きが3回更新されるからだ笑 
 
 一度宿に戻り,夕飯には早いので散歩する。 
 地図を見ると,ブラジル・アルゼンチン・パラグアイの3ヵ国の国境ポイントがすぐ近くにあると分かり行ってみる。赤茶けた道をしばらく歩き緩やかな坂を上るとすぐにポイントに着いた。
 
 3国は川でT字に隔てられていた。
 水際は急崖になっていて川の水に直接触れることはできない。
 アルゼンチン側の高台の公園から3国を眺めた。
 川の向こう側に「県」ではなく「国」があるという感覚は日本ではあり得ない。島国だから当然だ。
 さらに、境界線の向こうに別の言語世界が広がっている(アルゼンチン⇒スペイン語,ブラジル⇒ポルトガル語)という経験も日本では経験できない。利根川大橋※5を渡る時,頭の中の言語チャンネルを変える日本人はいない。
 
 公園で遊んでいた子供たちが近寄ってきて何か言っている。
 最初のオラ(こんにちは)だけは分かったが,その他は全くわからない。 
 でも「パイス」とか「キエン」とか,音は不思議と聞き取れる。
 マラドーナ※6のTシャツを着た男の子が小さなサッカーボールをこちらへ蹴ってきて,その子らといっしょに小一時間遊ぶ。喉が渇いたので宿へもどろうとすると,「ジャテバス」と男の子が言う。
 たぶんバイバイとか別れの挨拶だと思い「アディオス(さよなら)」と手を振って宿へ戻る。 
 「ジャテバス」は「もういっちゃうの?」という意味だということを後から知る。スペイン語も少し勉強してみよう。
 
 そろそろチリへ向かうとするか。 
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※1 タンゴ
19世紀後半にブエノスアイレスのボカ地区の酒場で,スペインやイタリアからの移民や貧しい労働者の間で始まった踊りがアルゼンチン・タンゴの発祥といわれている。 
※2 世界3大大滝  
ナイアガラの滝(北米/アメリカ合衆国・カナダの国境) ヴィクトリアの滝(アフリカ南部/ザンビア・ジンバブエの国境) イグアスの滝(南米/アルゼンチン・ブラジルの国境)
※3 メスチソ 
コーカソイド(ヨーロッパ系の白人)とモンゴロイド(先住民のインディオ)との混血。ラテンアメリカに多く居住。メキシコでは人口1億人の約6割,パラグアイでは人口730万人の85%がメスチソである。 
※4 ベネズエラ 
南米大陸北部に位置する国。面積約93万㎢(日本の約2.5倍)人口3200万人(2021年)。世界最大の原油埋蔵量を持つ。OPEC(石油輸出国機構)加盟国。メスチソなどの混血が50%,白人40%。スペイン語と先住民の言語が公用語。 
※5 利根川大橋
流域面積日本一の利根川下流にある千葉県と茨城県の県境に掛かる大橋。群馬県や栃木県を源流とする利根川は下流はほぼ千葉・茨城の県境を流れている。 
※6 ディエゴ・マラドーナ(1960-2020)
アルゼンチン出身のサッカー選手・監督。イタリア・スペインで活躍。アルゼンチン代表に歴代最年少(16歳)で選出。W杯4回出場。1986年メキシコ大会優勝・MVP受賞。同大会準々決勝イングランド戦で見せた「神の手」「5人抜き」ゴールは伝説として語り継がれている。2008年アルゼンチン代表監督就任(~2010)。
違法薬物使用による入退院を繰り返す。2020年ブエノスアイレスの自

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