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地理Bな人々(12)中島ノート⑧            グランドキャニオン

 AM3:45起床。グランドキャニオン※1の朝。   
日の出前に起床するのは何年ぶりか?  眠過ぎる。。。
 
 昨日ラスベガス※2へ向かう道中で蜃気楼を見て興奮したせいか,寝付きが良くなかった。 
 蜃気楼を見たのはアナトリア高原※3をバス移動している時に見て以来,5年ぶりだ。
 ラスベガスではカジノにいく時間的余裕はなく,すぐに空港からシーニックエアライン※4のセスナに搭乗。
 我々の他に乗客は2名。
 想像していたより小さな機体で途中大きく揺れた。
 すぐ手の届きそうな所に座っている操縦士がこちらを振り向いて「リラーックス!」と笑った。
 
 早起きしてくださいね、日の出の瞬間は見逃してはいけませんよ,とホテルのスタッフやアメリカ人リピーターに何度も言われた。
 
 恭子と外に出ると乾いた冷気に包まれた。
 ここの標高は2000mを超える。気温の日較差※5が大きい。
 5月でも日中は20℃を超えるが,朝はウィンドブレーカーだけではまだ寒い。
 歩いて数分で展望台に着いた。先客がいた。初老の男性がひとりコーヒーで暖を取りながら日の出の瞬間を待っていた。
 
 ほぼ真っ暗だった目の前が,上下二段に別れ始めた。地平線の上半分が白っぽくなり,徐々に薄いブルーへと変わっていく。去年独立したばかりのウクライナの国旗※6のようだ。低く雲が立ちこめる日もあると聞いていたが,運良く今日は雲一つない。
 境界線の上部が少しずつオレンジ色に変わっていく。その色が熟したマンゴー色に変わった瞬間,地平線から朝日が顔を出す。ギャラリー達から歓声が上がる。
 
 安全柵の先端に立っていた初老の男性はフィールドジャケットを着こんだままポカーンと口を開けたままその光景を眺めている。ここでは毎日天地創造が行われているのだ。圧倒的な時間だった。
 
 ナバホ族※7は人生のどの一日にもこんな風景があるんだろう。
 こうした光景に毎日包まれて暮らす彼らと我々の間には,イメージする人の生において圧倒的な差があることは直感的に理解できる。  
 足元から続く深く大きな谷から視線を前方に移すと,連結する中程度の谷があり,その一つ一つにさらに小さな谷が繋がっていてフラクタル※8な景色が果てまで続く。無限の樹形図だ。 
 何億年も前に誕生したのっぺらぼうの大地にいくつもの川が深い渓谷を刻み続けてこの巨大彫刻は作られた。
 
 ふと,人間の脳を思った。
 我々の脳はこんな風に繊細に進化していったのではなかろうか?  
 つるりとした細胞の塊に多くの溝が刻まれ複雑な模様が描かれていく。だとするならば,微細な谷を掘るものの正体は何か? 
 時間,喜び,悲しみ,驚愕,はたまたストレスか。。。   
 
 気が付くと午前9時になっていた。これほど短い朝は初めてだった。  
 
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※1 グランドキャニオン
アメリカ合衆国西部,アリゾナ州に位置する国立公園。高原状の大地が数千万年前からのコロラド川による侵食作用を受け長さ400km以上もの大渓谷が形成されている。渓谷の平均の深さは1200mで最深部は1800mほど。幅も6kmから,長いところでは25km以上にも及ぶ。1979年世界自然遺産に登録された。地P56.
 
※2 ラスベガス
カリフォルニア州からネバダ州にかけて広がるモハーベ砂漠のオアシスに位置するネバダ州最大都市。年降水量は100mmほどでBW(砂漠気候)。ラスベガスはスペイン語で「肥沃な土地」を意味する。都市圏人口約250万人。1840年代カリフォルニア州で起こったゴールドラッシュで砂漠地帯の中継地点として人口が増え,1905年大陸横断鉄道(ユニオンパシフィック鉄道)の開通でさらに発展。1936年市域の東に巨大ダム(フーバーダム)が完成し豊かな電力供給を背景に大戦中は軍事基地や核実験場が近くに建設された。戦後,多くのカジノホテルや隣接するショッピングモール・劇場・テーマパークを中心に発展し,派手なアトラクションが毎日のように催行され,世界有数のギャンブルの街としてアメリカを代表する観光都市となった。 
 
※3 アナトリア高原
トルコの小アジア半島にひろがる高原。新期造山帯(アルプス・ヒマラヤ造山帯)に属する。北部にトルコの首都アンカラ(標高891m/北緯40度の都市として重要)が位置する。地P36。
 
※4 シーニックエアライン
1967年設立。ネバダ州を拠点とする航空会社。グランドキャニオンを中心にアメリカ南西部の観光地へ多くのツアーや定期便を催行している。  
 
※5 気温の日較差
グランドキャニオンは乾燥地でかつ内陸にあり,さらに標高も2000mほどあるため,朝晩の気温の変化が大きい。冬季は氷点下,夏季には最高気温が40℃にも達する。 
 
※6 ウクライナの国旗
下半分は黄色(豊かな草原地帯・小麦栽培がさかんなイメージ),上半分は青(広がる青空)。ウクライナは元々ソ連(1922―1991)を構成する1つの共和国であったが,1991年のソ連邦解体に伴って同年独立した。
 
※7 ナバホ族
グランドキャニオンに居住する5つのアメリカ先住民(インディアン)の一つ。コロラド川流域には同名のナバホ山(3166m)もある。 
 
※8 フラクタル 
部分と全体とが同じ形を示すような自己相似形を示す図形。1つの木の枝が2つに分かれ,その2本の枝の一つ一つがさらに2本に分かれ,さらにそれらがまた2本に枝分かれしていくように,どんなに小さな部分をとりあげても,もとの全体の形と同じように見える図形。地理の世界でも,例えばリアス海岸の長さを測る時など,複雑に入り組んだ湾のひとつひとつの海岸を細かく観察すればさらに小さな出入りがあり,その一つの小さな湾をさらに細かく見ていくと・・・,といった作業を繰り返すと,理論的には海岸線の長さは無限に長くなっていく,といったことが話題となることがある。自然界には木の枝や河川の本支流,雲の形などフラクタルな性質を持つものが多い。 
 
 

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