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能登半島地震発生-地震大国日本はいまだに原子力緊急事態宣言(2011年3月11日発令)が解除されていない「衰退途上国」だが,岸田文雄は首相として原発の再稼働どころか新増設まで決めていた

 ※-1「志賀原発 “外部電源一部使えずも 冷却は継続” 原子力規制庁」『NHK NEWS WEB』2024年1月1日 22時40分,https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240101/k10014305671000.html

 昨日,2024年1月1日午後4時10分ごろだったが,わが家の近所で暮らしているキジ(♂)がケンケンとやかましく鳴いた(その後も地震が連続して発生するたびに,このミスター・キジはなんども鳴いていたが)。

 この地震が起きたおり,2011年3月11日の午後2時46分に起きた東日本大震災のときの大揺れにも似た地震を思いださせるような「舟に乗っていたら感じる」「揺れみたいにゆったりした,もちろん恐怖を感じるそれ」が,「3・11」のときに比較したらごく小さい揺れであったが発生していた。

 補注)今回発生したこの地震は「令和6年能登半島地震」と名づけたという報道に接したが,後年になったら多分,『2024年に起きた』この「令和6年能登半島地震」と呼ばれるかもしれない。

 2011年東日本大震災のことに関していうと,「平成23年に起きた」大地震だとかなんとかいった命名・呼称は,いままでほとんど聞いたことがない。この点と併せて考えるに,奇妙な命名である。元号を意識しすぎた意図であって,古代に発生した貞観地震を真似るわけでもあるまいに,という印象である。

この宣言はいまもなお発令中である

 なお,今回の能登半島地震は “阪神・淡路大震災引き起こした地震に匹敵する強さ” だと,専門家が指摘している。具体的にはこう説明されていた。

 京都大学防災研究所の後藤浩之教授は,〔2024年1月〕1日,石川県で震度7を観測した地震について,能登半島にある複数の地震計のデータを分析しました。

 その結果,輪島市河井町,珠洲市正院町,それに穴水町の地震計では木造住宅などに大きな被害が出やすい,周期が1秒前後の揺れが観測されていたことがわかりました。

 その強さは阪神・淡路大震災を引き起こした地震に匹敵するということです。

 後藤教授は「現時点では詳しい被害の状況はわからないが,地震の波形を分析すると,能登半島の広い範囲で建物の倒壊などの被害が出ているおそれがある。道路などが寸断されて孤立しているような場所もあるおそれがあり,広い範囲で対応が必要だ」と指摘しています。

 註記) 「“阪神・淡路大震災引き起こした地震に匹敵する強さ” 専門家」『NHK NEWS WEB』2024年1月2日 3時16分 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240102/k10014306521000.html

『NHK NEWS WEB』


 翌日,1月2日の朝になると,北陸電力の志賀原発が震源地にごく近い地理的な位置にあることを思い出し,ゾッとする思いがこみ上げてきた。本日は新聞は休刊日なので,テレビやネットから情報を集めるほかなかったが,まず目に入ったのがつぎの『NHK NEWS WEB』のニュースであった。

 画像資料にして紹介したい。やはりというか,恐ろしい事態とみなすべき兆候が発生していた。原発事故につながりうるような「原発関連の事故一例」が,今回の能登半島地震として発生していたことになる。

原発なのにいざとなったら電源は外部から供給されないと
自爆する危険性があるのがこの原発
今回のような大地震がはっせいするといつも心配されるのが
付近に位置する原発の状況となる
今回もくわばらくわばら
であった

 この『NHK NEWS WEB』の報道は「重大事故は起きておらず,大丈夫です」という締め方の内容になっているが,これは,原発事故が起きた場合,いつも使われる報道の仕方といえ,いささかならずうさん臭く感じるほかない,つまり「問題はないということです」「風の説明」であった。

 つぎは,『読売新聞』の報道からとなるが,今回の地震でも関心が向けられた「断層の問題」に言及していた,つぎ記事を紹介しておく。

 そもそもこういう地域においても,原発が立地・建設されていた事情をめぐっては,地震大国である日本であるゆえ,どこに原発を配置させて稼働させようと,この原発が地中の「ナマズの起こす大きな揺れ」にさらされたさい,原発事故としての重大・深甚な災害が起こしされがちである点は,いま一度,あらためて認識しておかねばなるまい。

断層がたくさんある場所に
つぎに言及する
北陸電力の志賀原発も建てられていた


 ※-2 志賀原発が大事故(重大かつ深刻な)を起こしたら,どういう事態が起きてしまうことになるのか

 北陸電力の志賀原発が深刻かつ重大な事故を起こしたと仮定し,その模擬実験(シミュレーション)を試みた「研究の成果」がすでに,それもいまから30年近くも前の1995年時点で公刊されていた。

 瀬尾 健『原発事故……その時,あなたは!』風媒社,1995年が,まさに今回大きな地震が起きた地域にあった「北陸電力・志賀原発1号炉」を想定したかたちで,つぎのように,原発事故発生後に起こりうる放射能汚染の拡散状況に関してシミュレーション:模擬実験をおこなって結果を作図・提示していた。

 その前に,北陸電力が解説する志賀原発の2基の原発については,つぎの説明を参照されたい。

 また,Google Map から志賀原発の立地場所,石川県羽咋郡志賀町赤住1を指示しておく。

七尾市のほぼ西側に位置して北陸電力志賀原発が立地する
この地図を念頭に置き以下につづけて挙げた画像を観てほしい

今回地震の発生源はこの地図から右上(右側)であった
その地域に関しては『ウェザーニューズ』が示した当該解説図を紹介しておく

以下にその動画画面からの切り出した2つの画像をかかげる

このうちの下の画像でみれば
志賀原発は震源地群の左側:西側の
ほぼすぐ下(南西側)に位置する
全国的に揺れた
「より広範囲で岩盤が破壊か」と説明されていた点は
関東地方であっても地震の震動の伝わり方である程度は感じることができた
瀬尾,44頁,見開きで右側頁


瀬尾,44頁,見開きで左側頁

 くれぐれも断わっておきたいのは,このような,一国を根幹から衰滅させる事故の可能性を常時抱えている原発が,「安全神話」という「鰯の頭も信心から」的な原子力信仰がアテにできないいまどき,もしも「3・11」のごとき原発の大事故が再び起こしたぶんには,日本はすでに「衰退途上国」である事実を自他ともに認定せざるをえない現状にあるなかで,それこそ日本沈没となりかねない。

 森嶋道夫が『なぜ日本は没落するか』岩波書店,1999年を書いて,現状のごとき国になってしまった状況に対してそのころから警告を発していた。日本は社会経済の次元に関してだけでなく,原発利用を止めないでいる愚かさな現状に関しても,森嶋の警告が裏返し的に発せられていた意義を無視してはいけない。

 原発の大事故が起きたら,経済も社会も政治も,歴史も文化も伝統も壊滅の憂き目に遭う。福島県で東電福島第1原発事故のために,これからも人間が住めない地域は残る。チェルノブイリ原発事故の跡地で人間が暮らせなくなった地域ができてしまったように,である。

 こんどまた,原発の大事故を日本が起こしたら,それこそこの国はお陀仏になりかねない。だが,現状においてたとえば「原発路線の推進派である『日本経済新聞』」は,関西電力に関した最近事情にひとつについてだが,原発大好きである新聞社の立場からつぎのように報道していた。

 次項を設けての記述となる。こちらの記事の内容をじっくり,批判的に読んでみることにしたい。

 

 ※-3「関西電力,和歌山の火力発電所建設を中止 脱炭素シフト」『日本経済新聞』2023年12月19日

 なお,この日経記事の住所は,https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF13D4G0T11C23A2000000/  である。

 関西電力は和歌山市で計画していた火力発電所の建設を中止する方針を固めた。原子力発電所の再稼働で電力の供給能力を確保できており,二酸化炭素(CO2 )を排出する火力の新設は必要性が薄まっていた。原発の再稼働で収益力が高まったこともあり,水素や原発など脱炭素につながる電源の運用・開発に経営資源をシフトする。

 補注)この記事の間違いから指摘する。原発が炭酸ガスを出さないかのように報じているのは,基本からウソになり,虚報を垂れ流す報道姿勢である。

 「原発が脱炭素になる」という言辞は,完全に嗅覚を失った者が「ウンチは全然臭くない」といういい方にそっくりである。つまり,当人にとってみれば,けっして嘘の言辞そのものではないにしても,事実の把握においては「間違い」が残っていた。

 しかし,ウンチをみたら汚いくらいのことは,視覚的には分かるはずだと思いたいが,それにしても大胆に嘘が吐ける点は,恥ずかしく情けない。

〔記事に戻る→〕 和歌山市沿岸部で住友金属工業(現日本製鉄)から埋め立て地を取得し,2000年から発電所の準備工事を始めていた。ただ,電力需要の伸び悩みなどを背景に本格的な建設を先送りし,直近では2033年度以降に運転を開始する予定としていた。

 補注)「電力需要の伸び悩みなど」が背景にあるというのであれば,電力供給において需要に応じようとする稼働率(操業率)の操作では,柔軟性を完全に欠落させる原発はただちに廃絶し,再生エネルギーによる電力生産⇒スマートグリッド方式になる「電力の生産と供給方法の変革」(⇒発電と給・配電方式の改革)に向かうべきであった。

 ところが,その時代の要請をめぐっては,木偶の坊でしかない「原発」を支柱に頼ってする電力生産と販売にこだわる,しかも当面する営利獲得を第1目標とした「エネルギー観」となれば,21世紀の再エネを基盤に置いた電力の活かし方とは,完全にかけはなれた発想にはなりえなかった。

 目先であちこちにチョロチョロ走りまわるだけの電力観では,当面する10年単位程度(以内)でしかもたないそれしかえられない。

 「電力会社」としての関西電力は「3・11」以前,原発が電源比率に占める割合を,5割を超える水準まで維持していた。ところが,ここに至って関電は再度,電源構成に占める原発の比率を,その水準にまで近づけたいとする欲望を隠さない「経営姿勢」を再度構えなおしている。関電が原発にこだわる基本方針であるかぎり,近いうちに自社の経営状態そのものに対して「手痛いしっぺ返し」を受ける時が来ると予想せざるをえない。

〔記事に戻る→〕 建設する予定だった発電所は液化天然ガス(LNG)を使い,出力は370万キロワットと,関電の火力発電所で最大規模になる計画だった。調査や工事の費用などを2024年3月期に特別損失として計上する見通しだ。数百億〜1000億円規模になる可能性がある。

 原発の再稼働が進んだことで,関電の足元の業績は好調だ。2024年3月期の連結純利益は前期の約23倍の4050億円をみこんでいた。火力発電所の建設断念で損失が発生しても,純利益は2006年3月期の1610億円を上回り,過去最高を更新する見通しだ。

 補注)そうであるならば,いまから油断をせずに再生可能エネルギーを基本の電源に据えられる体制創りに向けて,その儲けを再投資して活かす工夫・努力が関電には強く要求されている。だが,はたして,そこまでは考えていないのか?

〔記事に戻る→〕 関電は和歌山市など地元自治体と長く調整を進めていた。東日本大震災後に原発が全基停止し,電力不足が深刻化したさいにも建設は進まなかった。火力発電所の建設には時間がかかるため,関電は原発の再稼働を優先したとみられる。発電所の計画地は,他の企業を誘致できるよう整備しなおす方向だ。
 
 補注)火力発電所の建設には時間がかかるというけれども,原子力発電所の建設であっても時間が相当にかかっている。まさか,日経のこの記事を書いた記者が,あるいは幹部のデスクたちがその程度の予備知識(初歩の認識)をもたないとは思いたくないが,火力発電所にかぎっては奇妙な発言がゆきかっていた。

 ちなみに内閣官房ホームページにはつぎのような関連する解説が掲示されている。赤枠と緑枠で囲んだのは,なんのためかいうまでもないが,火力発電所の建設期間に関した記述内容には不審というか,不可解な言及と説明の仕方があった。

原発の建設期間が一番長い

 要は原発優先であって,火力発電はともかく,なるべく保留しておきたいあつかいの説明になっていた。日経の原発に関係する記事はときおりだが,確実に没論理的に作成されることがあり,「警戒して接すべき記事」を出没させている。

〔記事に戻る→〕関電は東日本大震災後に長く停止していた原発が2023年秋までにすべて再稼働し,電力を安定供給できる体制が整いつつある。発電全体に占める火力への依存度は5割程度と,他の電力会社に比べても低い。関電は原発を長期的に活用するため,建て替えの検討なども進めている。

 補注)あえて断わっておくが,火力発電のみならず,原発も広義では火力発電方式の一種,それも畸型かつ超危険なそれである事実は,これが大事故を起こしたさいに発生させる原子炉の溶融という事故の緊急的な重大性をもって,諒解できるはずである。

 原発推進派が原発を擁護するために陳列してきた説明の仕方に顕著であった,それもコジツケの無理強いがめだつ話法は,原発反対派から寄せられてきた基本的な批判に応えられる実質がなかった。

〔記事に戻る→〕 脱炭素の取り組みが加速するなか,火力発電に向けられる視線は厳しくなっている。東京電力ホールディングスと中部電力が折半出資する発電会社JERAが,福島県の火力発電所を廃止するなど,古くなった火力発電所を廃止する動きも出てきている。

 関電も2023年に入り,兵庫県相生市の火力発電所2基と,京都府宮津市の火力発電設備を相次ぎ廃止した。継続して運転する既存の火力は,水素とLNGの混焼などCO2 排出量を抑える方針だ。
(引用終わり)

 原発は絶対に減らさそうとはしないで,そのほかの火力発電については,その熱交換比率や炭酸ガスの排出量を低くする工夫・対策を盛んに強説しているものの,原発じたいに固有である数々の不利性については,まるで完黙を貫きたい基本姿勢がチラチラであっても目につく。

 ヨーロッパでとくにドイツをみると,2023年4月15日かぎりで原発を廃絶させていたが,その前年,2022年度におけるドイツの再エネ比率は発電量で45%,消費電力比率で46%を記録していた。

 対して2022年(暦年)の,日本における自然エネルギー電力の割合は,日本国内の全発電電力量(自家消費含む)に占める割合は22.7%と推計されている。なお,ドイツの人口は日本のほぼ3分の2である。

 以上のような独日間の「再エネ比率比較」は,原発の「ない国:ドイツ」と「ある国:日本」の比較であり,日本がなにをすべきかをよく示唆している。原発事故を起こした日本が,原発を廃絶したドイツを見習わねばならないような「比較ができる」というのは,皮肉である以上の含意を読みとらせる。

 ところが,日本は東電福島第1原発事故という「世紀に記録される痛恨の大事故」を起こしていながら,関電のように「3・11」以前に維持していた原発の電源比率5割達成を目ざしている。この種のよじれたエネルギー観は再生可能エネルギーの「開発・導入・利用をより高度化させる」といった課題以前の,電源観としては『原始時代風になる感覚的な発想』でしかありえない。

 要するに,関電のように自社における原発比率,5割復活をめざすごとき電源観念は,まったくに時代錯誤どころか,それ以上に完全に時代に逆行する倒錯のエネルギー認識であった。関電であっても,今後における再エネ中心になる電力生産方式の展開にとってそうした認識が大きく妨害要因となることは,どうしても回避しがたい。いずれ関電は,その長期的なエネルギー展望観の欠落に「苦しむほかない時期」を迎えると予測しておく。

 

 ※-4 『毎日新聞』論説委員が語った「反原発の正論」,『原発という狂器』に対するまともな理解


     ◆〈水説〉原子力の持続不可能性=元村有希子 ◆
         =『毎日新聞』2023年12月20日= 

 原子力発電が,二酸化炭素を排出しないエネルギーとして再評価されている。

 先週閉幕した地球温暖化対策の国際会議「COP28」では,「脱・化石燃料」達成に向けた代替エネルギーの一つとして,原子力が初めて成果文書に盛りこまれた。

 日本原子力産業協会は「クリーンエネルギーとしての原子力の最大限活用を訴求する」と歓迎した。対して,温暖化問題に取り組む環境団体は「原子力は気候危機対策を妨げる」と批判した。

私は後者の意見に賛同する。

 資源エネルギー庁によると,将来的に原発を利用するであろう国は,運転・建設中を含めて国連加盟193カ国・地域のうち44カ国にとどまる。

 残る約150カ国・地域は所有していないか脱原発を決めている。それらの国が巨額の負担を伴う原発を受け入れるか。温暖化対策が遅れ,取り返しのつかない事態に立ち至る可能性さえある。

 事故のリスクも無視できない。

 1975年,米原子力委員会が学者に見積もらせた過酷事故の確率は「1基当たり10億年に1度」だった。「ヤンキースタジアムに隕石(いんせき)が落ちることを心配するようなもの」と強調された。

 だがその4年後,スリーマイル島原発で炉心溶融事故が発生する。さらに7年後にはチェルノブイリ原発,2011年には東京電力福島第1原発でも同様の事故が起きた。

 補注)つまり,原発を人類が利用しはじめてから1世紀も経っていない時点であるにもかかわらず,深刻かつ重大な原発事故が直近30年ほどの時期なかで3回も発生してきた。

大地震が起きたら原発がどうなっているかと必らず同時に話題になるほど
たいそう危険なのが原発である

火力発電所のほうは同じように問題にされることなどほとんどない
原発が大事故を起こしたとなれば
ドウしようもなくなる緊急事態が
惹起させられる

原子力緊急事態宣言がいまもなお解除されていないのに
原発大好きな電力会社が大きな顔をして
のさばっている

 「安全性が高まる」という触れこみの次世代原発は開発の途上にあり,普及は見通せない。そんな状況で利点ばかりを強調するのは牽強付会(けんきょうふかい)というべきだろう。

 補注)次世代型の原発はいくらかその実用化,商用化への予定が組まれているが,いまからでもいえる難点は,危険・高価・不安の3拍子がそろっている点に変わりはない,という基本理解にあった。

〔記事に戻る→〕 稼働すれば生じる「核のごみ」の問題も未解決である。近づけば死に至るような放射能を帯びており,厳重に管理しながら10万年以上保管することが求められる。処分場を確保できているのは,この地球上でフィンランドだけだ。

 補注)例の「トイレのないマンション」のことだが,依然,この問題はとくに日本の原発事情だけを観ても,なにについても,いっさい解決の見通しがついていない。それどころか,そのトイレが用意できてたとしても,ここから屎尿があふれ出すしかない「臭い未来」しか展望できていない。この指摘を否定できる原発推進派の人士はいるか?

〔記事に戻る→〕 在野の科学者として脱原発を訴えた高木仁三郎さんが書き残している。「現代科学技術の多くは,人びとに便宜を与えるものではあっても,安全や心のやすらぎを保障するものではなく,破壊や不安の源泉でありつづけている。核技術はその典型である」

 註記)高木仁三郎『市民科学者として生きる』岩波新書,1999年参照。

 補注)その本のなかで高木は「〔19〕70年代の初めには,私は原発は人類と共存できないと確信するようになっていたから思想的には反原発になっていた」と解説していた(同書,199頁)。

〔記事に戻る→〕 問われているのは,「地球沸騰化」を自ら招いた現実をみすえ,これまでとは本質的に異なる道を探る姿勢だ。

 危機に便乗するように原子力への依存を強めるやり方は,賢明ではない。持続可能性という思想に逆らい,新たなリスクを背負いこみ,過ちを繰り返すことにならないか。(論説委員)

この『毎日新聞』論説委員の記事を引用したところで,高木仁三郎の「前掲の本」を書棚からとりだして頁をめくろうとしたら,つぎの新聞スクラップがはさんであるのをみつけた。

 その記事は,ネット上に文字で拾えたので,つぎに紹介しておきたい。


 ※-5「〈ニッポン人脈記〉石をうがつ15 よりよく生きるために」『朝日新聞』2012年9月25日夕刊

 1971年3月。東京都立大の学生だった中里英章(なかざと・ひであき,62歳)は迷っていた。成田空港の建設に反対する三里塚闘争に参加すべきかどうか。大学の助教授で,兄のような存在だった高木仁三郎(たかぎ・じんざぶろう)に相談した。

 「逮捕は覚悟のうえです」という中里に,高木はいった。「逮捕なんか覚悟すると,だいたい逮捕されるんだよね。でもね,自分が楽になるほうを選んじゃいけないね。苦しくなる方へ進むと道が開けるんじゃないかな」

 高木は群馬県立前橋高校を卒業後,東京大の理学部に進んだ。専攻は核化学。新しいエネルギーの未来を信じて1961年に日本原子力事業に就職し,放射性物質の研究を始めた。

 炉水を分析すると放射線汚染の数値が予想以上に高い。基礎的な研究をもっと重ねるべきだと訴えたが,会社はそれを喜ばなかった。高木は会社を去り,東大原子核研究所を経て,30歳で都立大の助教授に迎えられた。高木は子どものころ,元士族の祖母から武士教育を受けた。

 懐刀を前に「志と異なることがあれば切腹してでも節を守れ」と教えられた。7歳の時に日本は戦争に負けた。潔く切腹すると思っていた軍人たちはそれをせず,軍国教育を進めた学校の先生の言動は一変した。

 「自分で考え,自分の行動に責任をもたなくては」。幼心に,そう思った。高木のもう一つの原点は,都立大に移ってから通った三里塚だ。農民たちの抵抗もむなしく,農地はブルドーザーで押しつぶされた。

 自分の学問は彼らにとってなんの意味があるだろうか。彼らと不安を共有するところから出発するしかない。考えたすえに35歳で大学を後にし,在野の科学者になる道を選ぶ。

 1975年,科学史家の武谷三男(たけたに・みつお)らと,脱原発をめざす民間の研究機関,原子力資料情報室をつくった。その後,代表になった高木は「反原発運動の父」と呼ばれるようになる。

 原発が出す放射性廃棄物は,何万年にもわたる管理が必要だ。そんなものの責任を取れる人間は存在しない。それを認識することが真の知性であり,理性ではないかと,高木は訴えつづけた。

 著書にこう書いている。

 「反原発というのは,なにかに反対したいという欲求でなく,よりよく生きたいという意欲と希望の表現である」

 その後,出版社の七つ森書館を起こした教え子の中里は,2000年の夏,高木に呼ばれた。大腸がんで病床にいた高木は「私がこれまで書いてきたものをまとめてほしい」といった。高木はその年の10月8日,62歳でこの世を去る。中里は2年半かけて高木の著作集を出版した。

 全12巻。そう売れるものではなく,会社は傾いたが,カンパでなんとかしのいだ。「社会のために役に立たない下らないものは出したくない」。中里はその思いをいまも貫く。

 福島で起きた原発事故は,日々の暮らしを壊し,ふるさとを奪い,家族を引き裂いた。1年半が経った〔「3・11」後における時間のこと〕いまも約16万人が県内外に避難する。

 高木はかつて,脱原発法の制定を求める運動を進め,330万人の署名を集めて国会に請願した。しかし,結果は審議未了で,事実上の不採択。挫折感の中で,高木はうつになった。それから21年(2012年当時で)。

 高木と活動した弁護士や市民が働きかけ,この〔2012年〕9月7日,政府に脱原発を実行させるための法案が超党派の議員によって国会に提出された。法案は政治の場での議論を待つ。三里塚にともに通った同志でもある高木の妻,久仁子(くにこ)(67歳)は,高木の言葉を思い出す。

 「しかたない」や「あきらめ」からはなにも生まれてこない。あきらめずにやってみなきゃ。人々の心のなかに希望の種をまき,一緒に助けあいながら育てていこう。「未来は一人ひとりの選択と行動にかかっています」 久仁子はそういって,写真のなかで笑う高木をみつめた。

--以上の記事に関して,本ブログ筆者はなにも付けくわえられない。

 最近公刊された反原発の好著,青木美希『なぜ日本は原発をとめられないのか?』文藝春秋,2023年11月を紹介したい。『日刊ゲンダイ』に青木のインタビュー記事が出ている。

 その記事は住所のみつぎに記しておくことにしたので,できれば面倒でもリンクをたどって,一読されることを期待したい。いかに原発が「駄目なエネルギー原子力」を燃料に焚いているか,つまり《悪魔の火》を利用して電気を作っているかが分かる。基本からして無理筋の電力生産方式が原発であった。そのように断定できる。

 

 ※-6 ジャーナリスト青木美希氏が100人超の取材で辿り着いた結論「〈注目の人 直撃インタビュー〉首相が決断すれば原発は止められる」 『日刊ゲンダイ』2023年12月25日,https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/333745

 この『日刊ゲンダイ』の記事は文字数が多いので,住所(リンク)のみ表示しておくことにしたい。この青木〔美希『なぜ日本は原発をとめられないのか?』文藝春秋,2023年11月〕に対するインタビューを聴けば,日本の原発もいかに反人類的で非人間的な電力生産方式であるか,すなおに納得がいくはずである。

 また関連させてここで記しておくとするが,『毎日新聞』2023年12月8日夕刊の1面には「『切り札』原発 温暖化が冷や水 異常気象むしろリスクに」という見出しの記事が出ていた。

 原発の「お邪魔虫」的な有害性は,いまとなっては否定しようにもできない事実。目先でのみあれこれと原発回帰を語り出す人物が,あいもかわらず再登場している。だが,エネルギー問題に関して原発を昂揚させたがるその種の人物は,要警戒。

【参考記事】-青木美希『なぜ日本は原発をとめられないのか?』文藝春秋,2023年11月に関するインタビュー記事-


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