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氷結

人権を理解することの難しさ

 以前、人権を理解することが難しいことを述べた(グローバル化と人権|precious time (note.com))。
 本稿では、改めて本件で考慮された発言の問題を考えてみたい。

 「高齢者は老害化する前に集団自決、集団切腹みたいなことをすればいい」という氏の発言をどのように理解するかである。
 氏は、「社会的な切腹でもよく」「メタファー」といった説明をしているので、必ずしも「死」を意味するわけではない。
 しかし、だから問題がないかというと非常に問題がある発言である。
 第1に、「集団自決」「切腹」は、人権が保障される前に行われたものであり、実体は強制であるということである。つまり、高齢者を社会的に抹殺することを意味する。憲法で自由が保障されている我が国では到底許されない。
 第2に、「高齢者は老害化する前に」と述べており、高齢者がすべて老害化するかのように述べていることである。これは端的に差別である。
 第3に、氏は、コミュニケーションが取れない高齢者が重要なポジションを占めている問題を指摘し、「『ちょっとやばい老人達』に対して圧をかけていく」ことが必要だと主張しているとあるが、現在成年被後見人についても資格を制限する法律は廃止されており(日本弁護士連合会:成年被後見人等の権利の制限に係る措置の適正化等を図るための関係法律の整備に関する法律の成立を受けての会長声明 (nichibenren.or.jp))、時代に逆行している。
 氏は、新進気鋭の学者とされているが、実際にはとても古風な考えの持ち主である。

 氏の考え方に共感する人も少なくないのかもしれない。世の中には優秀な人と無能な人がいて、無能な人が不利な扱いを受けてもやむを得ないとなんとなく思っている人がいる。いじめられる側にも原因があるとか、同性カップルには生産性がないとか、弱肉強食とか言われることがその例である。

 しかし、人間は自由かつ平等であるというのが人権の基本的な考え方である。この基本を理解することは、非常に難しい。
 自由と民主主義を誇りとする米国人であっても必ずしも理解しているわけではない(kemio、米アカデミー賞での“アジア人差別”で実体験告白 白人との相互理解は諦めの境地「『考えすぎだよ』で片付けられる」(1/2 ページ) - ねとらぼ (itmedia.co.jp))。
 人権を理解することは、誰にとっても難しいことなのである。違いは、それでも欧米では人権が尊重されるべきであるという共通の認識が揺らぐことはないことである。

 もう一つ、見逃せない問題がある。「あえて過激な言葉を使うことでタブーとされてる課題に対し議論を喚起しようとされていたと思います」と氏の発言を評価している方がいる(「心中する覚悟で起用しろよボケ」→「キリンさんの気持ちもわかります」 箕輪厚介氏、成田悠輔氏の広告取り下げめぐる発言を謝罪: J-CAST ニュース)。
 同様の感想を持った人も実は結構いるのかもしれない。しかし、これはポピュリズムにつながるものであり、とても危険である(【プロが解説】「エリートは敵」のポピュリズム、世界が警戒する弊害 (withnews.jp))。「本音」主義には十分に注意が必要である。

キリンの対応

 キリンの対応で問題なのは、第1に、氏をCMに起用したことである。なぜ、起用を踏みとどまることができなかったのか。氏の発言についてはキリンも承知していたであろうから、あえて起用したのであろう。あえて起用したにもかかわらず、削除したということは、人権についての理解が単に不足していたということであろう。コンプライアンスを謳う企業は少なくないが、意味を理解している企業は少ないのではないか。

 第2に、「総合的に判断した」としか説明していないことである(キリン『氷結無糖』成田悠輔さん広告を取り下げも…非難止まず「抽象的な表現で…」「CM削除だけで解決しない」:中日スポーツ・東京中日スポーツ (chunichi.co.jp))。
 おそらくうまく説明できないのであろう。氏に対しては会社から仕事を依頼しておいて今更発言を批判するというわけにもいかないのであろう。かといってそのままにすれば自社の商品が売れなくなる可能性がある。悩んだ挙句、色々なことを考えた結果ですというにとどめたのであろう。しかし、会社を批判した消費者からすれば、「色々」の中身が重要なので、これではただ逃げただけであり、誠意のある対応とは受け取られないからさらに批判されることになる。
 なぜ、説明できないようなことをすることになったかといえば、氏の過去の発言を知りながらCMに起用したからであり、なぜ氏の過去の発言を知りながらCMに起用したかといえば、会社自身が人権を軽視していたからである。

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