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140字小説にチャレンジする(2024.04.01〜04.30)

『将来有望』
 うららかな日差しが照らす公園のベンチ。二人の母親が話している。
「うちの子、テストはいつも満点なの」
「羨ましい。うちの子なんて九十点ばかりよ」
『見栄を張り合うのは四月一日だけなんだよな』
『期待されているんだかいないんだか』
 母親に抱かれる赤ん坊たちは目線を交わしている。

『欲しくなるもの』
 二人で歩いている時だった。
「目にすると欲しくなるものってあるよね」
「例えば?」
「練り消しにスライム、あと紙石鹸でしょ」
 俺の方なんかちっとも見ない。素っ気ないとこも好きだけどね。
「じゃ、俺は?」腕を引く。
 こっちを見た君は
「もう充分頂いてます」
と、可哀想なくらい顔を真っ赤にした。

『橋向こうに立つ女』
 橋向こうに立つ女と目が合った。
「あの、」
「何か?」
「一緒に渡ってくれませんか」
 手を捉えられ引っ張られる。
「なっ!?」

 目が覚める。妻が見下ろしていた。
「二週間も意識がなくて!」
 俺は交通事故にあったらしい。妻に握られた手をじっと見る。あの時手を掴んだのは。
 あの女は……母だった。

『世紀末』
 私は新人タイムパトロール。勤務初日、早速先輩に怒られた。
「アブナさ満点のその格好は何だ?」
「馴染んでないですか? 資料ではこの時代の定番はモヒカンにレザーだと」
「うーむ、不審に思われないなら……」
「それより、ズボン脱げかかっていますよ」
「これはKOSHIBAKIと呼ばれる正装だ」

『まだ始まらない桃太郎』
「ネットで募集しようかと考えてるんだ」と言った俺に仲間は詰め寄った。
「我々がいるじゃないですか」
「あなたの為に働きたいんです」
「お前ら!」俺は堪え切れず嗚咽をもらした。
「僕ら力不足だけど」
「媚くらいならうれます」
「ペットなんで!」
 結局ネットで募集することにした。鬼退治仲間を。

『憧れの色』
 小鳥は青色が大嫌いです。彼女だけ飛べなかったから。
 親も兄弟も空へ飛びたち小鳥は一人ぼっち。優しいもの全部、あの青い空が奪った。ドス黒い恨みや妬みで小鳥のお腹はいっぱいです。
 そんな時、小鳥は蛇に襲われてしまいます。間一髪助けてくれたのは龍でした。
 その日から青は憧れの色になりました。

『石になりたい』
 彼は石マニアだ。一日の終わり、寝室のサイドテーブルに石を並べ柔らかな布で石を拭き埃をはらう。巣から落ちた小鳥を拾い上げるかのように。
「それ必ずやるね」
と、言うと彼は微笑む。
「石って面白いよ。触れるほど表情が変わる」
 私も石になりたい。
 ただ在るだけで満足。そんなふうに愛してほしい。

『仲良し夫婦』
 私たちは近所で評判の仲良し夫婦。
「俺、チョコレート食べたの結婚してからなんだ」
「本当?」
「本当。煮物を食べたのも結婚してから」
「私そんな事ないなぁ」
と、言ってしまい(あ!)と固まる。彼は美味しそうにパスタを頬張っている。
 ごめん。私つい最近まで貴方のことそれほど好きじゃなかった。

『受験と人生』
「受験だけが人生ではありません」
と、言うと生徒が挙手した。
「こんな田舎じゃ入った高校で人生が決まると思います」
「真実かもしれない。でも人によっては違うかもしれない」
「私が言いたいのは」教壇から生徒たちを見渡す。
「思い通りの人生にしようという意思は貴方たちだけのものよってことです」

『好意、或いは恋心』
 いつも決まってそこだ。
 客入りがまばらな書店内。
 本棚の上からのぞく彼独特のピョンと立ち上がった寝癖。
 体の奥からほうっと息を吐く。
「こんばんは」
 声をかけるのはいつも後ろから。
 振り向く彼。形の良い唇の端を僅かに持ち上げて。
 一日の嫌なこと全部洗い流せそう。今日もありがとうございます。

『龍のはなし』
「あの龍は自分の羽根が美しく大きなのを鼻にかけている。私たちを馬鹿にしているんだ」
 その噂は妬みの火で煤けた気持ちを抱える者にはご馳走でした。
 ほら、皆が言っている。多数の側にいる安心感は何にも変え難い。
 ひとりぼっちの龍がいくら辛くても、彼らにはなんでもない事だったのです。

 人間は意思疎通のできないおっかないお化けのよう。元の楽しい毎日はもう戻らないでしょう。
 龍は村外れの洞窟に籠るようになりました。
 涙も鼻水も枯れ果てたその夜、眩しいほどの月明かりが一筋洞窟内の壁を照らしました。そこには引っ掻き傷が。
 よく見るとそれは字で「さびしい」と書いてありました。

(さびしい……)
 そうか、この気持ちは「寂しい」!
 壁に書かれたその一言にどんなに勇気づけられたことでしょう! いつの時代の誰なのかなんて構いません。「誰か」はすでにすっかり龍の心の友達だからです。
(この場所で私と同じように泣いていたに違いない。「誰か」はこの後どうしたんだろう?)

『時代』
 彼は私に「ん」と紙袋をつきだした。
 珍しい。私にくれるなんて。
 知らず浅い呼吸になり袋の中を見る。
 入っていたのは財布に時計に鞄、全部私があげた物だ。
「何がいけなかった?」
「ごめん、最初から好きじゃない」
 容赦ない拒絶に顔がこわばる。
 すると彼が言った。
「時代が違うから。母さんと俺とじゃ」

『妬み』
 体操着で教室に入ってきた彼に親友の顔が歪む。
「今日、ドッヂボールだよね」
「だね」
「嫌だなー」
「どうして?」
「アイツ私ばっか狙うの」
「大丈夫。庇うよ」
「でも」
「ほら、私肉厚だから」とお腹をつまむ。お互い笑いが漏れた。
 あーあ、そういう役回りでしか彼に関われない。残念な私。

『あたらしいお守り』
 その店は初めてだった。
「お客さん疲れてるねー」
「ハイ、残業ばっかで。モー」
「一緒だ」「へ?」「語尾伸ばすやつ」
 頼んでいないのに出てきた料理は美味しかった。出汁染みしみの揚げ出し豆腐、実家の味に似てたなー。久々に人と話して笑った。
 また来よう。
 新しいお守りを手に入れた気分だった。

『フラれた理由』
 俺の右手に紅茶の入るマグカップが置かれた。「熱っ」とこぼしつつ今度は左手に置かれたトーストにがぶりつく。前歯をパン生地には突き立てる。ザクッという音と感触が心地良い。バターが染みてたまらない。無心で口を動かす。
「そういう彼女でした」
「顔は?」
「覚えてない」
「そりゃ、フラれるわ」

『写真』
 どの時も貴方は写真を嫌った。結婚式でさえ。
「残したくない」
「思い出だよ」
「これは秘密だけど」
「秘密」
「生きている事に引け目を感じる。そういうの特別じゃないだろうけど」
「罪を犯してないのに?」
「うん。僕は犯罪者じゃないね」
 彼が死んでも何もない。残ったのは記憶だけ。
 私の中だけの貴方。

『誘拐犯』
「大変です! お嬢様が攫われました!」
「そりゃ一大事だ。しかし、まず知らせるべきは警部殿ではないか?」
 助手は「あっ」と叫び事務所を出て行く。探偵は事務所の奥、自分の机に戻りその下を覗いた。
「今、身代金要求しておきました。これで借金返せますわね」
「『幸福な王子』のモノマネか? 帰れ」

『私より細い人』
 映画の前。洗面所へ行った彼のバッグを預かった。戻った彼に隠していた左手を突き出す。指輪は薬指の関節で止まってた。
「これ私より指が細いひとにだね」
 馬鹿みたい、二十年も片想い。映画館を出ると彼が追いかけてきた。
「初任給で買った」更に「歳取ると指太くなるんだ」だって。
 結局結婚しだけど。


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