相棒15-16 ギフト(ネタバレあり)

プロローグ

1年前に「陣川という名の犬」という話で登場した女性を狙う連続殺人犯。
彼はある目的の為に、見張っていた刑事の一人を殺害し、治療を受けていた病院から脱走した。

前に初登場だった時は完全に黒子に徹していた北一幸。今回は彼がメインの話の為か、打って変わって殺人鬼の本領を発揮。「殺人の経験と才能に溢れた」男のピカレスクストーリーがここに開幕。…思いつくままに書いたが似合わないか。


犯人

北一幸

好感度 ★★★★

「人の為に殺害する事に喜びを覚えるようになった」北によるその後の犯行記録。
そして今回の話もそう。どういう事なのかと言うと、今回の彼の殺害動機は、大勢の前で侮辱され心を壊された彼の友人の復讐の為。彼の友人と言うのは、彼が殺害した見張りの刑事。

刑事の名は潮崎。元々北の脱走は、潮崎が協力した事による。潮崎が北に殺害された理由については後述。だが潮崎は北が手を下さなくても、どの道死んでいた。その時彼は既に毒を飲んで自殺する事を選択していたので。

潮崎良純

同情度 ★★★★★

北に殺害された彼もまた、この事件の犯人と言っても良いだろう。何故ならこの事件、元々は潮崎が彼に屈辱を味わわせた同級生達への復讐を、北に依頼したのが発端だったから。
復讐を唆したのは北だが、潮崎自身も北に言われる前に「殺したい」と言っていた。そう言わしめる程傷つけられたのは事実。
それも当然。彼は北に復讐を依頼した時既に服毒自殺を図っていたのだが、その前にも1度自殺未遂をしている。理由は次のセンテンスで。

彼は一体何をされたのか。実は彼は同性愛者で、片想いの相手がいたのだが、それに気づいたその相手に、嘘の告白をされ、その後アウティングを受けた。
潮崎は一連の様子をビデオカメラで撮影された上に大勢の前で流された。それを2度もやられた。1度目は学生時代の文化祭、2度目はその片想いの相手の結婚式での2次会で。彼は最初に自殺未遂をしたのは、1回目にビデオを流された時。

映像に不快感を示し、笑い者にされた潮崎を心から心配する者(おそらく1番仲が良かったと思われる友人)もいたが、多くはその映像を見て笑っていた。潮崎も表向きは一緒に笑っていたが、内心はその場で泣き喚きたいぐらい絶望していたのだろう。北が潮崎の異変にすぐに気づいたぐらいだから。

彼は女性として生きたいと願っていた。北がどっちにしろ死んでいた潮崎に手をかけたのは、女性になりたかった潮崎の意思を尊重した事によるもの。殺害して切り刻む事で、北は最後の最後に彼を女性として扱った。それが北なりの友人への敬意だったのだろう。

被害者同情度

段原亮 ★(生存)
その他の取り巻き3人 ★

潮崎をアウティングによって2度も追い詰めたこの事件の元凶達。
正直この4人は殺されて当然の事をしているし、この事件に関しては特命係に余計な事をしないで欲しかった。

段原のみが一命を取り留めたが、事件もその背景も公になる事だろうから、段原の社会人としての立場は間違いなく地に落ちるし、結婚したとか言ってたけど、妻が同類でもない限りこんな男は見限るだろう。

北は段原を殺す事は出来なかったが、社会的には殺したと言えるのかも知れない。

閑話休題

北一幸は一連の事件の過程の中で結婚をしている。その相手は北による被害者の一人である有村みなみという女性。被害者と言っても、彼女は潮崎の復讐の標的ではない。そもそも彼女は潮崎とは何も関係はない。
元々北は女性専門の連続殺人犯。しかも動機は快楽によるもの。女性を殺しても何も不思議は無い。ただ、今回の北の行動に女性の殺害は何も関連性は無い。実際、最初にリストアップされた被害者候補の女性達は全員手を出されていない。手を出された女性は、北と結婚した有村みなみだけ。
では、何故彼女は殺されたのか。それは、妻の願いを夫が叶えた事によるもの。

有村みなみ

好感度 ★★★

この事件の共犯者の一人。彼女が復讐の標的を誘い出し、北が実行した。共犯になる条件として、北との結婚を彼女の方から要求した。

北は前の話で自分の事を「生きているだけで嫌われる害虫」と言っていたが、特殊な相手とは言え女性に選ばれたと言う訳である。

ただやはり彼女もおかしい。自分と同じ境遇の殺人犯を救う為に罪を犯した北の行動にシンパシーを覚えた。まあそれは分かる。ただ「切り刻んで欲しいとさえ思う」と言う思考は異常。北本人が好きなのかと思ったが、北に殺されて北と離れ離れになるのは良かったのかな。

彼女は間違いなく美女だが、そう言う目で見られる事を嫌っていた。北が殺人計画の一環で有村にタイトな服を着せた時も「すまないね、そんな格好をさせて」と気遣っている。まあ、陳腐な想像としては、好きな人の前でしか自分の美しさを見せたくないって事なのかと。

その他の登場人物

連城建彦

好感度 ★★★

たまたま弁護士という社会的な地位の高い役職に就いているけど、彼も北が言う所の「こちら側の人間」だったと思う。

彼はこの話が初登場で、この後の話にも度々登場するが、彼を見ていると、世間を騒がせている殺人犯を支援しつつ警察を翻弄する事に喜びを感じているような印象を受けた。実際冠城も彼をそう評しているが。

自分の手は汚さず、足がつくような真似もせず、弁護士の立場を最大限使って混乱を助長させる。地位的にも能力的にも神にも悪魔にもなれる、ある意味殺人犯以上に厄介な人物だと思う。

中山肇

好感度 ★★★★★

潮崎の身辺調査のくだりで家族以外では彼への聞き込みの描写のみが描かれた事を考えると、彼が潮崎の1番の友達だったと思う。アウティングによって潮崎が傷ついた気持ちを誰よりも理解していたのも彼で間違いないだろう。

潮崎を笑い者にした段原の結婚式の二次会でのビデオ上映の時も彼は唯一笑わず、それどころか興醒めして、側にいた潮崎の様子をずっと窺って心配していた。

潮崎の気持ちを理解した上で復讐の依頼を受け取ったのは北だが、殺人鬼の彼だけではない誰かが潮崎の痛みに寄り添ってくれていた事は、この事件の数少ない救いだったと思う。

最後に

潮崎の深層心理

潮崎は北に初対面から敬語で接していた。それを北に褒められた潮崎も満更ではない様子だった。
どこかで寂しい思いをしていたのかな。彼が北と親しくなったのも、自分が認められた事が嬉しかったのかも知れない。例えそれが「殺人鬼に敬語で接した事を褒められた事」だとしても。
誰に対しても誠実に接する事。それは彼のアイデンティティの一つだったと思うので。

思えば彼の周りの人物は彼を粗末に扱っていた。好意を踏みにじる同級生、職務中に平気でくだらない理由で席を外す先輩。「真面目」って言われていたけど、裏を返せば周りの連中にどこかで都合良く扱われていた部分もあったように見える。

段原に2度も踏みにじられ、2度目にはついに殺意を抱いた彼だが、仮に3度目があったとしたら、多分彼はまた段原に靡いていたと思う。それは段原への片想いだけではない、どこかで寂しさを埋めてくれる相手が欲しかったと思われる彼の孤独感を鑑みた理由。

潮崎の親はそう言う存在になり得なかった。何故なら息子のジェンダーの部分を理解する事も寄り添う事も、描写を見る限り出来ていたとは言い難かったから。
誰にも理解されず、それどころか傷つけられる事もあった彼にとって、心を開ける唯一の相手が、殺人鬼の北だったのは皮肉な話だ。

北が初めて登場した、前の事件の時の犯人が「俺を助けてくれるのは殺人鬼だけ。俺は害虫だよ」とぼやいていたが、潮崎もどこかでそう感じていた部分はあったのだろうか。実際北も潮崎の事を初対面で「こちら側の人間」と評していたので。
ただ、潮崎に寄り添っていたのは北だけではなかったと思う。結婚式の2次会で大勢に嘲笑された潮崎を気遣っていた中山。彼は潮崎にとって心を許せる友人にはなり得なかったのかな。少なくとも中山自身は潮崎に寄り添おうとしていたと思うけど。

手を差し伸べてくれる存在がいれば、もしくは気づいていれば、潮崎の人生は違ったものになっていたかも知れない。

北の深層心理

北が犯行中でも婚約指輪を肌身離さず付けていた事から、杉下右京は事件の真相に辿り着けた。杉下はそれを「愚かなミスですねぇ」と酷評した。
北は「よく気づきましたね」と言っていたぐらいだから、誘導させる為にあえて付けていた訳でもなさそう。

そもそも彼が女性を殺し続けたのは、「生きているだけで存在自体が嫌われる害虫みたいな人間」と自虐していた事から鑑みると、彼は女性と自分が結ばれる事など一生縁が無い話だという彼自身の思い込みもあったのではないだろうか。
それがある日、思いもよらずに彼好みの美女に向こうから求愛された。彼も人の子。予期せぬ恋路に舞い上がったとしても不思議ではない。

北が指輪を付けていた事は事件の露呈という意味ではミスかも知れないが、友人の復讐の為でも、自分が異性に認められた証である指輪は外したくなかったんだと思う。

杉下右京の深層心理


杉下右京の北に対する酷評は、北一幸の行動原理そのものを認めたくなかったと言うのが根底にあったんだろう。

「人の為」と言って殺人を正当化する北がそれだけ許せなかったと。「あなたに神など存在しない」「あなたの周りにはあなたしかいない」。ここまで全否定したのは、暴力の伴う正義に快楽を覚えて「向こう側」に行ってしまった前の相棒との苦い思い出がよぎった部分もあったのだろうか…。
まあカイトの件は抜きにしても、もし北が本当に潮崎の復讐の為に殺人を犯したと杉下が認識していたのならば、ここまでは言わなかったのではないか。
確かにそれもあっただろうけど、結局は北の行為が自分の欲を満たす為の自己満足に過ぎない事を杉下は看破していたと思う。
潮崎の復讐心を煽り、有村の好意を利用して事件に巻き込んだ。杉下にとって北の行為は自分本位で卑劣な行為に見えたのだろう。それが杉下が最後に言い放った「あなたの周りにはあなたしかいない」という台詞の真意だったように思える。

とは言え北はそれでも前の事件の犯人に対しても、今回の事件の共犯者の潮崎に対しても、人となりや心の傷を正しく理解した上で寄り添っているので、例えそれが「偽善」だとしても私は支持したい。同じ嘘でも心を壊すような行為よりは遥かに救いがあるものであったと思うから。

#相棒

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