相棒14-12 陣川という名の犬(ネタバレあり)

特命係第三の男・陣川公平

今まで刑事としては(刑事では無いが)失態を繰り返してきた彼が初めて自分の力で手柄を立てる話。
と言うと聞こえは良いが、決して後味の良い事件では無い。プロポーズまでした片想いの相手は殺害されているし、手柄と言ってもその際の暴力行為が問題視され、査問にかけられてしまったので。

彼がそこまでの行動に至った動機は、先述の片想いの女性・矢島さゆみが殺害された事による。片想いと言っても、プロポーズの答えを聞く前だったので、本当に「片想い」だったかどうかは定かではない。
ただ特命係が論理的に説明していたように、陣川のプロポーズが実っていた可能性は高かった。

確かに陣川によって犯人は逮捕された。しかもあの杉下右京よりも早く犯人やその居所を突き止める形で。だが彼が好きだった彼女はもう戻らない。初の犯人逮捕を喜べる筈もなく…。そんな話。

被害者

矢島さゆみ


同情度 ★★★★

コーヒー店経営。先述の陣川がプロポーズした「片想い」の相手。

殺害された事に関しては同情されるべきだと思うが、彼女が殺害されるきっかけになった害虫駆除のくだり。作業員の足の臭いでクレームを入れるのはやり過ぎだったのではないかと。
それだけ臭かったと言えばそれまでだが、それだけとも思えない。初めての客がわかるぐらい家中に殺虫剤を撒いたり、店の客が帰ってから「香水の臭いキツすぎ。鼻がおかしくなるよね」と言ったり(陣川は支持していたが、一緒にいた冠城は引いていた)、過敏に過ぎる所があった。

彼女にとっては匂いに敏感なのは日常なので、悪意は無く、一度言ったらそれでおしまいで、後には引きずらないのだろう。それが犯人にとっては余計に許せなかったのだから、皮肉な話だ。

犯人

生木拓

同情度 ★★★

元々殺人容疑で指名手配になっていた男。

過去の事件はここでは割愛。矢島さゆみ殺しの動機は先述の一件がきっかけで仕事を失った為。しかもそれを言った本人はその人物の事を覚えていなかったという。

その為に屈辱を受けたと言う意味では気の毒ではあると思う。ただ思い込みが激し過ぎ。それが殺意に向かう極端さが今回の事件を招いた。

短絡的な犯行動機や犯行が露見されてからの反省の無さを考えると同情度が高いと思うが、何をやっても上手くいかない辛さをかなり甘めに考慮。
自分に酔っていた部分はあるにせよ、過剰に痛めつけた陣川に恨み言を言わず「あんたの気持ちはよく分かるよ」と言った部分にも配慮。ちなみに彼は陣川の暴力行為を訴える事もしなかった。

陣川と、この生木という男。2人の行動原理は似ていた。陣川がプロポーズした矢島さゆみを殺された事への復讐をしたように、生木もストーカー行為の延長で好きな女にDVを行っていた男を殺している(生木が指名手配になったきっかけ)。ただこれに関してはその女にしてみれば余計なお世話で、陣川の行動とは共通点は無くはないにせよ違うのかも知れないが。

すぐ頭に血が上る、思い込みが激しい、片想いが実らない、自分のやる事が上手くいかない。生木と陣川との共通点は少なくなかった。
だからこそ陣川も一歩間違えれば向こう側に行く危うさがある事をこのエピソードで示したとも言える。前シリーズの甲斐亨(カイト)の一件もあっただけに、「陣川よお前もか」と思いながら見ていたのは否定できない。今回はカイトを止められなかったあの時と違い、杉下右京は陣川の復讐を止められたのだが。

生木が陣川に「気持ちは分かる」と言ったのは、矢島さゆみの復讐をしようとした心情についてだけだと思うが、いみじくも2人の共通点を想起させられるセリフでもあった。

その他の登場人物

北一幸

好感度 ★★★★

職業は司法書士。女性を狙う連続殺人犯。
元々はこの男が矢島さゆみ殺しの容疑者に挙げられていた。本人もそれを認め自供した。
だがそれは生木を庇う為の嘘で、生木の罪を自分が被ろうとしていた。彼がそうした動機は、嫌われ者として人生を過ごしてきた生木に自分を重ね、シンパシーを抱いたから。2人は初対面だがそれでもすぐに分かったのかと。

捜査一課は最初に目を付けるも素直な自供に疑問を抱き、特命係の助言を頼りに生木の調査を行う。それによって生木の過去や行動原理が分かり、それによってどれだけ強い殺害動機を持っていたかという描写にも繋がった。
もっとも生木は「殺すつもりはなかった」と言っていたが、流石にそれは詭弁だろう。

北の話に戻るが、好感度を高くしたのは、結果的に誰かを救う為に行動していると言う部分。自分の快楽の為と言うのもあるだろうが、相手を正しく理解した上でやっているので、上っ面ではない事が分かる。生木が北に感謝する場面は同じ殺人鬼同士なのに微笑ましさすら感じられた。

事件後

先述の通り、一番最初に犯人に気づいたのは、北には目もくれず、生木の顔をハッキリ覚えていた陣川。
指名手配犯の顔は覚えていても成果には結び付かなかった陣川だが、この時ばかりは違った。それは「刑事になりたい」という今までのような功名心ではなく、好きだった女性の無念を晴らすという誰かの為の強い信念があったが故だと思う。

ただ成果はどうあれ犯人を殺しかけたのは流石にやり過ぎで、この件を問題視した大河内が陣川への査問を要求するに至った。
何気に大河内と陣川はこれが初共演。陣川回はコミカルな話ばかりだったのでシリアスシーンで出てくる大河内とはなかなか接点が無かったと言う事か。
陣川の行動を咎めながらも「愛する人を殺された気持ちは理解します」と言っていたのがまた、かつて「愛する人」の事で特命係を頼った事がある大河内なだけに説得力があった。

最後に

最後は箇条書きで琴線に触れた部分を抜粋。

今まで亀山以外の特命係の相棒を後輩扱いしてきた陣川だが、冠城にだけは違った。まあ冠城も陣川を初見で迷惑がらずにそれどころか「俺とキャラ被ってますね」と言ったり、薦められたコーヒーを喜んで貰うなど、第一印象は良かった。そこへ来てコーヒーの銘柄を言い当てる冠城にただならぬ尊敬の念を覚えたか?
ただまさか初対面の相手に「先輩」と言うとは思わなかった。何の先輩だったのか未だにハッキリとは分からないが、コーヒー? 恋愛? お互い畑違いだったのが良かったのかも。冠城は元々出向で警察に来た客人だったし。以降も冠城と陣川の2人は歴代相棒と違いお互いを認め合う良好な関係を築く。

矢島さゆみの「こんにちは」は改めて見返すと「確かに」だな。陣川にだけは特別だった。「その他大勢」では無かったと。
まあ他の人達もコーヒー屋の店員という以外の感情は無かったと思うけど。(香水の匂いがキツい)女性もいたし、他の男性とも仲が良かったと言ってもまあ話してて楽しいというまでだっただろうし。
さゆみの真意はもう聞けないが、陣川の今回の恋路は今までとは違ったと思いたい。それだけに残念な事件ではあるが、この事件が、と言うよりさゆみが陣川を成長させてくれたと良い方に捉えたい所。

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