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魔急精神病院〜ココロ〜 第17話

 その後、豪勢な夕食を堪能した7人は各々、ソファでくつろいだり、寝る支度をしたりしていた。そんな中、東方はさりげなく紗良を誘導し、2人は広間をでていった。
「鈴木さん、荒井さんと東方先生が出て行っちゃいましたよ」
 心は、鈴木に心配そうに声をかけた。
「あぁ…でも、後を付けるのは野暮だよな」
 鈴木は、嫉妬で気が狂いそうだった。
「でも、いいんですか?もしかしたら荒井さん、東方先生に取られちゃうかもしれませんよ?」
 心は真っ直ぐな瞳で言った。それを聞いた瞬間、鈴木は夕食を吐き戻しそうになった。
「心くん、なぜそれを?」
 鈴木は、まさか心に自分の恋心を知られているとは思っていなかった。
「だって、ここに来る途中の車の中で、鈴木さんの荒井さんを見る目が、他の人を見る目と明らかに違っていましたもん。すぐに分かりましたよ」
 心がニヤニヤしながら言った。鈴木は、頭から煙を出さんばかりに赤面した。
「分かったよ。無いとは思うが、万が一、荒井さんが危ない目に遭うといけないから、俺行くよ。心くんは先に寝てて」
 鈴木はそう言うと、小走りで広間を出ていった。
 一方、紗良と東方は2階にある東方の寝室にいた。寝室もやはり豪華かつ清潔で、キングサイズのベッドには、皺一つ無い真っ白なシーツと高価な羽毛布団が敷かれていた。また床はすべて絨毯で覆われ、ベッドの隣には、年季の入った高価な箪笥が置かれ、その向かい側には本棚が置かれ、その本棚の横には黒い作業用のデスクが置かれていた。
「こちらにおかけください」
 東方は自分のデスクチェアに座ると、そのすぐ近くにある2人掛けのベージュのソファに座るよう促した。紗良が恐る恐る座ると、ソファの前にある小さなガラステーブルには、既に冷えた麦茶の入った保冷タンブラーがコースターの上に置かれていた。
「いきなりお呼びしてすみません。どうしても、荒井さんにお伝えしたいことがありまして…」
 東方はドキドキしながら、こう言った。紗良はソファの背もたれに体を預けられず、面接を受けている就活生のように背筋をぴんと伸ばしていた。
「僕は今年で33歳になります。僕は3人兄弟で、一番上の4歳上の兄が去年の12月に結婚し、今年の冬には子どもが生まれます。2歳上の次兄は未婚ですが、彼女はいます
「しかし、僕には恋人がいません。勉強と仕事に明け暮れ、気づけば30代になっていました。周りは既婚者が多く、親になっている人も多いです。だから、『独身のままでいたくない』と思った僕は30を過ぎてから、ようやく婚活を始めました。しかし、僕は医者で名家の三男なので、お金目当ての女性にしか出会えませんでした
「そんな時に荒井さんたちに出会いました。荒井さんは今まで出会ってきた女性とは違い、僕を仲間として見てくれました。それに、精神医療に反対意見を持つ女性は荒井さんが初めてです。そんな荒井さんに僕は次第に惹かれていきました」
 そう語ると、東方はデスクチェアから立ち上がり、紗良の隣に座った。紗良は驚きを隠せなかった。
「荒井さん、僕と…付き合ってくれませんか?」
 東方は、真剣な面持ちで紗良に告白した。紗良はまさか東方から好意を持たれていたとは思わず、目を丸くしながら、東方を見ていた。
「えっと…東方先生が私のことをそう思って下さっていたとは…夢にも思いませんでした」
 紗良はドキドキしながら、そう答えた。
「僕は…貴方のことが好きです。今までは、魔急精神病院から遺品を取り返すというプロジェクトがあったため、胸の内に秘めていましたが、遺品を取り返した今、ようやく想いを打ち明けられました」
 東方は、紗良に向かって少し前のめりになっていた。紗良は若干の危機感を覚えていた。
「もし、私が東方先生の告白を受け入れたら、先生は私を…?」
 紗良はそう考えながら、東方との距離がどんどん近づいていることに焦りを覚えていた。紗良は「ゴホンッ」と咳払いすると、少しお尻を移動させ、東方から距離を取った。
「あ!ごめんなさい。そ、そんなつもりではありませんでした」
 東方は慌ててソファから立ち上がった。その時だった。
「コンコンコン!」
 寝室のドアを素早く叩く音が聞こえた。2人はその音にビクッと驚いたが、紗良はその隙にソファから立ち上がると、早口でこう言った。
「お気持ちありがとうございます。ちょっと混乱してて…すみませんが、これで失礼します。お休みなさい」
 そして、紗良は東方に軽く会釈をすると、すぐに踵を返し、逃げるように寝室から退出した。東方はそんな紗良を追いかけて捕まえたい衝動に駆られていたが、ぐっと堪えていた。
 紗良がドアを開けると、そこには鈴木がいた。鈴木はひどく憤慨しており、紗良は恐怖を感じていた。
「荒井さん!話したいことが山のようにあるんで、俺の寝室に来ていただけますか?」
 鈴木は般若のような顔でこう言った。紗良は本当はこんがらがった頭を整理するために自分の部屋に行きたかったが、鈴木の表情を見て、断ることができなかった。
「分かった」
 紗良は鈴木の顔から目線をそらしながら、こう答えた。
 それから、2人は3階にある鈴木の寝室に入った。ゲスト用の寝室はセミダブルベッドが1台とクローゼット、姿見と丸テーブル、肘掛け椅子が1つずつあり、1人で過ごすには十分すぎるくらいの広さがあった。鈴木はジャケットをクローゼットのハンガーにかけると、ベッドにどかっと座った。紗良は肘掛け椅子にちょこんと座り、再度就活生のように背中をピンと伸ばした。
「やっぱり、東方先生は荒井さんのことが好きだったんですね。でも、荒井さんは何で先生の告白を断らなかったのですか?東方先生のことは何とも思ってないんじゃなかったのですか?」
 鈴木は腕を組み、紗良に厳しい視線を浴びせていた。紗良はしばらく俯いていたが、ポツリとこう言った。
「ごめん。断りにくくて…」
 そんな紗良に、鈴木は深い溜め息をついた。
「彼氏でもないのに、出しゃばってすみません。でも、女性が1人で男の部屋に行くのは本当に危ないんで、今後は気を付けて下さいね!現に、襲われかけていたでしょう?」
 鈴木は眉を逆ハの字にしながら、こう言った。紗良は「鈴木くんも私を部屋に入れてるじゃない」と思いつつ、こう反論した。
「確かに迂闊だったね。でも、東方先生はそんな人じゃないよ」
「いやいや、俺は会話しか聞いてないですが、結構危なかったですよ?俺がドアをノックしなかったら、多分荒井さん、押し倒されてましたよ」
 鈴木は紗良の発言に被せるように、さらに反論した。紗良はシュンとしていた。
「荒井さんはすごく仕事できるし、しっかりした人なのに、男性のことには疎いんですね。白石さんも心配していますよ」
 鈴木が言った。白石の名前を聞いた紗良は、ぐうの音も出なかった。
「俺、白石さんの代わりに鈴木さんを一生守ると、天国にいる白石さんに報告したいんです。だから、このプロジェクトに参加しましたし、命がけで横島と戦いました。俺の想いはまだ足りませんか?」
 鈴木は語気を強めた。その言葉を聞いた瞬間、紗良はハッとした。鈴木の紗良に対する想いの強さを、紗良はヒシヒシと感じていた。
「鈴木さん、俺と東方先生、どっちを取るんですか?もし、東方先生を選ぶなら、俺は潔く諦めます。でも、俺を選んでいただけるなら、俺は荒井さんを一生愛しますし、お付き合いは約束通り、このプロジェクトがすべて終わって、荒井さんが受け入れてからにします」
 鈴木は、いつになく真剣な面持ちで紗良を見ていた。そんな一片の揺らぎのない彼の覚悟に、紗良の心は大きく揺れ動いていた。
「鈴木くんはこんな私を心から想ってくれている。彼はとても真面目で誠実な人なのよね。思いやりもあるし、何より気心が知れている
「東方先生は精神科医だけど、お金目的ではなく、患者さんのために力を尽くせる人なのよね。精神科医は絶対に恋愛対象にならないけど、東方先生は他の精神科医とは違う。それに、金銭的に困ることはないのよね…
「2人ともすごくいい人だから、断りづらいのよね〜!それに、こんなに早く交際をして良いのかしら?博治さんはどう思ってるんだろう?あ〜どうすれば良いの〜!?」
 紗良は内心そう叫びながら、悶々としていた。
 しばらく考え込んだ後、紗良はぱっと顔を上げ、深呼吸をした後に、鈴木にこう告げた。
「私の心は決まりました」

 

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