魔急精神病院〜ココロ〜 第18話
翌日、ゲスト6人は身支度をし、東方家で用意された新しい服に着替え、朝食を済ませた後、昨日東方が診察に使っていた応接間に集合した。応接間のテーブルの上には遺品の入った段ボール箱が置かれていた。その後、午前11時に続々と遺族が東方邸にやってきた。この日、来訪してきたのは、不動の息子の実斗、駆とその母親の眞子、首藤の妻の万智だった。
「皆様、お暑い中ありがとうございます」
東方たち7人は、4人に丁寧に挨拶した。
「こちらは、魔急精神病院から脱出した鷹野心くんです」
紗良が心を紹介すると、心は「はじめまして。鷹野心と申します。ご足労いただき、ありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします」と、小学生とは思えないほどの丁寧で大人びた挨拶をした。4人は、心の言動に驚きを隠せなかった。
「早速ですが、本題に移りましょう」
東方はそう言うと、4人に応接間の一番奥の席に座るよう促した。11人が応接間の黒い革張りのソファに座ると、紗良が口火を切った。
「皆様、本日はお集まりいただき、誠にありがとうございます。早速ですが、こちらに皆様の大事な方の遺品があります。お一人ずつお渡しします」
そんな紗良の言葉に、4人は目を見開き、口をぽかんと開けていた。
「あの、まさか…この遺品って?」
眞子が紗良たち7人を見ながら、口を押さえていた。
「魔急精神病院から取り戻しました」
東方が言った。
「え〜〜〜っ!?」
4人は、仰け反らんばかりに非常に驚いていた。
「あの悪徳病院がよく返してくれましたね」
「危険はありませんでしたか?」
「私たちのために、本当にありがとうございます」
4人は口々にそう言っていた。
「いえ、皆さんの味わった悲しみと怒りに比べれば、遺品を取り返すことなんて造作のないことです」
仙石は静かにこう言った。
その後、5人の遺品はそれぞれの遺族に手渡された。首藤のは万智に、不動のは実斗に、白石のは紗良が受け取った。そして、身寄りのない木野と秋原のは、駆と眞子が受け取った。2人は駆を病院から逃がすために亡くなったため、駆が受け取るのに相応しいと、応接間に集まった11人全員が合意したからである。
「あの、中身を確認してもよろしいでしょうか?」
万智は、遠慮がちに紗良たちに尋ねた。
「はい、構いません」
紗良は優しく答えた。そして、万智が段ボール箱を開けると、そこには一冊の本と妊娠中の妻との1枚の写真、手紙が入っていた。生前首藤が身に着けていた衣服は、彼が亡き者にされた時に激しく損傷したのか、病院に捨てられていた。
「これは…」
万智は本を見て、大粒の涙を流した。それは我が子のための姓名判断の本だった。本はボロボロで、手垢まみれで何ページも端が折り曲げられていた。
「病院の中で子どもの名前を考えてくれてたんですね。息子には…夫が一生懸命考えてくれた名前をつけました」
万智は泣きながら、こう言った。そんな彼女を見た紗良と千夏、眞子も目を潤ませていた。
「手紙もありますね。ここでお読みになりますか?それとも、今は封を閉じたままにしますか?」
紗良が優しく万智に尋ねた。
「ここで読みます。家で読んだら、泣き過ぎてしばらく育児が出来なくなるかもしれませんから」
万智はそう言うと、白い長方形の封筒を丁寧に開けた。すると、中からシンプルな白い便箋が2枚出てきた。万智は震える手で、キレイに折り畳まれた便箋を恐る恐る開いた。
「万智へ
この手紙を貴方が開いた時には、私は既にこの世にいないでしょう。この病院は本当に酷い場所です。浴室やトイレ等が不潔で、食事も栄養バランスが崩れており、看護師やカウンセラーは横柄で態度が悪いです。しかも、毎日必ず誰かが仏になっています。
私はこのままここにいたら殺されると、直感的に察しました。私は同じ部屋の仲間の制止を振り切り、脱出しようと試みました。
しかし、脱出は失敗してしまいました。私は苛烈な拷問を受け、閉鎖病棟の病室に閉じ込められてしまいました。私は何としても脱出して、出産に立ち会いたいのですが、もう難しいかもしれません。
万智、貴方のことは世界で誰よりも愛しています。お腹の子を俺だと思って、2人で俺の分まで幸せに長生きして下さい。今までありがとう。そして、一緒に居られなくてごめんね
令和7年5月4日 首藤宗則」
万智が涙ながらに手紙を読んだ時、11人全員が涙を流していた。応接間が葬式のような空気に包まれていた。
「ありがとう…皆さん、本当にありがとうございました」
万智は手紙を胸に抱き、嗚咽しながら、紗良たちに頭を何度も下げていた。
「魔急精神病院、本当に許せませんね!短期間とはいえ、あの病院に勤務してしまったことは、僕の人生最大の汚点です」
東方は涙を流しながら、拳をギュッと握りしめた。
「あの、俺も開けていいですか?木野さんと秋原さんの」
駆は涙を拭きながら、手を上げてこう言った。
「勿論、良いですよ」
紗良は赤い目でこう答えた。駆は丁寧に2つの段ボール箱を開けた。
「やっぱり、服とスマホ、貴重品はありません。脱出した時に着ていたウィンドブレーカーも。あいつら、木野さんたちに何したんだよ!?」
駆は泣きながら激昂していた。
「オンライン会議でも少し言ったが、わしは5人がどのような最期を遂げたのか知っている。それはあまりにも凄惨じゃった。今でも、わしの夢に出てくるくらいに
「ここには、君と心くんのような未成年もいるから、わしは言えない。知らない方が幸せじゃ」
仙石は俯きながら目を閉じ、こう言った。そんな仙石の言葉を聞いた駆は、静かに頷いた。そして、木野の段ボール箱から小さな工具箱を取り出した。
「これは、脱出の時に木野さんが使っていた工具だ!」
駆は震えながら、その工具箱を見つめていた。
「俺と荒井さんたちを助けてくれた工具。木野さん、ありがとうございます。俺、絶対に夢を叶えるから」
駆は工具を胸に抱きながら、大粒の涙を流していた。11人は涙が止まらなかった。
「こっちの箱は…これはメモ帳?フィギュアもありますね」
眞子は秋原の箱から遺品を取り出した。眞子がメモ帳をパラパラめくると、そこには漫才のネタがびっしり書かれていた。
「芸人さんだったのでしょうか?劣悪な病院の中でもネタ作りを惜しまないとは、すごく仕事熱心な方だったのね」
眞子はネタ帳をパタンと閉じた。それから、眞子は何体かあるフィギュアのうちの1つを手に取った。それは、今流行りの鬼を倒すアニメの主人公を形どったものだった。
「この世に人を食べる鬼はいませんが、精神科医や精神医療従事者という人の姿をした鬼は山ほどいます。我々は日本刀ではなく、言葉の刀で鬼を屠っていきたいと思います」
鈴木はタオルハンカチで涙を拭きながら、力強くこう言った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?