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魔急精神病院〜ココロ〜 第14話

「ありがとうございます、鈴木さん!」
 田中は山道を駆け抜けながら、鈴木に声をかけた。
「こちらこそ!田中さんがいなければ、俺は横島に殺されていました。顔は大丈夫ですか?」
 鈴木は田中を気遣いながら、こう返答した。
「正直痛いですが、歯は折れてないし、大したケガはなさそうです。この日のために2人で格闘技を習って正解でしたね。俺はあまり役に立てなかったけど」
 田中は赤く腫れ上がった頬を押さえながら、苦笑いしていた。
「いえ、田中さんが横島の隙を作ってくれました。それに、あのパンチでその怪我に抑えられたのは、練習の成果ですよ」
 鈴木は笑顔でフォローした。
 その後、2人は炎天下の森を走り続け、猟師宿舎まであと500mほどの所まで辿り着いた。しかし、横島に殴られた痛みと暑さ、疲労で田中は走ることが出来なくなっていた。
「田中さん、もう走らなくていいので、水分と塩分を摂ってください。俺、さっきグループRINEで荒井さんたちに車を向かわせるよう連絡しましたから」
 鈴木も走るのを止め、田中に寄り添って歩きながら声をかけた。その時だった。
「黒い高級外車が来ていますが、あれって…患者さんのご家族のでしょうか?」
 田中は迫りくる外車を見ながら、不安に駆られていた。
「そうであると願いたいですが…うん?」
 鈴木は目を凝らすと、顔面蒼白になった。その鈴木の様子を見た田中も冷や汗を吹き出していた。
「ヤベェ…精神科医の車です。さっき、倉庫で見た奴らの1人かも…」
 鈴木は絶望的な気持ちになった。
「しかし、精神科医1人なら、俺たちで倒せそうですよね」
 田中は覚悟を決めていた。しかし、外車が彼らから100mの所まで近づいた時、田中の勇気は粉々に砕け散ってしまった。
「助手席に…横島がいます」
 田中は震えていた。
「後部座席にも誰かいたら、もう俺たちに勝ち目はありません。かと言って、山道から離れるのは危険です。こうなったら、俺が食い止めるんで、田中さんは逃げてください!」
 そう言うと、鈴木は足を止め、警棒を勢いよく抜いた。
「鈴木さん、俺も戦います!佐藤さん…いや
ちーちゃん、ごめん!大好きだよ!!」
 田中はそう叫びながら、同じく警棒を抜いた。
「え?田中さんって、佐藤さんと…?」
 鈴木は田中の発言に戸惑っていた。しかし2人は、彼らの目の前に止まった車から降りてきた横島たちを見て、口を閉じた。
「テメェら、よくもやったな!」
 頭に大きなたんこぶを作り、飼いウサギのように目が充血した横島が「パキパキ…」と拳を鳴らしながら、2人にジリジリと迫ってきた。そんな横島の姿は、より一層、2人を恐怖に陥れた。
「君たち、不法侵入に窃盗、暴行、傷害を犯していますが、どう責任を取るんです?」
 運転席から降りてきた脂ぎった長髪の不潔な容姿の精神科医も、2人に近づいてきた。そんな不愉快な外見の精神科医を、2人は汚物を見るような目で見ていた。
「確かに、俺らは法律的にアウトなことをした。しかし、お前らの罪はその何兆倍も重いだろ?」
 鈴木は嫌悪感に唇を引きつらせながら、吐き捨てるようにこう言った。
「罪?病院なんだから、患者を死なせてしまうこともたまにはあるが、それが何の罪になると言うんだ?」
 不潔な精神科医が鈴木を見下しながら、こう言った。
「てめぇら、大量殺人、肉体的かつ精神的、性的な暴行、傷害、不法侵入、誘拐、強要、詐欺、横領等様々な大罪を犯してるだろ?証拠は山程あるんだよ!」
 鈴木は怒り心頭に答えた。
「しかし、国はそれでも我々を認めてくれてるんだ。精神病院は必要悪なんだよ。社会のゴミどもを野放しにしないよう、我々は存在する。むしろ、もっと称賛されるべきだね!」
 精神科医は歪んだ笑顔を見せながら、こう言った。その悪魔のような表情と言葉に、鈴木は吐き気を催しそうになっていた。
「社会のゴミはお前らだろうが!それに、精神病院は絶対悪だ!人類の負の遺産なんだよ!!」
 鈴木は目に強烈な怒りの炎を滾らせながら、ブチギレていた。
「何だと!?」
 今まで冷静だった精神科医の顔が、怒りで赤く染まった。
「低収入の馬鹿が…好き勝手ほざきやがって!お前も魔急精神病院の患者にしてやる!覚悟しろ!!」
 精神科医はそう叫ぶと、咆哮しながら鈴木に突進してきた。しかし、鈴木はそれをヒラリと躱すと、ローキックでその精神科医の股間を「バキッ!!」と思いっきり蹴り上げた。精神科医は「ぎゃあああ!!」と森中に響かんばかりの叫び声を上げながら、地面に倒れ込んだ。彼はあまりの痛みに涙と汗を大量に流しながら、悶絶していた。
「汚いものを蹴っちまった。格闘技なら反則技だが、汚い精神科医にはこれくらいが丁度いいだろう。お前のような奴は子孫を残すな!」
 鈴木は「ヒ〜」と呻き声を上げている精神科医に侮蔑の視線を浴びせながら、吐き捨てるようにこう言った。
「五味先生!貴様…なんてことを!」
 横島は倒れたまま泣いている精神科医の五味を見て、ひどく憤慨していた。
「鈴木さん、一応、この車をパンクさせておきました!仙石さんのトラックから拝借した釘と金槌が役に立ちました」
 鈴木と五味が諍いを起こしている間に、田中は五味の高級外車のタイヤをすべてパンクさせていた。
「お〜ま〜え〜ら〜〜!!」
 横島は頭からマグマを噴き出さんばかりに、激怒していた。
「2人とも、死んで獣の餌になれ〜〜〜!!」
 横島はヒグマの如く、2人に襲いかかってきた。2人は死を覚悟しつつ、警棒を構えた。その時だった。
「パーン!パーン!」
 突然、森の中で銃声が響いた。その音で「ギャア、ギャア」「バサバサバサ」と大量の鳥たちが鳴きながら一斉に羽ばたき、3人は驚いて銃声の鳴った方向を見つめた。すると、そこには紗良と1人の屈強な猟師が1台のバンの側に立っていた。
「鈴木くん、田中さん、大丈夫ですか〜!?」
 紗良は2人に声をかけた。その時の紗良は、鈴木にとっては女神に見えた。
「お前は…荒井紗良だな!?この女狐め、今度こそ捕まえてやる!!」
 紗良の存在に気づいた横島が、彼女に毒牙を向けた。
「させるかぁ〜!!」
 鈴木と田中が一斉に横島に向かって、警棒と拳を振り上げた。
「うわあああ!!」
 さすがの横島も、大の大人2人からの全力の攻撃に苦悶の表情を浮かべた。横島は体中に痣や傷を作り、観念したのか、五味の腕を自分の肩に回し、トボトボと病院に戻って行った。
「2人とも、いつの間にそんな強くなったんですか?」
 紗良は逃げる横島の後ろ姿を見ながら、呆然としていた。
「いやぁ、火事場の馬鹿力ってヤツですよ」
 鈴木は肩で息をしながら、こう答えた。
「お二方、ご無事で良かったです。早く乗ってください」
 猟師が丁寧な口調で2人にバンに乗るよう促した。
「本当に助かりました。ありがとうございます」
 2人は疲労困憊の体を引きずり、猟師と紗良とともに車に乗った。

 
 
 

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