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魔急精神病院〜ココロ〜 第19話

「白石の分も開けてもよろしいでしょうか?」
 紗良が、白石の段ボール箱の上に両手を置きながら言った。11人が一斉に首を縦に振ったのを見て、紗良は丁寧に段ボール箱を開けた。
「これは…!」
 段ボールの中には、白石の取材メモ帳とボールペンの他に、小さなベージュ色のリングボックスが出てきた。紗良は震える手でそれを持ち上げると、恐る恐る箱を開けた。
「中身はカラか…ん?」
 紗良が箱を開けた時に小さな紙切れが箱からポロッと落ち、テーブルの上にちょこんと乗った。紗良は慌ててその紙を拾い上げると、そこには印刷された文字でこのように書かれてあった。
「魔急精神病院の記事を新聞に掲載できたら、結婚指輪と婚約指輪を2人で一緒に買いに行こう」
 たった1行のそのメッセージを見て、紗良は目が溶けて無くなるかと思うくらいに、涙を流していた。紗良はその紙を丁寧に四つ折りに折ると、リングボックスにそっと戻した。
「博治さん…ありがとう。貴方のことは、一生忘れない」
 紗良は泣きながら、両手でリングボックスを持ち上げ、それを額に当てていた。そんな紗良を見た10人は啜り泣いていた。
「魔急精神病院、早く潰れてほしいですね。この病院だけで、一体何人が犠牲になったか…」
 田中は両手で顔を覆いながら、涙ながらにこう呟いた。
「最後は不動先生のですね。実斗さん、開けますか?」
 紗良はティッシュで鼻水を拭きながら、実斗にこう尋ねた。
「…いえ、申し訳ありませんが、ここでは開けません。父の手記は金庫に入れられる位、何か重要なことが書かれていると聞きました。本当は今すぐに皆様に共有すべきでしょうが、まずは母と内容を確認してから、皆様にRINEでお知らせしますね」
 実斗は父の遺品の段ボール箱を優しく撫でながら、こう言った。
「分かりました。実斗さんのお気持ちが優先ですので、開けなくても構いません。また連絡していただけると、とても有難いです」
 紗良が言った。その時、応接間のドアを「コン、コン、コン」と軽く叩く音が聞こえた。副島が「失礼します」と言いながら、中に入ってくると、11人にこう言った。
「お話中に失礼します。お昼の準備ができました。よろしければ、召し上がって下さい」
 副島の優しい顔を見た11人は涙が止まり、笑顔で昼食を食べに応接間を退出した。
 その後、駆と眞子、万智、実斗は遺品を持ち帰り、紗良たちも帰宅する準備を済ませ、玄関に集まっていた。
「わしは東方先生のご厚意で、この屋敷で掃除係として住み込みで働けることになった。わしは独身で身寄りがいないから、行く宛がなくて困っていた。ここが終の棲家になるだろう。また会える日を楽しみにしているよ」
 仙石は東方と副島の間に立ち、10人の東方邸の使用人全員とともに、5人を見送っていた。
「皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。お陰様で、僕と仙石さんは魔急精神病院を辞めることができましたし、日本の宝になるであろう優秀な若い芽を潰されずに済みました。誠にありがとうございます。皆様のまたのご訪問を心よりお待ちしております」
 東方は心と紗良を見ながら、こう挨拶をした。
「東方先生、仙石さん、お二方のご尽力に心から感謝いたします。このプロジェクトは我が社の業務とは全く関係ありませんが、ご遺族の心を救うという大事な任務を全うできて、とても充実感を感じています。またお会いしましょう。それまでお元気で」
 紗良たち5人は東方たちに深々と頭を下げ、豪邸を後にした。
 帰り道、心が田中と千夏の車に乗ったため、紗良はまたしても鈴木と2人で乗車していた。鈴木は運転席に、紗良は後部座席に座っていたが、どことなく緊張した雰囲気が漂っていた。
「荒井さん、本当に俺で良いんですか?東方先生、俺より遥かに高収入で大金持ちですよ?」
 鈴木は顔を赤らめながら、紗良にこう尋ねた。
「…うん。あ、博治さんと木野さん、秋原さんのお墓なんだけど、東方先生のご先祖様のお墓のあるお寺の住職さんにお願いして、遺品の一部とともに納骨堂に納めていただくことになったの。遺骨がないこともご理解していただいたし、料金も東方家の負担ですって」
 紗良は恥ずかしさから、鈴木の質問をはぐらかした。鈴木は少し苛立っていた。
「わかりました。荒井さん、もうプロジェクトは完了でいいんですよね?荒井さん、俺と付き合ってくれますか?」
 鈴木は顔を真っ赤にしていた。紗良は頰を赤らめながら少しの間黙っていたが、こう言った。
「…鈴木くん、私、もう大切な人に早くに先立たれたくない。…だから、鈴木くんには長生きしてほしいの。約束できる?」
 紗良は俯きながら、目を潤ませていた。そんな紗良をバックミラーで見た鈴木は、ありったけの理性を振り絞り、紗良を抱き締めたい衝動を抑えていた。
「も、勿論です!俺の体の丈夫さは、荒井さんならよく知ってるでしょう?風邪すら引いたことないんですから」
 鈴木は鼻の穴を広げながら、こう答えた。そんな鈴木を見た紗良はクスクス笑っていた。
「横島を倒した貴方なら、何があっても大丈夫そうね。…こんな私だけど、これからもよろしくお願いします」
 紗良は頰を赤らめながら、鈴木に会釈した。鈴木は天に昇るような気持ちになっていた。
「嬉しいなぁ〜!勿論、紗良さんがお婆ちゃんになっても、俺の気持ちは変わらないんで!あ、いきなりため語で話しちゃった。しかも、下の名前で呼んじゃった。良いかな?」
 鈴木はハンドルを握っていない方の手で頭を掻いていた。紗良はクスクス笑いながら、「いいよ」と言った。
「紗良さん、この後空いてる?」
 鈴木がサラリと聞いた。
「え?空いてるけど。来週は夏季休暇取ってるし。ちなみに、東方先生にはさっきRINEで交際をお断りしたよ。『鈴木さん、荒井さんのことが本当に大好きでしたからね。正直悲しいですが、お幸せに』だって」
 紗良がスマホを見ながら答えた。
「そんなに俺、分かりやすかったんだ…」
 鈴木は余りの恥ずかしさに、どうかなりそうだった。
「で、何処かに行くの?」
 紗良が言った。
「夕食を食べに行かない?そのあとは、俺んちに…」
「今日は鈴木くん、えっと、輔さんの家はちょっと…。夕食は行きましょう」
 紗良は広げた両掌を胸の前で振りながら、慌てて口を挟んだ。
「だ、だよね~」
 鈴木は胸をドキドキさせていた。


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