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「囀る鳥は羽ばたかない」二次創作

保下風香さんの素敵なイラストから妄想を膨らまして作りました(保下さんには了承を頂きました)

南国のバカンス
                (リゾートホテルプールにて)


奥山組との抗争を終え一ヶ月、俺と百目鬼は二人きりで南国のリゾートホテルに来ている

三角さんの許しを得ての旅だ
天羽さんの口添えと、綱川の娘の強い勧めが無ければ到底実現しなかったろう…

俺は今、ホテルの部屋の中庭にあるプールに浮いている
細長いビニールボートは意外にも心地よく、木漏れ日を受けながらゆらゆらと浮いていると、いつしか時を忘れてしまう

『百目鬼の声がする…』
『誰かと話している…』
『ホテルのボーイ、か…?』

「矢代さん、……ジュースは飲みますか?」

「んー」

『…何ジュースってった?』

ひたひたとプールサイドをこちらに向かう足音、そして静かに水に入る音に
微かに氷の触れ合う音が混じる
水の中を歩み寄る気配がし、
ビニールボートが僅かに揺れる

「ん…今起きr…」

身体を起こそうと目を開けると、目の前が不意に暗くなり、百目鬼の顔が重なった

冷たく濡れた唇、弾力のあるそれが、力強く押し付けられ俺の唇を塞ぐ
舌で唇を押し開けられ、少しだけぬるくなった液体が流れ込んで来る

「…ん」

口に入ったそれをコクリと飲み込むと、
ゆっくり顔を離した百目鬼が俺を見つめている

「トロピカルジュース、俺たちへのサービスだそうです」

『トロピカル…さっきはそう言ったのか』

百目鬼の手元を見ると、
鮮やかな黄色のフレッシュジュースが入ったグラス
表面には水滴が付き、涼しげに氷が揺れている
飾り切りのフルーツと赤い花が縁に飾られ
派手なストローが二本挿してある

『恋人同士が飲むヤツみたいだな…』

そんなことを考えていたら
お前はそれに気が付いたのか、

「天羽さんが、俺たちを…あの、恋人同士として予約を取ってくれてたそうです…」

そう言うと、少し顔を赤くした

『恋人同士…』
心の中で繰り返す

「もう少し…飲みますか…?」
遠慮がちにお前が尋ねる

「……」

「…お前は?」

「俺は…」

「俺は…貴方から頂きます」

『えっ』

『俺から?』

『俺からって…何?』

『恋人同士って…そんなことすんの…』

戸惑って無言でいると、
お前は俺にグラスを差し出した

「お願いします…」

そう言うと
そのまま無言で
俺をじっと見つめている

『マジか…』

「なぁ、これって普通に皆やってんn…」
「やってますね」とお前

「……」

俺は観念した
身体を起こし、水の中に足を下ろす

グラスを受け取ってジュースを口に含み、
プールサイドに置くと
お前の頬に手を伸ばす…

ゆっくりと、日に焼けたお前の顔が近づく

お前は俺の背中に手を回し、腰を引き寄せると、力強く唇を重ねた

「んっ…」

俺はさっきお前にされたように、唇を舌で押し開き、口の中のジュースを流し入れようと背伸びをする

お前はジュースが流れ込みやすいように、顔を少し傾ける

柄にもなくドキドキと鼓動が高まる

こんなに明るい陽の中で百目鬼と二人、
プールの中で立ったまま
強く抱き合いキスをしている

薄く目を開けると
ホテルの白い壁が、ぼんやりとお前越しに見える

首にまわしていた手を
頭に伸ばし
柔らかいお前の髪に両手を埋める

甘く…お前の匂いがする

『恋人同士…』
心の中でまた反芻してみる

『…似合わねぇ言葉だなぁ』
と思う

けれど、胸の中を、甘く疼(うず)く様な何かが込み上げてくる

口の中のジュースはとっくに無くなっているのに、お前は俺を離さない

がっしりと太い両腕で俺の身体を抱きしめる
少しの隙間も無いように、
苦しい程
身動きが取れない程
力強く

舌を絡ませ
顔の向きを変える
何度も何度も
お互いの中の何かを求めるように…

荒くなる息
漏れる声

甘く、長いキス…

どれほど経っただろうか…

お前はゆっくり顔を離すと、
身体を少し屈め、
水の中に片手を入れて
ヒョイと俺を抱え上げた

ザブリと足が持ち上がる

重たげも無く、水の中を進む

「お、おい…」

そのまま
プールの階段を上って行く

「どこ…いくん…」

「俺たち…恋人同士ですから…」

澄ました顔でお前が答える

腰から下が濡れている俺たちは
ポトポトと雫を落としながら、白い石畳の庭をお前の足跡だけを残してホテルの部屋へと進む

「……」

言われた意味がわかり、俺が黙ると
お前は立ち止まり

「やりたくてしょうがないって顔してますか?
今の俺は…」

そう言って俺を見つめる

「ばか…」
そう返すと

お前は目元だけ笑わせ、また歩き出した

『こいつに振り回されてる…』

部屋まで続いた足跡は、南国の日差しで熱くなった石畳に次々と吸い込まれ、瞬く間に消えていく

『それも悪くない…』と思う

一枚だけ開け放たれたフランス窓に、
お前は俺を抱えたまま
ぶつからぬよう身体の向きを変えながら
室内へと入って行く

カーテンの掛かった仄暗い奥の方へ

南国の花の、甘い香りが漂う
静かな室内に
シャワーの音が響く

寝室のドアが閉まる音がして

微かな声
微かな物音

遠くには波の音がする…

恋人同士の時間は、まだ充分ある

南国の午後は長い


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