![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/66886736/rectangle_large_type_2_687760c7a397a9895d59cb950be91d4e.png?width=1200)
祖母の話
これは私の母方の祖母の話です。
これまでの下書きを1つにまとめていたらだいぶ時間が経ってしまいました💦
先にお伝えしますが、話が飛び飛びです。申し訳ございません。
気持ちの整理と不要な思いの断捨離を込めて投稿します。
※
私の祖母はとても物事をハッキリ言う人でした。
好きな人は好き。
嫌いな人は嫌い。
人に気を使っていたかもしれませんが、隠すのが下手……と言うか。
私には黒白ハッキリしている人に見えていました。
裁縫や編み物が得意でよく自分で作ったものをくれました。
よく覚えているのは祖母の裁縫箱です。
2段に別れた裁縫箱(籠)は色とりどりの糸があって、とてもカラフルでそこを覗き込むのが大好きでした。
初めて針と糸を持たせてもらった日、そしてその針で思いっきり指を突き刺した日。
指から血を流しながらも作り続ける、という根性は今に繋がっている様な気がします。
絵を描き始めたルーツは父方の方(祖父と父が絵を描いていました)ですが、私のモノ作りの原点は祖母なのかもしれません。
絵には苦い思い出しかありませんが、モノ作りは比較的自由にやった気がします。
※
そんな祖母には不思議な癖?(力)がありました。
肩が重い、頭が痛い、何か悲しい…など体や心が不調な時、手をそっとかざしてくれるのです。
幼少期。
「そこに座りなさい」と言われて静かに座ると、祖母も背後に座りそっと手をかざしてくれる…さする、とか撫でる、とかではなくただ「かざす」。
その行為を祖父や他の家族はあまり良くは思っていませんでした。
だから、隠れてこっそりと。
時々小声で呪文の様な言葉を呟いていましたが、残念ながら何を言っていたか覚えていません。誰かと会話している様にも聞こえました。
今思うと何かの宗教だったのかもしれません。しかし、その話は家族の間では一切話題になりませんでした。
触れてはいけない話?そう言う事がとても多い環境でした。
手をかざしている時、何か感じるの?と聞くと手のひらがピリピリすると祖母は言っていました。嘘だ〜、と笑うと祖母も笑っていました。
手をかざしながら、たわいの無い話をして最後に優しくポンと撫でて終わり。
祖母の小さくて丸い手の平は、いつもあたたかかったのを覚えています。
※
小学校に上がると人間の交流の輪が広がり、私はどんどん生きづらくなってきました。
友人関係とか、勉強に関してとかではなく、心が穏やかでない……ザワザワして落ち着かない感じの生きづらさ。
気持ちや体調がコロコロ変わり、癇癪持ちが時限爆弾の様に爆発する。
自分でも抑えられない日が多くありました。
それを親や先生に訴えても誰も分かってくれないし、とにかく「調子が悪い」としか表現できませんでした。
当時、共働きの両親に代わって父方の祖父が同居していました。
祖父と弟の時間にはカタイ絆があり、私はいつも一歩後ろ。それでも祖父の事は嫌いと言う訳ではなく、小学一年生から悩む重度の肩こりをよく揉んでくれました。何だかんだ言って優しい祖父でした。
しかし私は「調子が悪い」と布団に潜り込んで寝てばかり。
そんな時、近所に住んでいた祖母は時々原付を走らせて来てくれました。
隠れた場所で手をかざし、たわいない話をして帰っていく……この時間が私は好きでした。
手かざしの後は不思議と肩こりが改善するんですよね。
※
ある日、祖母に「余計なものまでを拾ってこんでええ」と言われた事があります。
私には何の事か分からなかったのですが、今はわかります。
「余計な(気持ち)を拾ってこなくていい」と言っていたのかな、と。
時々、人の気持ちが流れ込んでくる時があります。
それは喋らなくても雰囲気で。
知ってる人、知らない人、今は少ないですが動物達も。
あらゆる人の気持ちが窓の隙間から風が入ってくるかの様にピューピューと。それが気持ちがザワザワする正体。
どれが自分の気持ちなのか、そしてどれが他人の気持ちなの分からない時があり、電車やバスに乗れない時期もありました。
人の気持ちが自分の気持ちになってしまう、そんな時ありますよね?
割り切るのが下手だったんだと今は分かります。
そして現在、経験値も上がり電車、バスに乗れる様になり、人混みの中でも行動できるようになりました。
※
人の気持ちは伝染します。
それは職場、友人関係、家族間でも。
誰かがイライラしていたり、悲しんでいる時、それがまるで自分の気持ちの様に受け取る時があり、どれが自分の気持ちか分からなくなる。そんな時は、そっとその場を離れて風通しのい方へいくといい。
人の気持ちと自分の気持ちを区別できる様に祖母はいつも話を聞いてくれていたのかもしれません。
あの時かざしてくれた祖母の手の平は驚くほどとてもあたたかかったです。
手をかざしている時間、誰と会話していたのかちゃんと聞けばよかったな、と今でも思います。
私には祖母のような不思議な力はありませんが、悲しんでいる人や不調な人の背中にそっと手を添えれるようなそんな人になりたいと思います。
そんな祖母のお話はこれでおしまい。
上手にまとめられなかったけど、気持ちの区別って本当に大切だと亡き祖母に教えてもらったような気がします。
2021年最後の気持ちの整理。
目を通してくださりありがとうございました🍀
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?