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必要なのは制度を変えることだけなのか

いつも、記事をお読みくださりありがとうございます🙇‍♀️

今回は、学校・職場に課題があったり辛さを感じたりするとき

課題解決や辛さを解消するために必要なのは、環境や制度改善だけなのか?環境や制度が良くないから学校や職場を辛く感じるのか?について

スウェーデンに住んでから個人的に感じたこと、気づいたことについてまとめます。


①まず初めに、スウェーデンの政治について学習したとき気づいたことです。

『男女の給与の差をなくしたいが、まだ課題がある』という旨の文を読み、私は正直驚きました。

私は、日本で教員や塾講師のアルバイトをして『全く同じ環境で同じ質と量の仕事をして、性別の違いだけでお給料の額が違う』という経験はしたことがなかったからです。

②加えて、『スウェーデンはユニークな国で、パパも育休が取れるようになっている』という課題文を読んだときも、おや?と思いました。

確かに、スウェーデンは国をあげて父親の育児休暇取得を促しているそうなのですが

ただ、少なくとも日本の公立教員は、父も母も育児休暇を取れる制度があるし、私のいた職場では何人かの父親教員が育児休暇をとっていました(母親教員と比べて短期間だったけれども)。他にも、年次有給休暇は時間単位で取れ、子どもが病気になったときに使える休暇もありました。

①②とも、制度だけ見たら日本の公立教員は大変恵まれているように見えます。

ただ、恵まれた制度でも、日本の公立学校の教員で病気休暇をとる方は近年毎年5000人を超えているそうです。

③最後に、スウェーデンにおける学校の制服制度に関する記事を読んだときです。

スウェーデンで制服が採用されている学校はごく一部で、これまでも制服制度の是非に関して議論がなされてきたそうです。

記事には制服がないことへの異論として「制服があれば、貧富の差が目立たなくなり、いじめが少なくなる」などの意見が載っていました。

一方で、日本の制服制度に異論をとなえる立場の意見も見たことがあります。

多くの学校で制服が採用されいないスウェーデンと、多くの中高で制服が採用されてる日本と、課題や学生が感じる不安の質は違うでしょうけど、

誰かが辛く感じるのは、制服制度のせいで、その辛さは、制度を変えれば改善するのでしょうか?


私が個人的に感じるのは

・学校や職場の抱える課題や個人の感じる辛さの、根本的原因に焦点をあててきただろうか?

・制度が理想に近づいても、それを利用する人々や社会全体の精神的な成長が追いついていないのではないか?

・制度だけでなく、利用者とそれを取り巻く全体、社会の精神的な成熟が併せて必要だと、まず”気づく”ことが必要なのでは?

ということです。


この記事が少しでも、誰もが過ごしやすい社会になるための何かヒントになれば幸いです。


ここまでお読みくださり、ありがとうございました🙏