五百円と腰痛と感動

ダンスで食っていくのは難しい。
苦労して苦労して、社会からたった五百円の価値しか与えられないダンス。
だとしてもその五百円のダンスは人を感動させる。
しかしその代償に肉体の痛みをともなう。
でも俺は、五百円しか貰えなくても、腰痛になっても、自分のダンスで人を感動させたことが泣くほど嬉しかった。

一時間半はある作品の中で最も印象に残ったのは、大地のエピソードだった。それが岩谷翔吾ならではの文章だと感じだからだ。

・ダンサーの夢を諦めなければならなかった人をたくさん見送ってきた
・ダンス貧乏の人もたくさん見てきた
・ダンスは肉体労働で怪我だってする
・自分のダンスで人を感動させたことが泣くほど嬉しかった
・自分が人生を捧げてきたダンス、エンタメの仕事は社会的に存在価値がないと突きつけられる体験をした
・やっと規制が緩和され、やっとの思いでステージに戻り観客の前で踊ることができて感動した

EXPGエリートコース出身の岩谷翔吾が過ごした下積み時代というのは、大地のようなダンサーのそれとは違うだろう。彼はクラブでショーケースに出演して五百円をもらったことがあったのだろうか。五百円という金額にリアリティがあるのかどうかわからない。もしかしたら飲み会で先輩から聞いた苦労話や笑い話が元なのかもしれないし、特に元ネタのないアイデアかもしれない。
とはいえ同じようなシーンを、ダンスをやっていない自分が書くとしたらどうなるか。「金は貰えなかったけど、感想を貰って嬉しかった」「一昨日ショーケースでバリバリ踊ったから筋肉痛がひどくて」みたいな感じにしか書けないと思う。具体的にどんな痛みが発生するのかは、踊ったことがある人でないと思いつかないから、学校のお調子者=パンチラ、レベルの解像度に落ちてしまう。
小説家/脚本家としてのスキルはまだまだだとしても、岩谷翔吾は一般的な小説家にはできない経験をしていて、彼の中には何かを文章で表現したいという情熱が燃えていて、二度も作品を書きあげた。

学校生活、恋人、友達、母親、会社。経験の浅さもあって、彼は小説の中に登場させた様々な要素を扱い切れていなかったと思う。というよりもむしろ、「ダンス」にまつわる描写の解像度の高さが抜きん出てしまい、他の要素がよりハリボテらしく見えてしまったのかもしれない。そんな中で妙に「嫌な奴」の解像度が高いことについては後述するとして……(笑)彼は、学校・恋人・友達・母親・会社よりもずっと長い時間「ダンス」と共に生きてきた男なんだという事実を、そりゃそうなんだけど、このBOOKACTというステージにより改めて思い知らされた。

っていうか、ダンスをしたら、腰が痛くなることもあるよな。ダンスをしない私はそのことに考えが及ばなかった。単にゼーハーゼーハーするとか、なんとなく筋肉痛になるとか、そんなぼんやりとしたイメージしか持っていなかった。人を楽しませようとしてノリノリで激しいダンスをすれば、無理な体勢をとることになって、腰や手首足首を痛めることもあるだろう。パフォーマーの人達はプロだしキャリアも長くて慣れているから、傍目にはスッとこなしているように見えていた。でも実は、彼らのパフォーマンスは肉体に痛みを伴うこともあるんだ……。と、今更ながら私が見ているのはアニメでもCGでもなく彼らの痛覚を持った生身の肉体によるパフォーマンスであることを認識させられた。あんなふうに自由に踊れたら楽しそうだなー、なんてノーテンキなことしか思っていなかった自分が、今では信じられない。大量の公演をこなす中、彼らはパフォーマンス中に痛みに耐えていることもあるということ。アイシングする姿を何度も見ているから、そんなこと分かっていてもよかったはずなのに、彼の表現に出会うまで、痛みのリアルさに気づくことができていなかった。

彼は踊っているシーンをどう描写するのだろう?という興味が湧いてきた。パフォーマーショーケースで繰り出されるあの激しすぎるダンス。その最中、手足胴体にはどんな感覚があって、頭に何が過ぎって、音楽と心と体はどう反応しあっているのかみたいなことが臨場感たっぷりに表現された彼の文章が読みたい。それを踏まえた上で、もう一度彼のダンスを見てみたい。

作品のクオリティに関しては、少し厳しい評価がなされると思う。第三者によるチェックをしてもらわなければ熟練の小説家だって間違えることはあるんだし、脚本の凡ミスは本番前に修正してほしかった。そういう技術的な問題点が目立ってしまったものの、グループの楽曲を下敷きにメンバーが執筆し演じた作品というのはとても興味深く、観てよかったと思う。
彼は読書家だから、物語を読んで自分と違う人生を生きている人間の視点を追体験する楽しみをよく知っているはずだ。「BOOKACT」だから、「観客を感動させなければ」と肩に力が入っていたのだろうか。泣かせようとして生み出した「良いセリフ」とか、恩師に言われて印象に残っているんだろう素敵な言葉とか。そういうものにハッとさせられる瞬間が全く無かったとは言えないが、それよりもふとした瞬間に飛び出す彼の内面を感じさせるような表現が興味を引く。

「あと一歩って何年後?」
「職業欄に書く仕事がない」
「俺より上手くて若くてイケメンで人気のある奴なんて腐る程いる。そういう奴らと戦って、勝ち続けられるかなと思ったら、なんか自信なくなっちゃって」
「夢を追える人間も、夢を掴める人間も、一握りしかいない」

My Prayerを下敷きにして書かれた青春恋愛/夢と現実のパッケージを開けると、親や会社の人、恋人や友達など、周囲の人への感謝で溢れていて、社会の中でアーティスト業以外の仕事をしている人をリスペクトする言葉もたくさん詰まっていた。ラブドリームハピネス。それに混じってちょくちょく出てくるのが、上記のようなセリフである。苦労した経験や、不意に瞬間冷却され冷静に物事を見つめてしまう彼の性格が感じられた。そんなときに彼を支えてくれたのが、作品に登場したような人々の存在や、言葉、そして本なのかもしれない。


それにしても、岩谷翔吾にはダメ男/ウザ男を書く才能がある。一翔のちょっとイラっとくる発言の解像度が異常に高く、イキイキfeel so alive。岩谷三段、ジョジョの奇妙な冒険シリーズに出てくるキャラにいそうな感じで、人のむかつくところを事細かにし〜っかり覚えているタイプなのか!?結構根に持つタイプなのかな、あんなかわいい顔してさ!「夢を追いかけている人間が投げつけられがちなムカつく言葉」のありそう感がすごいもん。彼がこれまでに接してきた人間の特徴や言葉遣いなどがふんだんに生かされているに違いない。
大人の事情的には、無料Web連載から出版する形よりも、今後もBOOKACTの形でチケ代を稼ぐのかなという気がしている。忙しい中でモチベーションを保つのは大変だと思うが、彼にしか書けない物語をまた読みたい。脚本家/小説家としての、次のお仕事が楽しみだ。

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