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ボス村松の外科室5「タチャーナ」

ボス村松の外科室とは?

 泉鏡花の「外科室」は、通りですれ違っただけの男女が、9年後、医者と患者として外科室で再会し、心中する短編小説です。「ボス村松の外科室」は、この鏡花の短編小説をリスペクトしつつ、心中の後始末と前世に及ぶ因縁を、想像力豊かに加筆した長編戯曲です。
 ボス村松が作・演出・主演・助演・舞台美術・照明・音響・衣装を兼ねたつもりで動画製作を始めました。6分ほどの動画が、20話ほどで完結する予定です。

動画リスト

第1話 >> ボヘミアの森
第2話 >> 伝承
第3話 >> 伯爵の亡霊
第4話 >> 輪廻転生
第5話 >> タチャーナ
第6話 >> 前世の記憶(予定)
第7話 >> 外科室(予定)
第8話 >> 坊主の法話(予定)
第9話 >> 芸術論(予定)
第10話 > 思ひ出(予定)
第11話 > 推理(予定)
第12話 > 想像力がすごい(予定)
第13話 > Re:外科室(予定)
第14話 > 次いってみよう(予定)
第15話 > 悔い改めます(予定)
第16話 > ベンツ(予定)
第17話 > マルチナ(予定)
第18話 > ライオン(予定)
第19話 > イイネ(予定)
第20話 > 女は魔物。(予定)

第四話「タチャーナ」脚本

坊主 それは会ってお話がしたいものです。
伯爵 妻はもうこの世にはいない。死んで9年になろうか。
坊主 ではすでにまた、別の何かに生まれ変わっているのかもしれませんな。
伯爵 君は信じているのか?荒唐無稽な輪廻転生なる話を?
坊主 私自身は信じております。一方で仏の教えを、今風の思想哲学に寄せたい学者僧侶の中には信じていない者も多い。
伯爵 色々あるのだな。
坊主 今風に、というのは難儀なものです。
伯爵 その妻が、前世私はこの人だったと挙げた人物の中にだね、先ほどあなたが話した、梅の木の精霊があったのだ。
坊主 ホントですか?
伯爵 そのもっと前には親鸞聖人が山を下りるきっかけになった謎の美女だったこともあったらしい。
坊主 ホントですか?! 
伯爵 うむ。妻がそう言ったのは、本当だ。私は信じなかったが。
坊主 ふーむ。…伺いたい。美女、でしたか?
伯爵 ?
坊主 あなたの奧方は、きっとお美しい方だったのでしょう、が、しかしただの美女ではいけない。謎の美女と、謎の冠を背負えるだけの美しさがありましたかな。
伯爵 妻は、…美しかった。この世の中で、もっとも優美でもっとも精緻な造形の企みであった。
坊主 では、きっと生まれ変わりだったのでしょう。
伯爵 そうか。妻から輪廻転生の告白を聞いたのは私たちが結婚して間もなくの頃だ。妻が青い顔をして私の書斎に飛び込んできたのだ。

   妻が飛び込んでくる

伯爵 ここから先はトマーシュくんに聞いてくれ。
坊主 話しづらいことが?
伯爵 トマーシュくんが暇そうにしている。私をよく知る男だ。徒党を組んで罪深い夜をいくつも越えた。

坊主 (画家に説明)伯爵の奥方が、梅の木の精霊の生まれ変わりと、話がいささか込み入ってきました。
画家 何かそういう話をしているんだろうなと思って、ケータイをいじってました。
坊主 トマーシュさんに伯爵の姿は、全くですか?
画家 全くです。
坊主 …見えるものは見える。見えないものは見えない。すっきりしていていいと思います。
画家 あれ?何ですか? ああ、芸術家は見えないものを見るのが仕事みたいな話がありましたか。それこそ、精霊、の気配か。…幽霊は見えなくていいでしょう。それはご僧侶の仕事ですよ。
坊主 左様でした。失礼。…トマーシュさん、この伯爵の奥方の輪廻転生話は実に興味深い。俄然、おもしろい。ここから10万円を積まれても、私は伯爵を除霊しませんよ。聞かせてください。あなたはこの件についてどれほどのことをご存知ですか?
画家 すべてを。私は多くの場面にでくわし、そうでなくても、事件の当事者からあらましを聞く立場でした。そしてそういった立場の人間がよくあるように、一連の喧噪の中で我を忘れることはなかった。
坊主 語り手にうってつけだ。
画家 そうです。しかし今、私は我を忘れて、恋の渦中に入るのが人生の本当ではないのか、と思い悩んでいるところなのです。
坊主 …やめておけ。
画家 何でですか?!
坊主 いや、あなたの恋の話ですよ。悩ましい恋愛をしていると、言っておられましたな。
画家 恋は人生の花火とは、誰の言った言葉でしたか…
坊主 やめておけ。
画家 そんな!
坊主 自分で悩ましいって言ってるじゃないですか。すすんで悩むこともないでしょう。
画家 まさしく。一般論として、女子は男子にとって魔物であることは、ハッキリしている。しかし通り一遍ではなく個々人に事情を当たっていくと、女子イコール魔物とは違う答えが出る時もあるでしょう。
坊主 ないですね。
画家 癒しとか。
坊主 ないです。拙僧は六明寺の宗朝と申すもの。文句のある女子は六明寺まで。さて、伯爵は、結婚してすぐ奥方が青い顔をして書斎に入ってきたところまでを話してくださいました。輪廻転生の過去を思い出したとか。トマーシュさんには、その先をお願したい。

備考/あとがき

坊主が「女子は男子にとって、魔物であり癒しではありえない」という考えに凝り固まっているのが、今回の面白ポイントです。こいつ(そして、筆者)に何があったんだ?とお客さんに思ってもらえれば、作戦通り。物語の流れとしては、伯爵の妻がいよいよ、梅の木の精の生まれ変わりかもしれないと期待が膨らんでくるところ。次回は、回想に入り、伯爵の妻が喋り始めます。今のところ、キャラクターの声は全て筆者が当てているのですが、さて、どうしたもんか。

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2022年最後の日に、これまた日を空けての更新となりました。劇団の公演が間に挟まったためです。演劇は嫌が応にも本番がやってきて、すぐに消えてなくなってしまう。それがいいところと言えばいいところ。寂しいと言えば寂しいところ。動画は一応、ここに留まり続けてくれる。俺の動画、がんばれ。がんばれ?
                  2022.12.31 ボス村松


この文章で上がった収益は、全てボス村松の演劇活動と植毛に充てられます。砂漠に水を。セイブ ザ ボース。