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今週の全米アルバムチャート事情 #87- 2021/7/10付

MLB大谷選手が32号ホームランを打ち、元NYヤンキース松井選手の日本人シーズン最多HR記録を更新する快挙を達成する一方、その大谷選手と(そして同じく今年活躍中のダルヴィッシュ選手と)同じ背番号11を背負っていた、往年の名選手で名解説者、大島康徳さんが静かにこの世に別れを告げられました。個人的に現役時代も大好きだった大島さんNHKのMLB解説者として聞かせてくれる、選手・監督としての経験に裏打ちされたコメントを毎回楽しみにしていただけに、とても残念です。再来週のオールスターにはその大島さんの背番号を背負っていた大谷選手ダルヴィッシュ選手が出場します。彼らの活躍を天国からあの細い目を細めてニコニコしながら見守っているであろう、大島さんの笑顔が目に浮かびます。心よりご冥福をお祈り致します。今週もお届けするこの「全米アルバムチャート事情!」、ポッドキャストオンリーのコンテンツ「History Of Billboard 200」を含む、この記事連動のポッドキャストも先ほど配信しましたので、下記のリンクからお楽しみ下さい。

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さて今週末のBillboard 200全米アルバムチャートの1位、先週の予想では三つ巴の激しいバトルを予想していましたが、そのバトルを制して169,000ポイント(実売55,000枚)と2位を大きく引き離して1位に初登場したのは、タイラー、ザ・クリエイターの6作目『Call Me If You Get Lost』でした。2019年の前作『Igor』に続く2作目の1位を決めたタイラー、前作でもランDMCから山下達郎からアル・グリーンまで様々なトラックをサンプリングやループに使いながら、ワン・アンド・オンリーの世界を作り上げてましたが、今回もなかなかの意欲作のよう。ジャケには自分の顔写真を載せた身分証明書で名前の欄には「タイラー・ボードレール」とあります。そう、あの『悪の華』で有名なボードレールにインスピレーションを得て、自分のファーストネームを冠した架空のキャラクターを中心にしたコンセプトアルバムのようです。

オープニングの「Sir Baudelaire」が、オールドスクールのヒップホップが何やら映画のサントラ盤を想起させるようなサウンドやSEに乗って醸し出す独得の雰囲気をそのまま次の「Corso」「Lemonhead」と展開していく構成は、もはやそんじょそこらのヒップホップアルバムじゃないですね。その他ヤングボーイ・ネヴァー・ブローク・アゲインタイ・ダラ・サインをフィーチャーしたグルーヴィーなR&Bヒップホップな「WusYaName」、エレクトロ・ヒップホップな「Manifesto」や、UKのエレクトロ・オルタナティブ・バンド、XXのリーダー、ジェイミーXXを共作・プロデューサーに迎えたライト・ファンク・ロックっぽいビートの「Rise!」、そして聴く者を快感に誘ってくれる8分超の大作チル・トラックの「Wilshire」など、このアルバム、聴けば聴くほどいろんな味が染みだしてきそうなそんなアルバムのようで、前作同様メディアの評価もかなり高いですね(レビュー統合サイト、Metacriticでは何と89点が付いてました)。

今回、セールスの数字も結構高かったのは、フィジカル(CDとカセット)はタイラーのウェブサイトのみで買えて、しかもTシャツとポスターがパッケージされた$25の4種類の限定ボックスエディションもリリースされ、しかもリリース当日に完売した、というのも大きかったみたいですね。自分はもう2〜3ヶ月しておそらくリリースされるであろうヴァイナル・バージョンを待ちたいと思います。それまではストリーミングで聴き込みます!

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そしてそのタイラーに押さえられて2位に甘んじることになったのは、ドジャ・キャットの2作目『Planet Her』。先週も予想のところでお伝えしたように、同じ週にボートラ5曲入りのデラックス・エディションもリリースするなどマーケティング的には頑張ったのですが、タイラーとは結構差が付いて109,000ポイント(実売10,000枚)というちょっと普通の(それでも普通の週なら充分1位は取れた)ポイントでした。

前作のデビューアルバム『Hot Pink』が9位だったので、SZAをフィーチャーした、ドジャっぽいR&Bポップ・ダンス・ナンバーのシングル「Kiss Me More」(何気にオリヴィアの「Physical」のコーラスがループに使われてるのに気が付きましたか?)が現在Hot 100の4位に昇る大ヒットになっている(UKでは3位最高位)のが、今回アルバム1位は逃しましたが、チャート上では躍進した大きな原動力なんでしょう。次のシングルは既にUKでは初登場9位のヒットになっているザ・ウィークンドとのデュエット曲「You Right」らしいので、その他にもアリアナをフィーチャーした「I Don’t Do Drugs」なんかもあり、しばらくチャートの上の方にステイしそうですね。UKではタイラー4位を押さえて3位初登場してますしね。

今週のトップ10内初登場はこの2枚だけで、その他トップ10に先週の14位からジャスティン・ビーバーの『Justice』が返り咲いてますが、これは今週ヴァイナルのリリースがあったのが理由。同じ理由で今週レディ・ガガの『Chromatica』も圏外59位に再登場しています。

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さて圏外100位までの初登場ですが、今週の初登場は6枚。先週からやや増えています。その先頭で17位に初登場してきたのは、プエルトリコ出身の新人ラッパー・シンガー、ラウ・アレハンドロ。ちょうど先月くらいからシングル「Todo de Ti(君のすべて)」がHot 100で上昇中、今週32位に躍進しているラウ君の2作目のアルバム『Vice Versa』が彼にとって初のチャートインアルバムとなっています。

新人のラテン系アーティストがこういう高い位置に飛び込んでくるのも、ここ数年来のラテン勢の盛り上がり、特に昨年のバッド・バニーのオールスペイン語アルバムの1位に象徴されるうねりが後押ししてるのは間違いないところ。ただこのラウ君のシングル「Todo de Ti」を聴く分には、あまりラテンっぽさは感じられず、どちらかというとクリス・ブラウン当たりのコンテンポラリーR&Bポップ、という感じなのがちょっと意外なところでした。PVに登場するラウ君の出で立ちもどちらかというとヒップホップちっくだし。

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続く圏外初登場は30位に登場のオハイオ州コロンバス出身のハードコア・パンク5人組のベアトゥースの4作目になる『Below』。今回を含む過去4作はいずれもあのエナジー・ドリンク、レッド・ブルの子会社のレーベルからのいわばインディ・リリースながら、全てBillboard 200トップ50に入るコンスタントな人気を誇ってます。

シングルの「The Past Is Dead」はパンクというよりも、どちらかというとメタリカAC/DCを経由した今時のハードロック、という感じでソリッドな演奏がいい感じ。ロック・ソング・チャートでも19位に上がるまずまずのヒットです。

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圏外初登場3つ目は、39位に初登場してきた、今年25歳のフロリダ出身のラッパー、その名もスキー・マスク・ザ・スランプ・ゴッド(本名:ストークリー・クレヴォン・ゴウルバーン)の4作目のミックステープ『Sin City: The Mixtape』。彼は2018年に強盗の射殺されたラッパーのXXXテンタシオンの盟友として共に活動しながら注目を集めて、Xが亡くなった5ヶ月後にリリースしたアルバム『Stokeley』は全米6位の大ヒットになったという経歴を持つ、ちょっとラップスタイルもコミカルなフロウなども聴かせるユニークなスタイルのラッパー。

ただ今回のミックステープのPVの冒頭にいきなり血まみれで登場して、知人のショップでガンを物色するシーンなんか見てるとちょっと本篇のミックステープを聴く気が失せるというか。聴いて見ると先ほども書いたようになかなかユニークで面白いところもあるんですが。親友のXをガンで失った彼がそのガンを肯定するようなイメージ出すのはどうかと思うのですがね

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一方、圏外初登場4作目で56位に入ってきたのは、先週予想で1位バトルの三つ巴の一角になるのでは、と書いたロジックの『YS Collection, Vol.1』。これ、先週は引退後のコンピアルバム、とご紹介したのですが、よく調べるとロジックは最近急遽現役復帰を宣言していたらしく(笑)、しかもこのアルバムはコンピというよりは過去の未発表音源を中心に構成された正真正銘の新作とのこと。いやあいろんなことやってくれます。ちなみにタイトルの「YS」というのは、あのフランク・シナトラがロール・モデルだと常々発言しているロジックが自分のことを「ヤング・シナトラ」と称していることによるようです。

そのロジックの復帰第1作、冒頭の「All I Do」から、あのボビー・ヘブの「Sunny」のバックトラックのループにむっちゃタイトなビートを乗せて、そこに「優しいエミネム」風なクリスプなロジックのフロウが展開される、というちょっとビックリするくらいクールな出来。そして続く「One」では冒頭に彼が敬愛するフランク・シナトラの「It Was A Very Good Year」の一節をまんまサンプリングした後にロジックのタイトなフロウが続く、というおいおい、ロジック何かすごいやる気満々やん、という感じの作品に仕上がってますね。ちょっとこれは何も期待してなかっただけに拾いものかも。

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圏外初登場5作目はぐっと雰囲気を変えて南カリフォルニア出身ながら、伝統的なカントリーシンガーのスタイルを堅持するシンガーソングライター、ゲイリー・アランの8年ぶりになる新作『Ruthless』が86位初登場。ゲイリー・アランというと2000年代Hot 100でも5曲のトップ40ヒットを飛ばすなど、中堅カントリー・スターとしてそれなりの人気を誇っていたのですが、Billboard 200でも1位を獲得した前作『Set You Free』(2013)以降は、出すシングルがことごとくヒットにつながらず、アルバムリリースのタイミングが取れないまま8年が経過していたようです。

カントリー・アルバム・チャートでは何とか8位に入ってますが、今回シングルカットされている「Waste Of A Whiskey Drink」も決して悪い曲じゃないと思うのですが、カントリーチャートも含めてまだヒットにはつながってないみたいです。アルバム収録の孤高のシンガーソングライター、故ジェシ・ウィンチェスターのカバー「Little Glass Of Wine」なんかいい味出してると思うんですがねえ。

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そして今週の圏外初登場の最後は、87位に入ってきた、オレゴン州ポートランドをベースに活動する6人組オルタナ・ロック・バンド、モデスト・マウスの7作目『The Golden Casket』。新ギタリストとして元スミスジョニー・マーが加入した2007年の前々作『We Were Dead Before The Ship Even Sank』がBillboard 200の1位を獲得してブレイク、続く2015年の『Strangers To Ourselves』も3位と好調に見えてたんですが、この6年の間に音楽シーンのランドスケイプも大きく変わっていることもあってこのブランクはちょっとマイナスに働いてしまったようですね。

では、今週のトップ10のおさらいです(順位、先週順位、週数、タイトル、アーティスト)。

*1 (-) (1) Call Me If You Get Lost - Tyler, The Creator
*2 (-) (1) Planet Her - Doja Cat

3 (1) (6) Sour ▲ - Olivia Rodrigo
4 (3) (4) The Voice Of The Heroes - Lil Baby & Lil Durk
5 (2) (3) Hall Of Fame - Polo G
6 (5) (25) Dangerous: The Double Album - Morgan Wallen
7 (4) (3) Culture III - Migos
*8 (9) (4) Inside (The Songs) - Bo Burnham
9 (7) (65) Future Nostalgia ▲ - Dua Lipa
*10 (14) (15) Justice ▲ - Justin Bieber

さて来週の1位予想。来週のチャートの集計期間は7/2-8で、その初日の7/2リリースのラインナップですが、今回はかなり小粒です(笑)ナズの名盤『It Was Written』のエクスパンデッド・エディションとか、先日レコード・ストア・デイで限定リリースされたトム・ペティの『Angel Dream』の正規盤とか、オールドタイマーには気になるリリースもあるんですが、この辺はチャート的にはダメでしょうから、今週のタイラーが半分近くポイント減しても10万ポイントくらいに踏みとどまって2週連続1位、というのが結構ありそうなシナリオでしょうか。これに対抗しそうなのはシカゴのラッパー、Gハーボの4作目くらいですけどこれもやや小粒ですしね。ではまた来週。


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