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小澤實 『澤』
『澤』は2023年刊行の第四句集。第三句集『瞬間』以後、平成24年の句を収めた『瓦礫抄 俳句日記2012』以前の句が収録されている。あとがきによれば、40代半ばから50代半ばまでの句とのこと。
好きな句、気になる句を引いていく。
面箱におもてやすます春の暮
秋風やカレーにソースかけて父
わかさぎの氷り曇れる身なりけり
みしみしと増ゆる人類冴返る
手鉤もて鰤後頭部一打二打
鰻屋の咥へ団扇や串かへす
少年を死なせし国やさるすべり
屋敷森濃し一面の青田より
あめんぼにあめんぼ乗るやまたたく間
ふかく眠りぬ秋草の生けあれば
海に入る直前冬日拡がれる
おほいぬのふぐり花弁の藍のすぢ
蟹の身を吸ふ蛸甲羅抱きかかへ
引ける草雨に根づきぬ抜き焼き捨つ
入道雲ねぢれ立ちなり海の上
薫風や頬杖ついてかんがへず
ささと鳴る天蚕の繭振りみれば
ソーセージころがし焼きや花木槿
網戸にからみ虫の脚なり胴はや無し
茄子に水でたらめの唄うたひつつ
うねりつつ蛇泳ぎゆく泥の上
香水杓にさしだす掌掌掌われの掌も
探梅の化石の貝のしらじらと
梅雨の水面仰ぐばかりや魚のわれ
牡丹焚垂直の火の柱澄む
にぎりし手ひらけば年の立ちにけり
梅雨の樹下なり草の道岐れゆく
青葉の夜煮魚の皮かがやけり
サーファーの頭頭頭頭頭頭頭波を待つ
新米を握りこぼしぬ新米に
〈大根の土落すなり膝に打ち〉のように、倒置法を用いた句が多い印象を受けた。「膝に打ち大根の土落すなり」の語順を入れ替えたのが掲句の形だろうと思う。確かに「膝に打ち大根の土落すなり」ではストレート過ぎる。例えば、
紙魚の銀うすれて黒や飼ひをれば
有頂天
わがひげに玉なす汗やものいへば
生キテヰテヨカッタ
わがおくら一寸伸びや明けたれば
生キテヰテヨカッタ
白桃に赤きところや皮剥けば
生キテヰテヨカッタ
花子座の卓袱台ゆらぐ拭きたれば
翁に問ふ
いずれも、上五中七を下五が補っている形とも言える。同様の型で、
押し入れてペットボトルや泉に汲む
生キテヰテヨカッタ
大寒の雨溜まりをり舗道の上
香水杓
融雪剤粒粒白し雪の上
香水杓
残雪の一文字なり畝の間
香水杓
うねりつつ蛇泳ぎゆく泥の上
香水杓
水澄んで水路とほりぬ道真中
香水杓
これらは下五が「どこに」を補足している。また、
断ち切れる鰻の首や鰓うごく
有頂天
羽止めて夏燕なり滑空す
有頂天
上二つは動物の動きを補足している。
この型のなかでは、〈うねりつつ蛇泳ぎゆく泥の上〉が好きだった。
上五中七で言い切って、下五で補足するこの型は、一歩間違えると蛇足になってしまい兼ねないように思う。この型にすることで句が生き生きする場合に、ここぞというときに使えるといいなと、とても勉強になった。