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池田澄子 『思ってます』

  『思ってます』は池田澄子の第六句集。2016年刊行で2011年から2015年半ばまでの句が収められている。東日本大震災を詠んだ句があちらこちらに見受けられる。

春寒の灯を消す思ってます思ってます

三月寒し水も電気も瓦斯も来て

ヘリコプターが真剣に浮く花の上

心配をしながらリラを嗅いでいた
/思ってます

自力ではウランは石を出ぬなり雲雀
/ひとりのとき

瓦礫深く隙間あるらし雪明り
/居る

寒月下ひっくるめて瓦礫と言う勿れ

入ってはならない村も此処も雪
/あーだこーだ

電線の中を電気の去年今年

東京よ灯し途絶えず初明り

津波以前此処に家々人々東風
/此処

放射線は濃く臭うべし母子草
/幸いなれ

  電線の句、初明りの句は分かりにくいかもしれないが、読んで計画停電を連想した。

  あとがきで、池田澄子は震災に対して、「思いは何の役にも立たなかった。」と書いている。思いは何の役にも立たないが、思わずにはいられない、そんな心境がタイトルにも現れている。

  好きな句を引いていく。

冷えながら闇ひろごりぬさしもぐさ

缶詰の鯖の辛抱あすは秋

人の日の灯下せつなき蒲鉾板

拳ひらくと綿虫はいなかった

菜の花や真夜の頭の中に揺れる

思ってます

おさなごの息がルーペに花はこべ

花冷えの真夜の小島へ誰と行こ

桑畑このごろ縄電車が来ない

彼岸花ほぼ同じとはみな異なる

花の下もの食べ合っていて安心

死んでいて月下や居なくなれぬ蛇

ひかりのとき


膝抱くと背中遥かや去年今年

読初とうたた寝初めや幸せ初め

他人の手のように我が手を温める

花了えてほっと幹ある夜空かな

産みながら怖くて冬と呟いた

居る

朝市の蟹の余命に雪吹き込む

椿から椿へ椿を褒めにゆく

ぼうたんとゆっくり言ってみて日暮

我眠るたびにおジャガの芽が伸びる

口のなか涼しく欠伸はじまりぬ

明易の頭は土塊ごろんごろん

秋分の粉と砂糖を量るかな

秋の蚊のさやかに脚を垂らし来る

あーだこーだ

元旦でありぬ起きるかまだいいか

逢いたくてびんぼうゆすり窓に梅

言わずもがななれど貴方の手も冷た

雪見酒寝起きの赤子登場す

霜の杭抜くと根がありゴミ出す日

スリッパが先行きたがる梅の宿

此処

寒ければ各自我慢のうえ集合

湯冷めせぬよう歯周病にならぬよう

むかしむかしに歩きはじめてクローバー

まさか蛙になるとは尻尾なくなるとは

春眠の隙間この世を儚んだり

花筏こころのようにくずれゆく

ともしび

投げやすそう蜜柑電話の子機拙著

実のあとの枇杷の繁りも陰祭

ねぇあなた池の向こうは涼しそう

わが句あり秋の素足に似て恥ずかし

幸いなれ

  いまさらわたしが言うことでもないが、池田澄子は言葉を本当に自在に操っている。インタビューを読むと、とにかく句を作っている時間が好きだと言う。推敲に推敲を重ねて句が世に出ているのだろうけれど、そんな気配を感じさせないというか、本当に自由で、圧倒されるとともに、なんだかとても嬉しくなる。


  残念ながら版元在庫切れなので、出版当時の記事のリンクを貼っておきます。

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