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単なるオマージュにとどまらないエーデルワイスの配合 〜サンデーサイレンスの母を生産した男 ジョージ・A・ポープ・ジュニアとは・5

前回は、サンデーサイレンスの曾祖母エーデルワイスは不出走馬だが、同馬主&同期のケンタッキーダービー馬と配合コンセプトが同じであることを説明した。

今回は「3×4のクロスなら良い」「濃くなりすぎると良くない」といった、昨今まん延するフワっとしたインブリードの説明は全く何の意味もないという話と、エーデルワイスの父が無名種牡馬のヒラリーでなければならなかった、その必然性について説明する。

オマハ、ジョンズタウンへの憧憬

詳しくはこの項の中盤に示すが、エーデルワイス(サンデーサイレンスの曾祖母)はアヤックス Ajax-テディ Teddyの系統が濃い血統である。

なぜこんな配合を施したのだろうか?

同馬を生産したジョージ・A・ポープ・ジュニアの判断・意思決定は想像するしか無いが、私は1930年代~1940年代に活躍したフランス由来のケンタッキー産の名馬2頭の存在を挙げる。

まず両馬の血統を見ていただきたい。

フランスの香り高き血統

両馬とも2代母が同じで、当時流行のサーガラハッド Sir Gallahadの血脈を含み、更にアヤックス Ajaxのインブリードを持っている事が分かるだろう。

ここでひとつ、クラシカルな(正調な)インブリードの読み方について述べておく。

オマハとジョンズタウンの血統表を見ても分かる通り、インブリード(クロス)とは、本来、個々の生産者たちが「ぜひとも影響を強めたい」と狙いを絞った特別な血を明確に強調するために、配合において二重三重に注入するものである。

昨今の血統ライター諸氏がやっきになって書くようなインブリード論、例えば「エピファネイアを配合するとサンデーサイレンスのクロスが〇×〇だから走るだろう」とか「サンデーが濃くならないから大丈夫」とか「ミスタープロスペクターが何本あるから走る」…といった物言いは、正調な血統の読み方からすれば因果関係が逆だし、おためごかしだ。

そのような”結果的に発生したインブリード”や、”(なんとなく)ちょうど良さそうに思ってアウトブリードになった配合”は、それが何であろうと、ほとんど意味を持っていない。
パズル的に見てそう配置されているとしても、意図もなく配置された駒の並びで将棋は勝てない。(仮に勝てたとしてもそれは別のファクターと考えるべき。競馬の勝利には無数のファクターがある)

それらと異なり、フェデリコ・テシオやマルセル・ブサック、ジョージ・A・ポープ・ジュニアなどは間違いなく「血統の力」を使って勝とうとしたオーナーブリーダーだ。

さて、そもそもオマハとジョンズタウンの牝系はアメリカではなく、フランスで育った血統だ。それも競馬史に名を残すあのエドモン・ブランが育てた特別な血統である。
そしてインブリードされているアヤックスもまたエドモン・ブランの生産所有した名馬・名種牡馬である。

二重に層を重ねてフランスの血を受け継ぐ、それがオマハとジョンズタウンに共通する配合の特徴だ。

ジョージ・A・ポープ・ジュニアがそこまで理解した上でデサイデッドリー(ケンタッキーダービー)、ミステリアス(英二冠)、ウィッシングウェル(サンデーサイレンスの母)を配合したのか…そこまでは明確な証拠が得られていないが、
「兄弟でもないのに、短期間(1935年&1939年)で三冠馬と二冠馬が誕生するファミリーは只者ではない」と考えるのは、ごく自然なことだ。

エーデルワイス(サンデーサイレンスの曾祖母)の血統は目視だけで…
「オマハとジョンズタウンは母の血で走った」
「これは良い血統だ」
「取り入れなければ」
という生産者の意思を感じられるのではないだろうか?
下記にて黄色で強調してあるので確認いただきたい。

ヒラリーを配合してエーデルワイスを生産した理由

エーデルワイスの「血統表の上半分」を見れば確認できるが、父はヒラリーである。
ジョージ・A・ポープ・ジュニアは、ヒラリー Hillaryという無名の種牡馬をプライベート供用(*種付け権利を市場に売り出さず所有者の内輪だけで使う事)によって重用した。

ヒラリー 父カーレッド。競走成績27戦6勝。大レース勝ちは無し。
カリフォルニア州エル・ペコ・ランチで1973年まで供用。

このヒラリーという種牡馬はジョージ・A・ポープ・ジュニアの生産には不可欠、なおかつ最良の種牡馬だったが、後世になって知名度が落ちた。
そのためサンデーサイレンスの種牡馬としてのマイナス評価につながる。

だがこうして落ち着いて、先のエーデルワイスの血統表をよく見れば、「なぜヒラリーでなければならないのか?」お分かりいただけるのではないだろうか?

まず前提としてエーデルワイスの母ドワガー Dowagerは2つの条件を押さえている。

  1. スワップスの母の父ボーペールの全姉ベルメア Belle Mereの直牝系である

  2. スワップスの祖母の父ウォーアドミラルを、(その父)マンノウォー Man O'Warの注入で最低限押さえてある

そこにヒラリーを配合することで2条件が加わる。

  1. スワップスを生んだカーレッド Khaledの血を父系に導入しつつ

  2. オマハ&ジョンズタウンを生んだフラムベッテ Flambetteの血(黄色部分)を強化する

この4つを一気に実現するために、どうしてもヒラリーを配合する必要があったのだ。

やはりエーデルワイスの血統は優れている

正攻法で「血統表を読む」だけで、これら事実と併さった推測が引き出せる。
それを日米の血統評論家たちは、偏見に基づいて勝手な解釈を広めていた。

  • カリフォルニアの田舎の生産だから適当な種牡馬を使うしか無かったのだ

  • 生産者が貧乏だったのだろう

  • 競馬に関する知識が欠けていたのかもしれない

こういった憶測をもとにした安易な論評は、自らの無知と、知識の解像度の低さを晒すのみで、あまり褒められたものではない。

ボーペール Beau Pereはカリフォルニアが育てた、後世に残る名種牡馬だ。エーデルワイスの曾祖母ベルメア Belle Mereがボーペール Beau Pereの全姉という時点で元々筋が良い良血なのだ。

例えばグロースターク Graustarkヒズマジェスティ His Majesty兄弟や名牝ダリア Dahliaの血統にもボーペールは存在しているから一度チェックしてみてほしい。

ここに気づけた人がいなかったのは、前回に挙げたように「2代血統表しか読めない人達」が評論しているからだ。(せめて3代血統表が読めたらボーペールに気づけた)

今回説明したように、これだけの配合を持つエーデルワイスの血統を正面から読むことを怠ってきたのは、「不出走馬だから」「競馬場で見てない」という理由に限られるだろう。
これで「三流」扱いしてきた血統評論に価値はあるのだろうか?先人たちへの疑問は残る。

日本の競馬マスコミはここ50年以上、血統への理解も進まないまま馬券馬券と徐々に痩せ細っている。それを見て落胆と不安を覚えているのは私だけではないと思う。
そろそろ本物の生産者が(もちろん私ではない)、血統を語るべきではないだろうか。

さて、今回の話でヒラリーというプライベート種牡馬が「使い所のある種牡馬」だと、何となくお分かりいただけただろうか。
次回はジョージ・A・ポープ・ジュニア2つ目の業績、ヒルライズ(父ヒラリー)の血統を読む事を通して、「テシオの再来」ぶりを説明したい。


今回の連載は最後まで無料で書きます。サンデーサイレンスへの正当な評価を広めるためです。長い間誰も触らなかった話題ですので、慌てず騒がず、後々まで残る情報が書ければと考えています。 (最後まで読めたら「読んだぜ」のメッセージ代わりに♡を押して貰えれば十分でございます。)