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家畜奪取プリキュア


「………え………」

 夢の中で声がする。杖を持った禍々しい老婆が、その皺まみれの手であたしを指差す。

「………ばえ………」

 イン〇タ映え………? 最近じゃもはや死語だよ………。
 そんな罵倒を知ってか知らずか、彼女は、その老いた体のどこから出ているのか分からないほどの声量で、叫ぶ。

「奪え!!!」
 洞窟の中に響くその絶叫は、耳の中で、けたたましく鳴る目覚まし時計のベル音へと変わった。
 その赤い胴体の上部を手探りで叩き、停止させる。すると一挙に、元の通りの静けさが帰ってきた。
 ベッドの上には朝の光が差し込んでいる。外のポプラの梢には小鳥が憩っているようだ。可愛らしい鳴き声の二重奏が、あたしの部屋の中まで聞こえてきた。
「う~ん」
 最近、おかしな夢を見る。歴史の教科書の小さな挿絵で見たような、古めかしいヴァイキングの船から引きずり落されて、あたしは海の中の洞窟に吸い込まれてしまう。そして、人骨が転がりまくっているじめじめとした海の底で、しわくちゃの老婆に何事かを怒鳴られるのだ。しかも、起きたときには何を言われたのか忘れてしまっている始末。死体が人数分見つからない山岳遭難事案レベルで後味が悪い。
「悩んでても仕方ないか!」
 布団を上半身で跳ね除けて、あたしは勢いよく起床した。
「って、登校時間過ぎてるし!」
 こんどはこちらが絶叫する番になったのは、また別の話である。
 あたし、中世古 楽(なかせこ らく)! 中学校二年生の普通の女の子! 早速だけど、ピンチに陥っています!

家畜奪取プリキュア 第一話

「無法者だって怖くない!?家畜奪取プリキュア誕生」

「いけない遅刻! ガントレットに処されちゃう!」
 朝食代わりの黒パンを口にくわえながら、あたしは学校へ向けて道を走っていた。ガントレットとは軍隊における原始的な処罰方法であり、二列に組まれた兵士たちが左右から棒で殴りつける中を、罰を受ける者が走り抜ける危険な儀式だ。
 石畳が敷かれている大都市などと違って、あたしの住むアンコクブルクの街のほとんどの道には舗装がない。土が剥き出しの道を小石を蹴り飛ばしながら疾走する。飛んだ小石が当たったのか、道端の乞食が呻き声を上げるが、あまり深くは気にしないのがこの街での上手な生き方だ。
 あたしの通う女学院が見えてきた。大教会のそれを模したような、街で一番高い尖塔から、鐘つき職人の鳴らすカリヨンの旋律が聞こえてきた。授業が始まってしまう!
 鞄を背後へばたつかせ、螺旋階段を駆け上がって二階へ出る。息せききって、あたしは勢いよく教室へとなだれ込んだ。
「おくれてすいませ~~ん!」
 我ながら無遠慮とも思える大きな声で挨拶する。しかし、何だか様子がおかしい。返事が一切ないのだ。
「あれ………? って、ええ!? みんな死んでる!?」
 石頭のラテン語教師から、クラスメイトの皆まで全員が、脇から血を流してその場に倒れ伏していた!
「なんで!? 全員がブッダ産んだらこの世が涅槃になっちゃうじゃん!?」
 愕然とするあたし。どうしよう、通報した方がいいのかな!? 携帯を手に取って、警察に連絡しようとした時、だしぬけに頭上から声がした。
「ラク! ナカセコラク!」
「うわっ!?」
 羽の生えたバイオリンのような奇怪な生き物が、目線の高さまで下りてきて浮遊してる。声の主はこれのようだ。
「バイオリンじゃないハーディ! 俺っちはハーディガーディ!」
 体に埋め込まれたハンドルと円盤のような物を回しながら、金切り音にも似た声で話しかけてきた。
「ハーディガーディ!? なにそれ楽器!?」
「そうだハーディ! 吟遊詩人の楽器なのだガーディ!」
「語尾の感じが魔法少女物に出てくる小動物みたい!」
「説明が早いハーディな 大方そんな感じガーディ。って今はそんなことどうでもいいハーディ!」
 このバイオリンのおばけが説明するところによると、異世界「チュウセヨロパ」から十字軍が攻めてきて皆を殺戮していったらしいのだ。
「どうしてそんなことを?」
「奴らは国内の利権争いの末、軍を組織して外へと領土を拡げることによって、国内での権力強化につなげようとしているハーディ!」
「意外と世知辛い! 世界征服とかじゃないんだ」
「政治の謀略ガーディ。でもだからこそ、そこへ付け込む余地があるハーディ! 君が家畜奪取プリキュアとなって、向こうの世界で十字軍の怪人と闘って勝てば、街はぜんぶ元通りになるガーディ!」
「ロシア正教においての終末の概念みたい!」
「大体あってるハーディ。わかったなら飛ぶガーディよ!俺っちにしっかり掴まっててな!」
 突然、あたしの体が金色の光に包まれる。必死に空中のハーディガーディに両手で取りついて、体重を指先へかけた。
「あっそこは低い方のドローン弦ガーディ! 調律が狂ううウウウウウウ」
「え!? ちょっと!?今更離せないよ!」
 そのままあたしは光に包まれ、もと居た世界から消えてしまった。これが、私の家畜奪取を巡る壮大な冒険の始まりだったとは、この時は知る由も無かったのであった。

家畜奪取プリキュア(アイキャッチ)

 異世界はチュウセヨロパ北部の草原に、ある古城が佇んでいた。元々は立派な城郭を持っていたと思わしきそれは半分以上が土へと埋もれ、今では、僅かに見える崩れかけた石組の外壁を山の風雨に曝すのみとなっている。
 しかし目敏い物は気付くであろう。外部から見上げるばかりでは分からないが、城の一部は上から布で覆われ、秘かに何者かの居城として機能している。今、生い茂る草をかき分けて、一人の武装した男が腐った門を潜った。
「見張り当番、親分は今いるかい」
 同じように武装した若い兵士が、茂みから浮き出るように出て来た。
「へい、います」
「ほう? いる、というのは本当か?」
 豊かな髭を貯えた男は、片眉をくいと上げて質問した。
「は、今は奥でチェスをお楽しみです」
「はは、なるほどな? よくわかった」
 次の瞬間に何が起こったか、兵士が理解する事は永遠に無かった。
 一閃。男は、太刀を瞬時に腰から抜き放ち、胸を的確に突いた。絶命する兵士を足蹴にして剣先から外し、軽く血を拭いて、鹿皮で出来た鞘へ収める。
「おめえ、親分はいてもいなくても”居ない”が合言葉だろうよ。なあ親分?」
 奥の柱の陰から、一人の女が姿を現した。蒼い髪を後ろで纏めた彼女は、まだ少女と言える年頃の娘であるが、質実堅剛なれど、野生の中に気品を感じさせる鎧を身にまとっている。彼女は皮肉気な笑顔で問いかけに答える。
「まったくだ。十字軍の奴ら、こちらにまで間者を放っていたか。大人しく異界にだけ眼を向けてれば良い物を」
 そう言いながら、彼女は背中の弓に矢をつがえる。そのまま後ろへと引き放った矢は、草原へと逃げだした別の男を、背後から襲う。小さいうめき、絶命。
 少女は片手間に、この砦に潜む最後の間者を地面に縫い留めると、改めて男の方へ顔をやった。
「それで用件は何だ。よもやチェスの相手になりに来たのではあるまい?」
 彼女の握りこまれた片手には、乳白色の象牙の駒が見えた。しかし男は遊びの相手をしに来たわけではないのだ。
「は、親分。それが、妙な光を見ました」
「光?」
「ええ、丁度………」
 髭面の男は、少女の腰に皮革の腰帯で掛けられた武器を眺める。大小の剣の他に、ある一本の筒のようなものが並べられていた。
「親分が、”変身”する時のような………」
 少女の顔が面白そうに歪むのを見た男は、自分の報告が無駄ではなかったことを知り、ひそかに安堵したのであった。

つづく


 迫る十字軍に相対する女の子! 武器奪取キュアブルーって一体誰なの? ってええ!? あたしが家畜奪取キュアレッドに!? 一体どういうこと~!?
家畜奪取プリキュア、次回! 「初陣!? キュアブルーあらわる!」
みてね!!! 

ご視聴ありがとうございました(EDカード)

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