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忘れ去られたツェッペリンたち/風船空撮の研究

 去る6月11日、埼玉某所川沿いにて謎の浮遊体が目撃されていた……というか謎の浮遊体を我々が掲揚していた。それはほとんどゴムとヘリウムガスの合体したものであり、あとはごく僅かなプラスチックパイプとビニール膜、小型アクションカメラから構成される。
 私は人々の助けを借りながら風船で空撮をする実験をしていたのだ。成果は上に掲げる通りであり、数々の貴重な小失敗を繰り返しながらも大部分で成功を収めることができた。
 X(Twitter)でこの一連の試行錯誤を見ていた人は、なんでこの人は急に風船で空撮をしようとしているのだろうと疑問に感じられたかもしれない。 
 この記事はそれらの問いへおおむね回答するのと同時に、寝入り際の夢うつつの中で同じようなことを思いついた奇特な人々に向け、わかりやすい気球空撮のノウハウを贈ろうという趣旨の物である。なお実践する際は各種法・条例の規制や高圧線などに十分気を付け、自己責任の下によろしくお願いしたい。

なぜ風船空撮なのか


 なぜ、ととりあえず書いてみたものの、やりたかったから、と言う他ない。

 強いて言うならばこのMVに関わらせていただいたことが大きく影響している。このMVの中で私は落雷のような電撃のシーンを含むコマ撮りカットにて関わらせていただいているのだが、この映像のとても面白いポイントは凧で空撮を試みている部分である。1分11秒付近を参照願いたい。
 映像の撮影できるトイカメラを凧に付けて空撮する、というアイデアは普通なかなか出てこない。純粋に空撮をしたいのならばAmazonでカメラ付きのドローンを買ってくればいいのだ。おそらく数万円も費やさずに満足いく空撮映像が手に入るはずだが、だからこそ、敢えてそうしないということ自体に意味が生じ、映像の中に独特の雰囲気となって立ち現れてくる。
 実際のところ、凧というのは思った数倍空撮に向いている。Youtubeで探せば、浜辺から海風の力を借り、高度500m上空の景色をかなり安定した形で記録している投稿者も見られる。近年の航空法の改正により凧もドローンと同じく150mの高度規制を与えられてしまったために実践は厳しいかとは思うが、凧の秘められたポテンシャルを垣間見るのには十分な事例だろう。

箱凧による観測-気象庁高層気象台HPより引用


 調べてみると、ガス気球を使用するラジオゾンデが登場する以前の高空の気象観測・科学研究はもっぱらボックス・カイトなどの高性能な凧により担われていたらしく、その開祖に位置付けられるのはフランクリンが行った凧と雷の実験(雷雲へ向かって凧を掲揚し、落雷を凧と接続したライデン瓶に蓄電することで雷が電気であることを証明した)であるらしい。これらの気象観測用凧は高度2000mを突破できる性能を持っており、正月定番ホビーの枠にとどまらない凄まじさがわかる。(ちなみに凧の高度記録は9750mであり、これは成層圏の下辺に接近するレベルだ)
 一方、ガス気球は凧と違って繊細な操作や観測条件が不要なため、凧を代替する形で各種観測に用いられるようになっていった。それは戦場で硬式飛行船が盛んに使われるようになっていった第一次世界大戦と時期と同じくしており、大航空時代の幕開けの明暗を貫いてガス気球が存在している事が見て取れる。係留気球は気象観測で用いられたが、一方でゴンドラを設置して高所からの戦場偵察に用いたり、敵飛行機の侵入を阻害する阻塞気球として大規模に展開されている。
 さて、第二次世界大戦後、こうした構造的に風船と大差ない軽ガス気球の類は、アドバルーンへと姿を変えて都市の上空に現れた。また平成に入ってのカメラの小型軽量化にしたがって、取り扱いが容易な空撮のできる無人航空機として期待されていた形跡がある。

 例えばマンション建設予定地の広告用途に、車で持ち運び可能なバルーンによる空撮画像を提供している会社のホームページだったり、農家が畑の育成状況を調査するために簡易バルーンが使えないか……という研究も見つけることができた。だがそのいずれも10年ほど前に音沙汰が途絶えている。
 これにはおそらく安価な民生用ドローンの登場が影響している。市販され普及した初のドローンであるAR Droneの発売が2010年だから、バルーン空撮がその多くの領域において淘汰された時期と一致しているのだ。バルーンは高価となってしまったヘリウムガスを何百リットルも充填する必要がある一方、ドローンはリチウムイオンバッテリーに充電するだけでよい。
 もちろん、バルーンならではの利点もある。揚力をローターに依存しない為滞空性能が非常に高く、エネルギーを消費しないままに5時間でも10時間でも空中に浮いていられる。この利点を生かす研究はまだ通信などの分野で続けられているが、個人レベルでの空撮の領域では、バルーンはもはや実用の第一線から退いてしまったと言わざるを得ない。
 ツェッペリン飛行船にはヒンデンブルグ号事故というある意味で華々しい引退の舞台が用意されていたのだが、バルーンにはない。大きすぎる空の片隅で気まぐれな風に翻弄され続け、あとはただひっそりと消えて行くのみなのだ。

 だからこそ、バルーンによる空撮には、ドローンにはない魅力がある。丸っこい体に小さすぎるカメラをぶら下げた姿は愛らしく、鈍重な体が風に流される姿は優雅でさえある。
 なによりこの上なく直感的だ。風船を束ねれば空を飛べるのではないかと言う、まるで絵に描いたような子供たちの夢と、マンションを売るために空撮画像を必要とする大人たちの世界の淡いに浮遊していたのだ。だから私はなんとしても風船で空撮をしたいと思ったのだった。

設計


最終的な構成。テープとフックによって側面の糸を固定する

 やろうとしてわかったが、個人の手に入る材料による風船空撮には、様々な制約がある。ひとつに手に入るバルーンの大きさ(容積)であり、次に搭載するカメラの重量である。
 まずバルーン選びが重要だ。ヘリウムはだいたい1Lあたり1gの浮力があると計算していいのだが、これは知ると思ったより非力な印象を与える。2kgの物体を空へ浮上させるためには、少なくとも2000Lのヘリウムを充填しなければいけないので、膨らませた時に直径1.4m以上になる風船が必要となる。人の身長に接近する、ラジオゾンデのようなサイズだ。
 またヘリウムガスの入手も問題となる。変声やパーティー風船に使う用途のスプレー缶サイズのヘリウムガスは少なすぎ、一方でAmazonで買える400Lのヘリウムガスボンベは8000円前後する。

Amazonで買える最大のヘリウムガスボンベ


これで2000L充填するためには4万円かかるというわけだ。イベント用途にもっと大容量なヘリウムガスのボンベをレンタルしている会社もあるが、ここまで来ると今度は運搬や管理が問題となるし、だいいちそれほど安くない。

 そこでまずはカメラの軽量化を考える事にした。およそ55グラムで4K撮影をすることができるRunCam 5というアクションカメラを発見し購入。ドローン用も想定されたカメラらしく、サイズにしては高画質に思える映像を得られることを確認した。

RunCam 5 軽いが意外としっかりしている

55グラムだから、だいたいヘリウムガスが60リットル以上あれば浮く計算になるが、この数値にあまりに差が無いと浮揚力に余裕がなく風に煽られやすくなるためため、100グラムほどにして余裕を見た方が良い。係留する糸や後述するフィンの重さも加味して、200リットルあれば足りるだろうという結論に達した。上記のガスボンベに加え、36インチ(インチ!)の風船を購入する。ここまででかかった予算は2万円ちょっとだ。

 ところで、作業の合間合間の参考に、バルーンで空撮を試みている人々の動画を見続けていた。種類はだいたい2つあり、Youtuberがまだ今よりうんと素朴な生き物だったころに動画の企画としてやっているパターンと、GPSを取り付けた気球を放球して宇宙を撮りに行こうとしているパターンに分類できる。後者は工学や法の知識が必要になるため専門性が高く、またとにかく宇宙を撮りに行く事に集中している。どちらかというと参考になるのは前者の、素朴に風船にカメラを括りつけて飛ばしている人々だった。
 それらの空撮映像を観ていて思うのは、とにかく画がぶれているという事だった。しかもランダムに全方向にぶれているのみならず、地表と垂直方向に回転を繰り返している。見ているうちに、原因が熱気球のゴンドラのようにカメラが取り付けられているせいであると気付いた。上から見ると点対称なため、風を受けると容易に回転してしまう。

当初の想定 これだと回転する
中間スケッチ フィンが追加された


 つまり逆にいえば、回転させない工夫が必要ということになる。そこで機体に風見鶏効果を発生させ、カメラをしっかりと風船に固定させる方法を考えた。風見鶏効果とは、まるで風見鶏や風力発電機のように、尻に羽根がついた物体が風を受けたとき風上へ頭を向ける現象の事だ。

簡単に取り付けられるフィンを追加


 これを利用すれば、あいかわらず風任せになるにしてもカメラが過剰に回転することは抑えられる。私は途中で設計を変更し、ビニール袋とストローのように軽量なプラスチックチューブからなるフィンを追加した。

最終形。この下のレールにカメラを設置するはずだったが……

 なぜ第二次世界大戦時の阻塞気球が、飛行船でもないのに尾部にフィンを持つのか良く理解した。これがないとうんと取り扱いが厄介になるのだろう。
 

実験

 6月10日はどん曇りの空模様だったが、その翌日の11日は実に晴れた日だった。風速は最大で3.5m/sほどで、アドバルーン掲揚基準の7m/sを超えず、穏やかだ。友達を集めて手伝ってもらいながら、公園の東屋でヘリウムガスを風船に充てんする。バルーンのような柔らかいもので物を作った経験がなく、なにもかもが初めてだったのだが、問題なく組み立てる事ができた。
 とりあえずテストで一回掲揚し、いざ下のレールにカメラを設置したのだが……
 なぜか浮かない! 原因はいくつか考えられた。ひとつに、風船にカメラの重量を支えられる55リットル分のヘリウムが充填されていないことだ。目測で膨らましていたため、もういいかというラインで充填を止めていたのかもしれない。もう一つ考えられるのは、風船のインチ容積の対応を勘違いしていたのではないかという点である。
 一回絶望しかけたのだが、手の上で弄んでみると確かに機体は浮いてはねる感じがする。もしやと思って我々はもうひとつ風船を膨らまし、てっぺんのフックに設置したところ……なんと驚くべきことに浮いたのである。

 極彩色の雪だるまのような構成だ。これでは空気抵抗が二倍になってしまうし、風見鶏効果も弱まってしまうだろう。だがとにかく浮いたという事実が大切だった。
 『風立ちぬ』のように、複数人で風船を捕まえながら、東屋から草地に出て行く。カメラのスイッチが入り、録画を開始したことを確認すると、おもいっきり放球した。凶悪な音を立てて手の中の凧揚げ用のリールが暴れ、細い係留索を引きずり出していく。
 最高で30mに到達したバルーンは、空に溶けてしまいそうだった。風にあおられて高度を下げると、糸のテンションが緩む。慌てて私はリールを巻きとった。
 回収し、ミニUSBの変換アダプターでスマホにカメラを接続して中のファイルを覗く。4Kで長尺の動画はそれ相応に重いので、コピーする時間も焦れったい。ようやく中身を見ることができた。
 感動的だった。そこには風船を追いかける地上の友達たちが映っていたのだ。私達は草原を駆けて、地上を離れて行く風船を見守る。地面には風船自身の影も映っていた。まるで、頼りない単葉機でドーバーの向こう側へ飛びたつリンドバーグを見送りにきたようだ。

カメラが広角なのも手伝い意外にも安定した画を得ることができた

おわりに

 今回の実験によって、ガスやガスを充てんした風船の取り扱いについて貴重な肌感覚を得ることができたし、カメラを空に飛ばすのに当たって最低限の条件を知ることができた。これは自由な空への大きな前進だろう。
 また、最大の敵は横風と空気抵抗なのだという事も判明した。地表付近は無風でも、上空30mを超えたあたりで気流の層にぶつかり、風下に流されるといった場面が多かった。一度ワイヤが傾斜して伸びると、その分の重さが増え高度が出なくなるし、周囲の木立に引っかかるリスクも増す。風の影響を受けずに垂直に上がれば理想だが、そのためには気嚢をできるだけ流線形に近付ける必要がある。二個の風船を横に連結してギャップを覆うべきか。
 
 そしてなによりも、風船空撮という手法自体の世界観を知ることができた。私にとって風船空撮とは、それによって得られる画の内容以上に、行為自体に意味があるものと感じることができた。これを生かした作品を作れたら面白いと思うのだが、まだ正直にドキュメンタリーとして作る以上にいい使い道が思いつかないので、もうしばらく温めておきたい。

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