渡されなかった手紙(初稿)

今から、僕のあなたへの想いとその周辺にあるもの、あるいはその根幹にあるものをできるだけ正確に書こうと思う。正確に書くことは難しいけど、それには何か特別な意味があるような気がする。あなたはこれを読んで傷つくかもしれないけど、これはあなたに渡すかはわからないから、とりあえず書こうと思う。


まず、僕はあなたのことが好きだ。どこがどう好きとかではなくて、もちろんそれもあるんだけど、あなたという存在が自分の心のできるだけ近い距離にあって欲しくて、一緒になってしまいたいと思っている。それは恋とも、愛とも少し違った様子で、だけど僕はこれまで好きになったものや人にそう思っていたから、そういう性質を持っているんだと思う。

そして、あなたの本当の名前を知らないことが、とても大きな問題として自分の中にある。私はあなたを呼ぶことができない。私にはあなたがあなたとして名付けられた心を呼ぶ術がない。
その理由は単純で、僕があなたと出会って、その後も会っていることで、あなたを犯す暴行のシステムに加担しているからだ。あなたを傷つけることで成立する構造に僕は加害者として存在している。

そしてもう一つ重要なことはあなたはきっとそのシステムを嫌悪しているということだ。他人の中に存在している性や暴力があなたにまとわりつくように向けられていて、僕はその一部として存在している。しかも僕はその立場にいながら、その立場ではないと主張し、あなたの中に別の形で存在したいと思っている。


だめだ。もっと生々しい、現実の問題を語らなければならない。窓の外に大きな月がある。監視されているようでとても居心地が悪い。正確に、書かなければいけない。


でもあなたも悪い。あなたはそんな場所で働きながら男を嫌悪している。しかし男から向けられるそれはあなたの中にある強烈な女性性に対して発露するものである。あなたがいなければ私は加害者にならないで済んだし、多くの男もそうだ。あなたがいやらしいから、多くの男を誘惑してしまうから、私はおかしくなっている。責任はあなたにある。
あなたはきっとそういった店で出会った男と関係を持とうとしないだろう。そこで出会った男たちは、あなたがそういった店で働き、自分の中にある女性性を売っていたことの象徴として存在しているからだ。でもそれは本当に正しいのだろうか。労働とは元来そういったものであり、もっと言うなら生きていくということはそういうことでしょう?

僕の何がいけないのだろう。なぜあなたは私に惹かれないのだろうか。人が人生の中で誰かにここまで強い感情を持たれるということもそう多くあることじゃない。それは魅力的なあなたであってもそうであるはずだ。あなたのそのいやらしい身体に惹きつけられる人は多くいたとしても、僕のようにあなたの内面にこうも強く惹かれる人はいないはずだ。なぜなら多くの男がああいう店ではあなたの内面なんか気にしていないのだから。


月が大きい。とてもイライラする。


あなたはああいう暴力の権化のような店で働きながら、内面を愛してほしいと思っている。それには二つの問題があって、そもそもああいう店で働く女性の内面などに目を向ける人間は少ないということと、そういう店であっても僕のようにあなたの内面と自分の心とを一体化させたいと思うほどの人をあなたは拒絶しているということだ。

あなたはしっかりとあの店で働いていることを受け止めた方がいい。あの店であなたがついている嘘は、しかし紛れもなくあなたにとって真実からくるものであって、それは誰にも否定できない。


だめだ。もっとあなたを傷つけなければならない。もっとあなたの内面に迫って、僕の狂気をあなたの心の一番近くで暴発させなければならない。


あなたはなぜ名前を教えてくれないのか。私は死ぬ時にあなたを呼ぶことができない。これほど残酷なことが他にあるだろうか。死ぬ時にあなたを呼びたいという僕に、あなたは名前を教えない。

あなたは何のために生きているのか。あなたはあの店を嫌悪している。なぜあの店で働いているのかと聞いた時に、あなたは18、9の時に鬱になり、しかし自殺しきれずにあの店で働き始めたと答えた。あなたは何か家族に問題を抱えているのではないだろうか。何かその問題から解放された時に、あなたはあの店を辞めるのだろう。僕は最も遅くてそれまでにあなたの中に、特別な何かとして存在しなければならない。

私は学生であり、生活が裕福ではない。私の生活はみみっちく、薄い財布の中に入った幾らかの金に左右される状況にある。そんな私から二時間で八万円という大金を取るあなたは悪でなく、何というのか。しかもあなたは私に加害者という役割を強要している。あなたは自分が被害者という安全な位置を占めながら、私を加害者にし、八万円を奪う。私がいくらあなたを愛していると伝えても、あなたには届かない。あなたはその言葉を遮断し、思いを遮断し、私を加害者だと切り捨てる。こんなにも愛しているのに、私はあなたの本当の名前を知らない。こんな滑稽なことが他にあるのか。私がどんなにあなたのために生きて、あなたのために死にたいと叫んでも、あなたに届かない。ただ生活のための八万円を奪われて、タイマーがなったら部屋を出なければならない。次の男が来るから。数分後にあなたが他の男に抱かれて、雄を逆撫でする弱った猫のように喘ぐために、僕は部屋を出なければならない。

「〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇」
私があなたに言葉を伝えるときに連絡するSNSのアカウントの名前。そこに溜まっている他の多くのメッセージの通知に紛れないようにと気を使って、私が最低限の連絡しかしないようにしている、あなたのアカウントの名前。下品な絵文字で溢れた風俗嬢のアカウント。こんな滑稽なことがあっていいのか。こんな酷い冗談があっていいのか。私にそんな嘘はつかなくていい。そんな醜い嘘はつかなくていい。私はそんな嘘は求めていない。本当のことを言って欲しい。もっと本当の、あなたの心の言葉を。これまでの二つの長い手紙を私から受け取って、本当のあなたはどう思ったの?気持ち悪いと思ったなら、嘘で嬉しいなんて言わないで、そう言って欲しい。


苦しい。月に見られている気がする。笑うでも憐れむでもなく、ただ見ている。正確に書かなければいけない。今まであなたが伝えられて困るであろう思いには、僕も向き合わないようにしていたけれど、とにかく正確に、書かなければならない。


僕は今のところ、あなたの中で何点の男ですか?何点から付き合えますか?何点からあなたを愛していると胸を張って言えるようになりますか?何点からあなたに愛していると言ってもらえますか?何点からあなたに触れることができますか?何点からあなたは私に嘘をつかなくなりますか?何点からあなたの本当の体を抱きしめることができますか?何点からあなたのありのままの心を抱きしめることができますか?何点からあなたの名前を呼ぶことができますか?何点から他の男では喘がなくなりますか?何点から他の男には体を許したくないと思ってもらえますか?何点からあなたに口付けをすることができますか?何点からあなたと、私のこれまでの全てを認められるような優しい口付けができますか?何点からあなたのために生きることができますか?何点からあなたのために死ぬことができますか?

月が見ている。私を見るな!

私はあなたのことが好きです。好きで好きでどうにもすることができません。苦しい。ただひたすらに、苦しい。それは息を止め続けるような、先が見えないような苦しさで、私は苦しい。私は、私の思いしか書くことができない。あなたの思いを書くことができないし、伝えてくれなければ知ることすらできない。それが苦しくてしょうがない。あなたと私が一つになってしまば、そんなことはないのに。一緒に生きて一緒に死んで欲しい。他の人はいないところで。できるだけ他の人や何かの仕組みから遠いところで、あなたと私とその間にあるものしかない場所で。

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