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タクシー・14



「貴方、おしゃべりはハッキリしているが水と炭で相当お酔いになった、おっしゃる事の示す内容はわかりますがヘンです、象の金玉を見てカマキリの卵だと言いはっているのは理解出来ても中身はおかしいのです」

「ええ舌廻り部をはじめ、けっこうあちこちで営業中なんですが、また休む所は他の部との息も合わせずドンと無断で時節も弁えず一年中お盆休みをとって踊りに行くので脳のあっちだこっちだで空気が抜けたり水が漏れたり、かとおもえば熱をもって小さくウィーン・ンーンと唸っている所もある、口はつるつる滑らかなのでわたし自身一体何を話しているのか聞き漏らさないよう真剣に耳をかたむけていました、語り口がかなりよその人みた様でも大筋でこれはわたしの話しとして如何しても承服しかねるという内容でもなく、しかし中にはこの話わたしのどこからも湧出すべきはずもなし、何れよりと真顔で考え込む箇所もあるのです、こんな計算はどうでしょう、わたしのあるものに対するある時の考えがひとつあります、いまひとつ同じように別のものに対する別の考えが別の時にある、この二つは脳がそこそこ安全運用されている限り出合わない設計になっていますがね、ふふふ、今度の皮がね、何かわたしの頭にね、送り届けたのではないかとね、ふふっ」

「あのね、貴方又しゃべり始めてはだめですよ、漏水や発熱を修理もせずに、だいたい何をお話するお積もりかご自身ご承知か」

「ふっ、こいつ、この皮はね、触媒を持ち込んだらしいのです、交通の制御が失われたジャンクションで出合う予定のない二つ以上の考えが出っくわす、先ずはお互いびっくりして口もきけない、中には気を失う者もある、そのうちにダンダン有り難き状況を受け入れ、相性によっては化学反応してみようか、などと相談が始まる、ここです、奴は話し合いなどされて物別れになってはまずいとばかりに、いや無論そんな事に皮が慌てたわけもなく、ただそんな勢いでザザッと考え連中に頭から触媒を撒くんです、いや撒いたみたいなんです、というか撒いたんです、間髪をおかず一息にストンと新しい考えが直立している筈です普通は、しかし今回皮が背負ってきた触媒は何だか品質に劣ったバッタ物だったようで、一方向にキリリとエッジの立ったスマートな製剤であれば、考え達に思い留まる余裕などなく、一っ時に別種の思考結晶にまとまるところを、腑抜けな触媒は反応をスパンと決めるどころか考えの奴らがそれぞれムズがっていると、バカやろう気後れして皆の不安や悩みを聞いてやるという体たらく、まがい物とはいえふりかけるにはふりかけたので、反応はジワジワとかけない方が速かったくらいの情けなさでやってはいましたが、途中でうやむやになり考え達は皆ひどいやりそこないの不具に落ちついてしまったのですが、いわずもがな皮に何か企みがあろうわけもなく元よりわたしに怨みや恋心があるはずもない、手近にあった触媒を何の気なしに背負ってきて、考え達が緊張関係にあるところへ出くわし、何だか急に自分が保てなくなり一気に負い物を撒き散らしたのでしょう、よくある反抗心も悪気もなくふと見かけた知らないお宅にいきなり自覚症状なく無計画に放火する、あれと似たようなもので本人を責めても詮ない事ですが、ほら又頭から水が漏れてきた、これには往生します、あれえ、これは水より比重がありそうだ、養分を含んでいるのかな、どれどれ、うん少し甘いや、アミノ酸だ、ひとつやってみますか、悪くないですよ」

「貴方もう話しは休んで、そこへ応急にバンソウ膏を貼って、明日水道屋か脳外科を呼ぶとして、ああっ、ほらご覧なさい、職人突っ伏してます、あらら、居眠って、涎たらして、あれれ、小僧も呑んだぞ、黒い歯で笑いながら軽くチャチャのステップだ」

 ドンドンドン、茶室擬きの壁についた小さな厨覗き窓のガラスを三つ叩くと酔っ払い実に不機嫌そうに顔を上げ、ややあって己の居所をいやいやながら納得すると、とっくに焦げあがった串をあごでしゃくり、小僧鼻歌まじりに妙な腰つきで運んでくる。

「やあ、トリのキモがきましたよ、前座の胸腿、ひざがわりの皮の事はさっぱり忘れましょう、まだ未練がましく気に入らないところがあるようでしたらそのうち控訴審かけるもよしとして、さてさて芯打ちに専らとなりましょう、うーん早くも皿の上空は下種張った粒子でいっぱいですよ、育ちのいい窒素の粒が、助けてえ、などと叫びながら、かわいそうになす術なく絡め取られてますな、ご覧下さいゲス粒のつぶつぶが不揃いったら凄い、ビールス大からジャックフルーツクラスまで、つまり大きさだけでなく形もばらばら、窒素は酸素と相談、協力しあってもこの乱暴者には頭を痛めている様子が、ほらわかりましょ、フル・ボデーと云っては軽い、ボデー振りまくりフルホーデン丸出しのキモ、肝です、明らかに臓物のたしなみを忘れた、分をわきまえぬ太々しい度の過ごし方に不安になるくらいです、万一これを肝でないとする人があれば耳鼻科医は冷静でいませんよ、一存で耳を摘出せねば治まらない、露払いと共に脇へ蹲踞したベテラン看護婦も、先生それは耳です鼻をお願いしますとい云いながら、仕上げには鹿沼自慢の麻畑を遙かというにはすぐそこの下界に望む丈は低いが峻峰の誉れ高き名もなき名山より苦もなく切り出した天然系人工石を用い、手に甘塩をじょりじょりまぶし研ぎ澄まされたオス・メスを三方に載せ朱鞘より抜くばかりに捧げ控えます、患者は姉に付き添われた生まれついての突発性恒常的蓄膿症、多くの医者がまず白寿を迎える事はあるまいと見立てスプーンをポイと投げたが何れもよく曲がったり曲がらなかったりと、どっちつかずな軟度の難病、これをこのドクタが治してというより解決して以来この姉は先生の左腕です、彼はギッチョですが右利きの左使いよりひどい不器用に加え七つの中毒症を患っており、日によっては鼻と耳の区別が難しい、弟を診た時もいけなかった、自分は魚屋か外科医かと問われれば、分からないなりの辛うじて寿司屋だろうという気もするがどっちだっておなしだ、どこに違いがあるんだ細かいことに煩い奴め、と一喝するというステージの病態、先生は弟を診る廿一番目の耳鼻科医なんですよといわれ、ハタと、なるほどそういえば俺は耳鼻科のお医者かぁ、なあんだしばらく忘れてた、と膝を打って急に笑ったが、それより廿一人目などと全く諦めの悪い姉弟だ、と今度はいきなりムッとして、あなたは弟を見棄てるのがそんな厭ならば、私は職責上お二人を近親相姦として拘置所か登記所か便所だったか、そのような役回りの事務所へ届けて手数料をもらわないわけにはいかない、とキッパリ云い放ち何とか紛いなりに医者に化けたアル中全体が小刻みながらトルキイに震えたところへこの姉さん準備万端、栓を抜いたニッカのWマグナムボトルを抱えさせ、後生です鼻を何とかお願いします、どんな反儒教的なオーダーにもにっこりイエス・クリトリストです、よしんばムハマンチックな夫をもったとしても毎朝ブッカーズをがぶがぶ呑みながら豚畜生のイベリコックを何本でもむしゃむしゃ笑顔で食べ散らかします、驚くほどスキゾな要求が出ても先生が強めに患っているのをいいことに女夜這いよろしく、そっと忍んでギュッと絞めたりなど、きっと、なるだけしません、絶対です、と内容はともかくここは注意を惹くのが先決だと判断した彼女はへんてこな出任せでたたみこんだ、すると混濁耳鼻科野郎、欲はなかったがもの見る眼機能の片鱗が翳みきった水晶体の隅っこか、ぼろぼろに剝がれた網膜の端に残留していたのか、この姉ちゃんを追い出すのは惜しいなと思い直した、すると出し抜けに弟をWベッドへ仰向けに押し倒し馬乗りになって鼻を診た、いいですか鼻の蓄膿症は鼻がないと発症しないんです、頭なき者に頭痛なし、医学の基本です、そこでこいつを全摘するんで如何でしょう、二三割見当のキレイな桃色部もあるにはあるが、私の手先はそこを上手に残すという赤子の首を刎ねるほどの用も足しません、医者の分際で生意気かもしれませんがわたしは割に命を大切にするほうなんです、しかし心を鬼にして執刀に及び、幸運にも千たびに三たびほど巧くいったとしても、ギリギリに捌くと蓄膿汁に僅かな残留組がいるのか、又すぐ次、又次と、どんどん手術が繁盛する商例が多く、結局頭が全部なくなった患者さんも少なくない、脳梗塞の心配からは解放され副作用として二度とめまい、偏頭痛は起こりませんが、どうにも恰好がつきません、義頭を乗っける事になりますが、中身のこともあり元の本人とは云いにくい、知り合いとの話もかみ合わないのでみっともない、ここは朝鮮男子らしく未練を残さずザクッと用なし腐れ鼻を丸ごと取っ払って、こざっぱりと義鼻を嵌めときましょう、抜けにくいように深めにえぐっておきますからね、今度は自前でないので好きなタイプを選べるのも楽しみですよ、とニッカが浸みて些か機嫌が上向いた、朝鮮と日本をとっ違えたくらいは痺れ具合がましになった目印だと姉は大喜び、全摘に全面同意した、本人はもう鼻がもの凄くて同意も何もない、七色中毒者は怠け者だが時として性急になる、すぐに手術にかかったが麻酔剤が見当たらず、濃縮スピリタスを口から胃へ、肛門から大腸経由小腸へチューブで押し込み、念のためゲンノウで頭をひっぱたいておいた、両脇に控える役のベテラン看護婦も時分どきで焼き鳥屋へ一杯やりに出ており、興奮したこの野郎両手にメスを握りしめ、おうねえちゃんあんたでいいや、と姉をにわか代行に立てたが、手元怪しいどころじゃない、姉に斬りかからんばかりじゃない、正に斬りかかるに違いない震えに意識不明の弟さえ津波を案じた、結局、料理上手庖丁さばき達者な姉が初手とは思えぬ鮮やかな手際でキレイにイカレ鼻をおろした、以来姉は耳鼻科に居ついて、資格免許の件は監督省庁の担当者さえ話題にしずらいほど堂々とした態度で、病人の選定、病状の創出、手術の売り込み、強制執刀とまとめて仕切っているというわけです、さてと、まず私どもにこれを肝でないという乱心があろうはずもないので耳鼻科のことはいいとして、先ほど間違いなく度を過ごしていると申し上げましたが、この肝炭ちょっと間を置くと馴染んできますねえ、我われの耐性が作動し始めたのか肝の方で少し肩の力を抜いたのか、何れその相乗でしょうが、過剰とみたエネルギ量は変わりません、トリの皿が運ばれた途端ほっぺを厚ぼったく舐め暫時エウスタッキオ管を痙攣させた肝エネルギは、よしっと心を合わせ手分けをしてこの個室全体隅々までをそれぞれが熟達の一人親方ペンキ職よろしく粒々のチョコレト色で均一を丁寧かつ素速く満たしてしまいました、先には暴力と呼んでいいキモエネが頭部を襲っても顔を背けさえすれば、まだ冒されていない空気がわずかながらありましたがもう駄目です、逃げ場は塞がれました、偶さか一斗酒を呑むのと日に三升三度に分けて毎日呑むのとの違いです、一度に一斗呑んで具合が悪いのは何でもない、一過性、その時でお仕舞いです、しかし健康的に三升をゆっくり終日をかけて呑むように、なるほど百薬の長だと感心しながら、均一に気づかないまま目を瞑るまでいい気分でいる体質、性格の優れた不粋な科目の人もあり、それはとても結構です、しかし実行されたのは三升酒が均一で部屋を満たし彼自身の彫塑型通り一毛の誤りもなく全体主義を体表全面に吸着させた事です、これに気づいた組の人はそこから先初期型呼吸を諦める他ありません、抵抗する暇もなく変態された呼吸を知ってから後戻りはできないのです、隅々隈なくまとわりつく均一は毛穴のしわ一つとて見逃すことなく型どりをします、具体である酒三升をサンプルにお話しましたが、形や香りがなくても均一は実行されます、何か人に云えない不道徳なものが食べたいな、という小さな野望の粒子、ちょっとした手間を惜しみ素手で生意気なノラ人をあやめてしまい、畜生め石けんで手を洗うのが面倒じゃねえか、とムカッ腹をたてるというふて腐れの種、明日予定されている東アジア竜巻グラチャンで葦原の瑞穂列島はまとめて高天原に吸い上げられるでしょう、という退屈な天気予報、そんな何でもない事も部屋をすっかり均一で満たします、それどころか言葉さえ右端真ん中の大きいところをポチンで即実行です、ねこま・すとんけ•ちんぱ•ぱんすき•名詞、あんぱむ・ぱきる・めめる・動詞、ばくばくだい・きめたな・ぱれめく・形容詞、ぎんどまり・ろんぱりいに・ぺんたいにゃ・めすます•副詞、皆よく均一をします、たまは・しもか・かだら・接続詞、この属からも頻繁ではありませんが均一を被る機会が少ないとはいえません、ぎゃ・にょ・ぺ・格助詞、彼らは大人しいので部屋を領される事は希ですが、あります、油断は禁物です、他にも見たことのない色、口にしたことのない味、感じたことのない臓器のムズムズなども均一をやりますが、この部のものは先ず脳に小さなシミを得るのが序のようです、これがスポジェネなのか感染なのかは調査中とはいいますが、多分両者ともにあり一味なのでしょう、元をたどれば自生と移植の別などありません、それはともかく、思い切って大きな前掛けで出入りの肉屋を装い、ザクザクっと気軽に生体解剖をやってみるとわかりますが、何とだれのシミでも顕微鏡で覗くと例外なく㋖文様になっているのには、頭からスッと血の気が引くだけでなく、何か腰の辺りを冷んやりさせるように、あのちょっぴり恥ずかしい不安のピラピラを風もないのに捲らされます、観察者は㋖を認めるや否や接眼鏡から㋖が飛び出し左眼球を、利き目が左の場合ですが、突き抜け何処滞りなく右小脳にピタリと貼り付くのを見るそうです、目玉に㋖を突っ込まれた瞬間、慌てて右の瞳を裏っ返して㋖の行方を追ったのです、見なくてよいものを、あっと驚いて必死で出来ない無理をするのでこの勇敢な右目玉も小脳にピタリくっついたまま退路を断たれ、彼はその後両眇です、左は突っ込まれて駄目になり、追った右は行ったきりになったというわけなのです、右利き目の方はこの逆ですが盲になるのはいっしょです、まずこのような段取りで肝の均一が今ここに満ちております、フルボデといえばよく響きますが、耳が遠くなるほど臭い、しかしながら魅惑の得体は臭みです、これは夢中にあるとき全くこの上なく香しい、然るに一旦息が入りよそ見をするや、堪え難き悪臭です、肉、酒、魚、女陰、陰茎など食用品はいうに及ばず、部落民の優しさ、博奕、神の教え、痴人の笑顔、人類の叡知さえ、皆冷静な嗅覚を用いては情状酌むを能わぬ臭気です、しかしこの肝の不思議といって、臭い臭いと思いながらも是非ここを離れたくない、この黒ずんだ肉色に艶めいた汚穢のないサラリとした清浄な空気などまるで健やかな人生じゃないか、と肝の逞しい異臭に身を浸し悦びに身悶えるを至福と確信させられることなのです、さてこの肝主は酒のみです、伊予は梅錦地方の鶏肝生産農場出身ですが、ここの実質は生体実験所で肝のストレジ能力及び排出能力、解毒蓄毒機序を主に畜験が行われています〝鶏膽專心丗仟年〟と建屋の東西いっぱいの大看板に篆字で大書されていますが、ヒトを含む霊長目全般も内々に処理しているようで、鶏の肝だけではあのタジ・マルハ青山みたような人畜試み所は普請出来まいという噂です、しかしこれは表向きの裏稼業で本気の裏では逆肝の研究開発という任務を帯びているというのが本気の噂です、本来持ち込まれた毒をサッパリさせるのが肝の役ですが、どんな目論見があるのか逆に毒をぐいぐい濃縮してどしどし貯め込ませる肝の養成だそうです、それはともかくここでの廃棄物、ゴミであった使用済み臓器が好事家の知るところとなり、わたくしども利肝道楽者の献立が危険を伴いながらも一つ豊かになりました、さてこのレバはビールに漬かった被実験体です、科学的な用務ですから一応研究方の指示に従い一定の間隔で決まったミリリットルを与えるのですが、鶏はビールを嫌がりますからフォアグラメソッドで押し込みます、しかしこの肝主は上戸でした、彼の養育担当者、既に初老を迎えたローズ三郎は大人しくやさしい好人物ですが雄鶏が好きなため雌鶏は看ません、大変なビール呑みで一日中グラスを放さないのは、三歳で農場の庭を流れる小川の縁で拾われ、間もなくビールの味を覚えたからでしょう、肝硬変末期の主任が面白半分に飲ませそれ以来休みなく呑み続けているのです、しかしそのための間違えは一つとてなく、人事部保健課ではだんだんこれを認め、今ではローズサブの給与には充分なビール手当がついているのです、そこでピルゼンやらドルトムンダー、ボックなどの定番からホンジュラスン、ルワンダン、チッタゴニャンと趣味深いものまで取り寄せては朝な昼な夕なにと、ひとりヨがっていたところ、初めて左党の若鶏に出合ったのです、酒客鶏はビールの時間をそわそわと心待ちにし、また呑みっぷりが鶏らしからぬ大そうな粋ですからローズは親身な気持ちになりビールを彼好みの温度に調整し、年端のいかない雄鶏が持って形のいいようなグラスを誂えさせなどするうちに、彼はローズサブの人柄とビールにかける誠実な愛情を信頼し二人は毎日が楽しくなりました、両名は養育係、被管理体の関係を越えてビール仲となったのです、三郎は好きな時に勝手次第な銘柄をいいだけ呑んで憚りないのですが、彼の方はサブに買ってもらった丸い背もたれ付き籐椅子へ足を組んで座り寛いではいても、飲むビールは実験献立表に示された呆れるほど品質の安定した、モルト、ホップのバランスが極めて正確なアルコル度もピタリと決定しているテクニカルで不粋な日本製造で、毎時間割りごと六百三十三㎜㍑を七本と定量です、しかし恋心とはどこから湧いて出るのでしょう、実に希代なものです、微かなそよ風にも満たない、カトンボの飛来が混ぜる空気のゆらぎにさえ及ばない、儚く脆い変化に大事件のごとく感応するフワフワとタンポポの種より柔らかく細かな受容体を無数に持ちながら、その根はタンポポのそれを凌ぐ実に驚くべき長さ強靱さです、ローズはほんの少しも緩めた事のなかった職務に対する厳正のタガを外し、初めての世界が幕をあけたのです、彼は今まで飲んでいたビールは一体何だったのだと大いに呆れかえり、サブの選りすぐった世界中の本式に旨いビールを全身で堪能し、ローズは踊りだしたい足指のむずむずをやっとこらえるまでの歓びをも又喜び、極上のビールが贈った彼の感動を愛し、どこまでもその雑じり気のない一途な欲求に応え、二人の宴は日毎その耽溺の度を増し、サブは偶さかこらえきれずにダンスを始めると、その舞のヘンテコさ加減に彼もこらえきれず声を上げて笑った、ローズ三郎はこの幸福の中、うしろめたさ些かもなく股を開き気味に背筋を伸ばし、全てを失うことなどこの至福のためには何するものぞ、と眼涼しく正々堂々としていたところ、実験管理方では敵娼がだれであれバラサブの、これは農場の皆が親しみを込めてそう呼ぶのですが、奥手遅咲きといって大そう暇のかかった挙げ句の初恋を、会議せず稟議もまわさず笑顔でそっとしておき、サブを知る誰もが本卦還りもすんだヒトの男と若雄鶏の、シンコペーションを軽く効かせた、思いもかけなかった一幕を、お互いの気味を訊ねたり詮索したり大きな声をあげたりせずに認め、和やかに楽しみ宴は三月の間休みなく続き楽日がきました、かれの生化学がゆるさない強靱な肝の噂は、特級めずらものにはお宝に糸目をつけない好事家を顧客に持つ問屋連の耳に届き、彼はまだ肝を摘出されぬまま先物の競りにかけられ記録的高値で落ちたのです、しかしバラサブには極寒晴天、暮れて半刻、凜と輝く十六夜月の如き太目ながらキリリと立った諦念がありました、廿一日間の休みをもらい、三月余りの今生に望むべくもなかった歓喜充ち満ちたハレ舞台の想い出を、未だ喜悦生々しい残像と共に大きめの泡立て器を握り、震える手も痛ましく撹拌し、これを己の臓物隅々にまで浸すと、有り難き幸せの日々を三廻りの間じゅうだれにも会わず、歯も磨かず泣きに泣き反芻したのです、これがここに充満している数奇なるキモエネの来歴です、やあ、お二方の顔も肝の均一に塗り込められて誰だか人だか判別し辛いほど個性知らずになりましたよ、ええわたしもそうでしょう」

  つづく

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