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タクシ・15

 
「しかしあなた大そう尻っ跳ねに入れ込みましたね、歳も忘れて馬っけまで出しそうな勢いですよ、いえ耳鼻科のお医者は呼ばなくて結構、肝に違いありません、丈夫を何乗もしたようなワタで、鶏とは考えられない大量のアルデヒドを化学処理した兵肝である事もその通り、正当な裁定です、しかし麦にここまでのアビリテはありません、あなたは少年時代、小学五年の時でしたかね、ビールのジンに危うく拐かされそうになった折に垣間見たでしょう魔力が忘れられずビールに肩入れし過ぎたようです、炭に触れた味蕾からの信号、煙りを裁いた鼻腔壁署名の裁定書、加えて内臓タッチレスポンス帯からの認識変更進言、それらをヒステリックに退け、誤認に基づき、この肝最上級麦酒が育んだもの也の血判を押したのです、そのトンというべきところがインキの乗りすぎで、にちゃり、とくぐもった音を私は聴きのがしませんでした、違います、この肝を拵えた酒の仕込に水は使われていません、葡萄酒です、ええ確かに雄鶏ですがこの子はスットコランドじゅうに臭いはきついが安価で痺れ具合の安定したエノジを巡らせる巨大な発酵力発電所オーナーの三男坊で生来の酒呑みでした、ほかの三男連中がジェネレータの林立するグレブリ島より広い廿五万㌔平米の庭園をヒナらしく戯け遊ぶ中、彼は運転手とガード一人をつけ居酒屋通いです、鶏なので三男は大勢いるのです、先頭のエールは第一学期が始まる前に落第しました、旨味を素朴かつ巧みに醸した、こいつはシューペリアだ、と真正面から指をさされる島一のバーレーワインでしたが彼には水くさかった、カラメルの香りづけソーダにアルコールを垂らした、酒に弱く引き算もろくに解らないくせに6や9、3はともかく4を見てさえ勃起している屋根職人の息子風情が飲む下等な小便ブーズだと決めつけ、順番待ちをしているほかの優良印を試みることもなく、エール、ラガー全員に受験もさせず不合格通知を送り付け、ビール全体に、お前らに用はない、との挨拶もなしにスチッコの考査が始まった、暇人が朝から体調を整えている酒場では、何を鶏のくせに、それもトサカの出きらない小僧っこめが、という目で見られたが悠然とした決して与太のない呑みっぷりに段々彼は認められカウンターの席も決まり顔なじみの酔客は彼の車で送られる事もあった、ショットではまどろっこしくボトルから手酌でやるのだが、年少鳥類にグッとくる倒錯女給が色目をつかって酌をしても相手にせず長居はしなかった、二三本呑んでも小一時間、これが一軒分、日に七軒廻るが、子供こどもした鶏が小用も足さず日暮れまでに毎日十数本の腐れスチッコを忍耐強く呑むのだから、彼の肝といわず鶏一羽全身に生体物理学はその歯がどんなに丈夫でもまるで立たない、分解が瞬時で彼には内臓経由の厭なアルコール臭も全くない、偉大といって、若鶏の鯨呑みといって、養老の滝泣かせといって形容の及ばない、これを肝だと黙認する気か生化学の意気地なしめ、とそんなレバーなのです、そしてスチッコの挙げ句も慰めの言葉本人が使われたがらない、世辞の出る幕のない失格でした、水です、ブリテン島の空気に触れた水道水、清水、伏流水、雨水、下水の類いはいわず、島内津々浦々に当局より放たれた利き水専科員により選び抜かれたスチッコを仕込んでくれと云わぬばかりか、自信満々どうだいおれを酒にするなんざ勿体ねえくれえだ、とうっかり口をすべらせるほどの水でさえ、遠慮を怠らない彼の舌にかかっては、酒に絡みついた徒だったのです、逸った若鶏は本島に我が意を得る酒なかるべしと決して親父に勘当を申し込んだ、則ち、私は生涯酒を呑み続けることだけに精進、邁進し、詰まりは消尽する決意を、もとより態度で表明済みですが、何でも強い酒でさえあれば可也という島民の本流、濁流たる正統、入信審査無用の浅ましいアル中ではありません、偏向世界のわかりにくい中心をピタリと探し当て、修復不能にザクリッと勇ましく裂き、その向こうにヨロッパじゅうが見事な砂漠と化するのを唯の一口、一瞬の始まりかけた刹那に鮮やかに現前させる酒を遂にはまぐる覚悟であなぐる旅にでます、今般この性格不良で不機嫌な島を剰え悪酔いさせている地酒どもに、かような酒に化ける奇跡的ポテンシャリの微弱な萌芽すら認めずと断定しました、付け人はいりません、まだ脳が発電所から出立したわたしのことを憶えているうちにコンプリトリ且つイグザクトリそしてトリビオーンなデザーツ酒に邂逅した暁には、大きな花火を打ち上げます、欧州じゅうに見える輝度と高さのワークを誂えて廿一発爆破させます、はいこれ勘当願い書です、と発電具合をオペラグラスで眺めている親父の肩越しにポンと手渡すと、行書の鶏文字をスラッと斜めに左目の端でトレースし、うん分かった、ではごきげんよう、電気の方は心配いらない跡取りはうじゃうじゃいるから、じゃこれ路銀ね、と巨大なトランク七つをドシンと置き、勘当願いも放ったまま啣え煙草であごの赤いピラピラを右の手羽先で弄りながら生あくび一つ便所へ立った、オクスフォード国際大百科並みにぶ厚い小切手帳、手形帳、百万ポンド札がどっさり、これじゃあヨロッパじゅうの酒が買い占められらあと憎まれ口をカタカタ鳴らし、重いので九割九分九厘七毛を大番頭に預け、電報を受けたらこのズックのカバンに納まるくらいずつ送ってくれろ、と彼の錦鯉道楽に一生心配ないだけのチェックをやって頼んだ、もし足らなくなったら小切手帳を護送すれば何冊でも署名捺印してチャーター便で釈放するよ、とつまらないくすぐりを挿むと番頭涙をためて笑いつづけ引きつけをおこした、発電が一等好きで次ぎに錦鯉料理という男で、いくらポンドをどっさり与えてもプラントを放っぽりだす心配はない、彼は安心して桟橋へ向かった、運転手との別れの晩餐、最後のスチッコを痛飲したが、酔っ払い運転が得意なこの老人、呑めば呑むほど車の性能は鰻登り、素面では考えずらい速さでお向こう先へ到着する、わしのテクニクスも相当を軽々越えて、今からサーキトデビュも問題なしのハイクラウンばーるばるががが、と唇の変な位置からブクブクと肌理の細かい泡を噴きながら上機嫌だ、イングリランドで呑むスチッコは舌が輪を掛けて無反応なこの地方向けに仕込んだのか、度数ばかり奢っているが目が痛いほど溝臭く、彼の船出を勇気づけ歓送した、召し物は間違いなく味蕾を一粒も持たない料理人の手によるもので、たださえ不味一等国グレブリ、その激しいせめぎ合いの中を堂々第一級を誇る無馳走を力一杯振りかざし、さあこれは駄目押しですよ、おめでとう、と背中を押した、三万六千㌧越えを誇る大型渡し船の二階席をドイチェ臭いドーバ風は東から右へとメリケン印度大陸に向かって抜ける、香港スターフェリー用に七艘注文を請けた造船所の船大工がぼんやりして一艘余計に拵えたのをオクションで落としたもので窓は枠だけ、風がスイスイ抜けるのだ、どてっ腹にSTAR FUCKERと大書した赤ペンキはそのままに航行している、字を消さない書き替えないが競りの条件だったのは造船所の大旦那が中国と日本の区別はつかないが、書を倒錯した情熱で放置傾向に愛好する変質者で、抱えのペンキ職人を将来の大揮毫家、ノン漢字ネイティブ初のノーベル毛筆賞当選白皙人になると踏んでいたからだった、この職人完全文盲なのを羨んで、事務方は写版担当の友人スミスと、おもてなし係で乗船客を囃す唄い担当のマイケル・フィリップ・Jが戯れに渡した文字見本そのままをペンキ屋、木訥な筆致で真っ赤に塗ったのだが、只者、徒有より出づるこそ書の金玉科条、至道であると理屈は知らないが盲信する会長大旦那、これはまだ漢字はおろかアルファベすら聞いたこともない草創期の代表作になること実正なり、とデコと膝をピシャリと同時に打って感心しきり、売ったのは潮風を微かに時代がつき始める取っ掛かりにするためで、ペンキが熟れた頃合いに言い値で買い戻す積もりなのだ、わざわざ売らずとも舫って置けば良さそうなものだが、実地の航海が本物の時代付けには邪が非の肝要で、ハナにがせが乗ると後にいくらいい年紀を重ねても、見える眼鏡には似非が透けてしまうというのが船工場六代目の思い込みだったのだ、酒行脚の起点、大陸の縁へたすき掛けズックの学生カバン一つで軽やかに降り立つと、若鶏勇ましく出立の合図にフレンチカンカンノウのステップでババンバ、バン、バン、バンと腹から力いっぱいの声を浜のフランチが山とたかった魚屋に向けて放ったところ誰も何とも云わなかった、奴らすかしてますね、とキオスクの婆さんに声を掛けジタンを七箱買ったが彼女も口を半開きにしたまま何とも云わなかった、タクシの運転師に旨い葡萄酒の家までやれと注文を入れると、これも何とも云わず料理屋へつけた、係員に、知ってるか、本日は門出だ、何のかどでかって、驚くな、唯の一口でヨロッパ丸ごとカラカラのパサパサにしちまう酒の捜索行脚だ、不退転の長い旅になるだろう、そこでお前んとこがいきなりそいつを出したら話しになんねえ、出陣に相応しいとこを見つくろえ、との思い入れの目を向けるが、わかったのかどうだかウィっとおくびで返してきた、よろしい、では充分その気になっている狂薬から選って生きのいい死に忘れた老いぼれを紅白七本ずつ、肴はお前の好きなものを何でもいいぞ、と申請するが、瓶はみな暗い部屋へ寝かしつけてあって恍惚年齢の赤は起こすとジャリジャリが暫くむずがり鎮静剤を打っても落ちつくのに暇がかかる、よって若輩者の特権アキレス腱の伸縮が素晴らしい当酒楼期待の五歳児コンビ、マラとゲムが陣中の景気づけには誂え向きでしょう、因みにカズアルな青は扱っていない、と係員フレンチ野郎のくせに生真面目に云う、よし貴様に一任する、と厳しい調子でニッコリ笑うと選抜されて来たのはマランシェとジュゲム併せて十四本、なで肩から先にお召しをと進言するが並べて飲む、いかり肩はばかに甘くデザート酒だ、洒落のつもりらしい、半々に混ぜよく振ってみると妙な味になったが我慢すれば何とか飲める、しかし何でもいいとは云ったが料理は非道い、さんざ捏ねくり廻した挙げ句で元が何やらまるで分からない、グレブリに拮抗する犬跨ぎよもやあるまいはずが灯台元昼でも尚暗し、お隣に之有りと感心頻り、しかし島では手なぞ掛けずに丸きり駄目な分一日の長有りと密かに北方へ軍配を上げた、明朝又来る赤を十四五本起こしておくように用命すると、朝はシェフが牛乳配達のバイトで忙しいものでと真面目な顔で申し開くところ半ばで制し、板前は牛乳屋に転籍させろと命令して店を出る小さな背中に、チーズと漬けもんだけでお待ち申し上げますぼっちゃん、シェフは全員只今電信で移動しておきましたのでご安心なさってお越しを、の声を聞き、おすわりを命じておいた先のタクシに葡萄酒豊富にしてキッズスイット室ありの旅籠へやれ、とアルコルで社交的を帯びた軽やかさの中に伸びのある声をかけると今度はドライバ合点だと二つ返事で、お酉さま歓迎、の札を下げた建物が少し左へ傾いだ七つ星宿坊風ホテルへつけた、フロントで子供スイットひとつおくれと注文すると大蒜バタたっぷりの息で受け付け嬢、スウイット・フォウア・スマアル・チッケンですねとぶち訛り青黒い歯を見せて笑った、隣の禿げあがった小男背筋をピンと伸ばしオカマ丸出しの腰つきで、当家の地下セラは全客房合わしたよか広いのです、とやや膨らんだ胸を張り、お客様お取り扱い係長ジュヌ・ファム、と金地に黒で書かれたバッジを付けて実に気味が悪い、早速だが貴国葡萄酒の性能に就いて少々深々と尋ねる、と云い終わらぬうちに禿げおねえ、ほんのり頰を赤黒く染めて、あたくしまるっきりいただけませんのでソムリエをご房へ出張らせます、と芋焼酎臭い息ではにかみ笑い、これがまたトサカの後ろからうなじにかけての羽をゾッと逆立てる、きょろきょろトランクをさがす不細工な荷役人夫を、ほらビロンギンをこれっきりだ、とたすき掛け学生カバンをポンと叩きフランをファアストミット大の手でやっと握れるだけ掴ませて断り、子供スウイット房に納まると飲酒係はすぐにやって来た、明日は曙方よりどっしりと腰が落ち少々饐えた、ようよう赤となりゆき過ぎて、とのご趣向、実にお楽しみでおめでとうございます、そこで本日は肉厚ながら余計な脂っ気なし、喉にシャリン、胃袋にシュルッ、はらわたにキュルンをぼっちゃま担任を仕りました当坊筆頭ソムリョのジョリジョ・ムスコキが請け合いますところのブランをお試しあられますよう、と自信たっぷりの態度で目は逸らし気味に進言する、なんださっきの食堂からもう通達があったのかよ、おまえさん方暇なんだな、イングリマンよか顔も怠けてて、悪かないよ、ところできみさソムリエじゃないのソムリエ、あれえ勇み言葉、ジョリジョっ、めっめっ、失礼の段につまずきよろめく失態幾重にもお詫び申し上げまするによって他言ゆめゆめ無きようお願い奉り候らえども下僕がお酉さまへの初登院、拙茎め筆おろしの栄を賜りそれがしレザベシオンなき電光石火のご光臨に精進潔斎水垢離の暇とてこれ無く心ちりじり酉乱し糅てて加えて早朝に及ぶ淫酒に手淫が祟りモンオリジネ訛りソムリョなどと不躾な放言顔はもとより云いにくいところからさえ火を噴く羞恥の至り、うるさいなあ変テコな日本弁なんかしゃべってジャポニズム野郎、いいよ白で十本でも廿本でも、さっき飲んだやつ知ってんだろ、あれじゃないの持っといで、畏まって奉りつつ、つつがなくこれに取り出しましたるはムルリーシロドラ並びにB・R・Cめにありんす、主におかれましてはご存分にご賞嘆あれかし、何だい注文聞かずに持ってきたのかよ、いいよ早く全部ふた抜いてお帰り、もうイカレ日本語擬きはやめろよ、オレの乳母は京橋の島根県立アカイブセンタ古文書読解主任の妾出身だよ、正統派東ジャポネをちったあ知ってんだ、手酌でやるから下がってよし、あてはいらないよ、委細承知仕り御座候らえどもこのシロめ等生意気に分も弁えずデカンタジュを要求し、いやなら饐えてやるなどと思春期ぶっておりますれば今しばらくご用意の段ドリお許し願い奉り候らうことあろうことかあるまいことか、あれか知ってるよふざけたカッコの金魚鉢に酒を空けちゃうやつね、勢いよくやっとくれ、あ、それからストロ持っといで短めで太いのね、おさまえやすいようにザラザラ加工してあるやつだよ色はどうでもいいから、ソムリョはぞっくり並んだ壜を縦横斜めと丁寧且つ力強く振り回し巨大な硝子鉢二つに一気にじゃぶじゃぶ空けてしまい、ではお酉さまにおかれましてはごゆるりとご楽飲くださいますよう、拙これにて失せ仕りますといえども次の間にて耳大きゅう控えよりまする、何事によらずコケッとの美声軽やかに聞こゆれば、万障のクリを合わせる羞恥を顧みるもみないもあるものか、とうっかり取り落とした押っ取り刀を拾うのももどかしく馳せ参じまかり出でたらぬ事なしとは必定なり、あらあらかしこ、と下がるのを彼は、ばーか煩せえなあソムリョ・ムスコキ野郎は日流箘かなんか患ってんのかよ、と左片目で見送り金魚鉢を両手羽先でざぶざぶ掻きまわしジタンを肴に呑む、不味くも美味くもなし、大仰にタイトルを発表したメーカー品を混ぜ合わせてみてもどうという変わりはない、何がシャリン、シュルッ、キュルンだ、あーあ当地葡萄酒の性能について尋ねるってそう云ったじゃねえか、頓馬な奴め、フランチ醸造もこんなもんかよ、この郷の杜氏もどうせ芯から深手なアル中だろ、紛れ当たりを当てにして拵さえてやがんだ、劣等スチッコよか水っ気のない分うっすら増しだが駄目には違がわねえ、とっととこのシマも失敬お暇だ、と暮れ方退屈しのぎに女を所望するがオカマのジュヌ・ファム、当家は七つ星屑ロテール故ジョイナーはご容赦願いますと不気味に微笑むと、あたしでよければお客様係代表のサービスとして何とでもシテ差し上げるわよ、と云わない文句を潤んだ目つきに滲ませ粘っこい呻き声を絞ったが、彼は相手にせずがっかりもせずジタンを吸い続け金魚鉢を空にし朝になった、さて昨日赤の注文をつけた食堂の子供用テブルには彼の嘴色に合わせたか薄黄色のクロスが掛かり、どれもかさかさにくたびれたエテケツの貼り付いた一ダース半見当のほこり臭い壜はもう口が開いている、これも薄黄色の皿には鳩の漬け物と干からびたドブ臭いチーズ、脇に眠そうな給仕が一人、あれもうフタ抜いたの、金魚鉢にじゃぶじゃぶあけないの、昨晩起床させましたので致しませんでした、晩期高齢酒にデカダンはボデに障るかと、あっそじゃ帰っていいよ一人で呑むから、ストロ置いてってよ、お代はこれね、この切手に好きな数字を書きなさい、はいおやすみ、給仕パチッと目を覚まし、お帰りには表の牛乳箱にこれをお願いしますが忘れてもかまいません、私二度とここへは来ませんから、と店の鍵を放り出し嬉しそうに小切手ぴらぴらキスをしながら出て行った、シャンバルブラン1945、ションベルタン1903年産か、こいつが田舎造り、こっちが港町仕込みとか云ってたな、うんこっちは葡萄の香りだ味も葡萄酒だ何の隠し事も含みもない、何十年も勿体つけて何やってやがったんだ、あれえこいつの方は酢じゃねえかよ、そうならそうと早く云や夕べのうちから豆腐を漬け込んでおかせたのによ、酢豆腐を知んねえたあジャポニズムも当てんなんねえや、しょうがんねえなあ、いいや混ぜてみよ、ようく振ってシャリシャリを浮かせてっと、そら一手間かけるとちょっと佳いぞシャバルベタン、グラスに鳩の漬け物を沈めてストロの先でつぶしてっと、ほらまた一つ増しんなった、発酵葡萄ジュス十割果汁動物性ピクルス添加栄養満点無病息災、あーあやっぱ全然駄目だわ、と云いながら十八本をさっと空け、昨日からハイヤしっ放しのタクシに、おう相棒イタリンまで通しだよっ、と注文したが納品まで大分暇がかった、夜勤明けにパラシュト・ウマンを買うのが枯れた都会派バンツーの粋な楽しみだ、と誰もピンとこない方向に気どっているジンブバエ人運転師と朝、昼、八つに晩と食堂へ寄るたび葡萄酒をとる、落ち着きのないワアディ・ドライバはすぐに語り出す、山羊乳の酒は最高なんだがなあ、惚れた山羊と一体になれるんだ、当人も気分がいいと少し呑むがその時の語らいは至福ですよ、いえ家の山羊はしゃべりませんから電磁波で話すんです、ああ早く村へ帰りてえなあ、と遠い目を徐々に上向けながらぐんぐん呑む、その雑民向け葡萄酒がどこのドライバ食堂で出すものも、仕立てのいいジャケッツなぞはおり、ちょいとアゴを持ち上げ気味にすかしている血統証組よりずっと美味かったがドライバは酔うほどに山羊酒のことばかりぐずぐず云う、村の山羊は貞淑で決してカバ、サイ、キリン連中と交わらないしロバ、馬、牛にだって気を許さない純血種で乳は絹の滑らかさだ、子供に飲ませるなど勿体なくていつも悔しい思いをしている、あれは全体酒にすべきだ、ジンブバエの法律は子供に甘すぎる、第一村の天然イストは山羊酒のためだけにあるんだ、無駄にしていい道理はない、ヨグルトをおおっぴらに造るなど犯罪だ、うちの野郎は気がよくって喧嘩をしたことがないんだよ、牡にしとくに惜しいくらいな素晴らしい毛並みだから村一番のミルクを出すんだ、疑ぐるんだったら誰に訊いたってかまわない、村民は廿一人だがケチをつける奴はないよ、全員野郎には一目おいてるんだ、オレは実に鼻が高い、幸せもんだよ、ああ、あいつ達者でいるかなあ、会いたいなあ、野郎だってオレの顔を見たくって仕方ないに決まってる、山羊酒はほんとに旨いんだ、旨いなんてとぼけた言葉じゃじれったくて、実は驚く不味さなんだって云いたくなるくらい旨いんだ、旦那にも飲んでもらいたいなあ、先ずは間違いなく腰を抜かします、手加減なくやられますから後で嵌めるのが苦労ですよ、ね鶏の旦那、村一番なんだ、凄いんだ、ジンブバエの牡山羊は乳を出すらしい、ドライバ、ピエモンでの分かれ際たわわに実ったオッピロネ畑を遠く眺めながら長い立ち小便をし、旦那の酒行脚、挙げ句は三国一の銘酒なんざ向こうへまわしてジンブバンキー手塩にかけた山羊酒に決まりですよ、きっと請け合います、大船の貴賓席にデンと構えてお出で下さい、と胸をはたいて所番地をくれた、あっそ、船で行けんの、ええ途中大ぶりなビックリドリの滝を下りますが、なかなか迫力があります、見物のたまげる顔も楽しみです、ふうん、じゃな、これは礼だよと小切手帳を一冊持たせると、旦那あ、あたしゃこんなセコ車うっちゃっちまってこのまんま村へ帰えりやす、ありがとうござんした、と急に訛るが早いか遙か彼方の船着場目がけて夢中でかけ出しやっと静かになった、さて当地の酒はベロロが看板で、何とか紹興酒張りに育てようと栽培している様子がひと嗅ぎとひと口で分かる、どの蔵も杜氏は無節操な中華ソビエト系でこの地方支那語がまかり通るのだ、甘ったるい目つきでちょいとイカレた足さばき、細身でしゃれ者ぶったイタリあんちゃんが流暢なチャン語で相手老若男女かまわず、あたいと遊ばない、としなをつくるのはどうも背筋がゾワッとする、粽にオリバ油をだぶだぶかけて水牛の粉チズをどっさり塗しドクダミを山と散らしたのを立場上笑顔で笹っ葉ごと頬張ったときの悪寒と思えば遠からずだ、ここローカル一帯のオッピロ仕込みが通人に聞こえたとするとイタリも如何な呑めねえポチョムキン村らしいや、とっとと爪先まで素見ぞめきでスパンへ渡ろう、タクシドライバはまた舌長で煩さいと厄介だ、と百貨店の国産車売り場でマラセッティエのホーンを若鶏仕様ココリッコ音に仕立てさせ、今度は自らこれも手羽先仕様グリップに載せ替えた輪っかをさばき、へっぽこ地酒で肝を湿しながら南へ下る、ストカナものは小学生が学校帰りに大麻煙草を吸いながら飲む葡萄ジュース、キヨンテなど全くのお子様専科だ、ブーツを指先へ向かうほどイストの食い扶持が増すらしく酒が厚ぼったく呑んだ気にさせるが、いつまでも、なあオレってイカすボデエがコンシャスだろ、ねえもっと気持ち良さそうな顔したらいいじゃないか、ねえ、としつっこく喉にからみ、これがシシリで極まった、モテルに車をナナメに突っ込むと洗車係の少年、将来グンバツな暴走族になろうと洗濯に精を出してると云ったが、唇が間もなく熟れそうな桃色、瞳は深い黄色で近寄ると腐りかけた橙のいい香がする、マラセッティエを嬉しそうに見つめるので、好きなのか、じゃイタリン少年暴走用に仕立て直せよ、と音は好いが立て付けが雑で雨が浸みる車を贈呈しサリエルタスカからホバクラフトでスパンへ渡った、売店のばあさんに大人っぽいシックなメタリックイエロのスポツ車ひとつおくれと注文したが、品切れね煙草ならある、と焦点がさきおとといの目をするのでエグーレンの両切りを買い占め、拠なく陸運局でハイヤを所望したがやってきたドライバ山羊のアル中より騒ぞしい、行き先を訊くより先に身の上相談が始まった、曰くタイル職人を束ねる棟梁は父方のじいさんで、そのずっと前の前のだいぶ前のじいさんが第七回十字軍に連なった志願兵、ムスリム系檀家の息子でニセクリスト者だったからというわけからではなく根っから自由な活力の持ち主で、盗み、かっ剥ぎ、人さらいに多重強姦と健全な若者らしい体液の濃い従軍生活を楽しみ、仲間からはなんて粋なニイさんと慕われ、頰っ辺をポッとさせて色目をつかう青少年兵も少なからずおり、部隊長もそんな彼にグッときていたらしく、度々の悪行を部下の手前叱りつけるが、人目なく二人きりになると一転丸出しスケベに相好崩し糸引き目をして涎をすすり、よしよしいい子だと肯きながら太股や尻にカッと熱くなった半身を押しつけるのだった、時折背中を流せと風呂場に呼ばれるが働くのは隊長で、若い肌のすみずみまでシャボンをたっぷり塗りつけて、まるで玉のようだ、表はピンと張った硬さでも中の柔らかな甘い脂身が誘うように、ほらしっとりなのにジンジンとおれの指先から局所まで直通する、素敵滅法な肉だなあ、とドロンケンな呆け面で倦かず体中をなぜまわしなめまわした、このお爺さんその後はよく分からない、本式の男色だったどうかもはっきりしないが、独り者で通し子はなかったと寺の過去帳はいう、ドライバ深い溜息をついて、オレはねこの十字軍のお爺さんをね、もっともその頃は若者ですが物心ついた時から親身に思うんです中世の昔から矢のように一直線に脇目もふらずオレの血管に繫がってるんだお爺さんの管がね、ほんとのところオレはお爺さんの体温を感じない時がないんだ、どうしたって直系に違いない、おいチンピラ、十字野郎に子はなかったんだろ、そこなんだ鶏のぼっちゃん実はねこれは大変な秘密ですよ、トップシクレットっていうんですか、誰にもしゃべらないで下さいね、ヒトでなくてもですよ、猫や狐は特にあぶない、奴ら頭がいいんだ、人が思いも寄らない不思議なやり口で秘密を漏洩するんだから安心できない、それから狸だって駄目です狐よか心安く見せてますが気をゆるしたらいけません、あの八畳敷きに絡め取られた日には気持ち良くって手も足も出す気になれません、それでねお爺さんには従妹があって同じ隊にお世話組の少女として従軍してたんです、兵隊のお世話ね、隅からすみまで世話をやく、どんな無理な姿勢の要求にも応える、いろいろあるでしょみんな若いんだから、中でもこの子が第七回小町といわれたピカピカの美人で性質おだやかしっとりした腰つきに似合わずよく気がつき云わないそばから誰彼のえこ贔屓なくすっかり面倒をみる、むくつけき隊の連中皆彼女を鶴だと思った、掃きだめのね、この従妹が品行が良くて清潔な女の子によくあるでしょ、不良にグッとくるタイプだったのでサルバドルと恋仲になった、えっ、云ってませんでしたかお爺さんの名前です、ここです、いいですかよく聞いて下さいよぼっちゃん、事の核心ですが話しはちょっとズレます、オレの父方のあれっ母方だったかな、いずれどっちかの祖母の連れ合いが早死して後に入った婿の妹の子、祖母には義理の姪っ子ですが彼女には幼なじみの男の子があった、パブロっていうんだ、こいつは絵はヘタでも足が滅法速く韋駄天パブといって街で知らない者はない、二人はお互い好きどうしである日パブは彼女の気を引こうとタッタカタッタカどんどん田舎へ向かって走り出した、姪っ子も町内会の徒競走で鳴らしたくらいは足腰がいい、嬉しくなって彼女もタッタカどんどん追いかけた

  つづく

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