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HKTDC ・2



タヱさん百歳を大分越して多少の呆けもあったが多少以外の部はしっかりしていた、この短いやりとりの間に奴との関係、お互いの立場をつかんだのです

 『お母さん私も今迄大変な道楽三昧、ずい分ご迷惑もお掛け致しましたが、遅ればせながらここへきてやっと一人前の身代も出来たんです、そこでこれまでの親不孝を猛省し恩返しをしたいと思います、先ずその手付けとして少しばかりのお足をお送りさせていただきたいので振り込み先をお教えください』

話しがよめていた彼女は脇へ用意したゆうちょ銀行の番号を読み上げた

 『お母さんそこは駄目なんです、今回二兆円送ろうと思うんですが郵便局には入り切らないんですよ』

 『おや、ずい分奮発するねえ、でもあたしも歳だよ詳しいことは忘れちゃったけど百はとうに越したらしいんだからそんなに沢山は要らないよ、千億もあれば十分』

 『それでもゆうちょの通帳では大分はみ出てしまいます、も少し嵩張るお財布はありませんか』

 『それじゃあ日銀の浦和支店に口座があるからそっちへお願いしようかしらね、番号は今上陛下お筆下ろしの日と同じだよ』

 『ああ、あそこならいくら沢山挿入しても痛がりません、そうしましょう、今日はもう遅いので明日の旭日を拝んでから振り込みます、ではお母さんお体を大切にして下さい』

 『はいありがとう、お前もあんまり稼いで体をこわさないようにね』

タヱさんとっくり考えた、あたしに男の子は長男一人だけ、すると三男の小冶郎というのは誰だろう、いづれにしても知らない人だ、しかしまてよ、これは呆けていないしっかりした部でそう思うだけで、もう朽ちてしまった係の担当者がすっかり紛失してしまった中に小冶郎という三男がいたのかも知れない、次男の消息はこの際措くとして、使い物にならなくなった野があるのを健常部がちゃんとわかっている以上、小冶郎は必ず息子ではないと決めてしまうのは冷静でない、といって妄想逞しく、きっといたに違いない、ただ小冶郎の仕舞い所が壊れただけなのだ、と彼がちょっと面白そうな子なので三男認知へ傾くのも公正を欠く、彼女は頭が良かった、なんと小冶郎をちょっとした老いらくの慰みにしたんです、小冶郎なんて子がいたのかねえ、どんな男の子だったのか知らん、そのうちフッと想い出すのも楽しみだだわね、と不能になった部位は痩せた枠だけ残し中身はすっかり溶け出してしまったのをよく解っているので想い出す訳はないのをタヱさん先刻ご承知ですが、暇に任せた心遊びで、小冶郎を好きなように幾人も作っては人柄を様々に当てはめ、入れ替えたり混ぜ返したりしていましたが、そのうち彼等はタヱさんの空想から手を離れ、幼少時は独楽を廻すだの双六を転がすだの、生意気盛りにになると昼夜を問わず呑み歩く、のべつ中へ繰り出すもまだまだ足りず博打にまでドクドク精を出す、それは汁っ気たっぷり活発な舞台を繰り広げたんです」

   『ところで俺たち全員三男ってのもへんだなあどうだい皆で好きな数を割りふらないか』

 『じゃ俺は長男』

 『それなら俺は二男でいいや』

 『ちょっと待てくれ、長男と二男はまずいよ、だって生まれた時をさかのぼるってのは気味がわるいや、何だか臓物の裏表がひっくり返って尻からずるずる出ていく様な、つまり考えようでは人倫にもとる程の快感に我慢できず凄く妙な声を絞り出したくなるような気分だ』

 『そりゃ大変な気分だ、よし長男と二男は欠番としよう、俺は三男のままでいいよ、 三つ子の魂百鬼夜行、三人旅一人ほいと、仏の顔も三度目以降はおべっかぽん、好きな数だ』

 『俺はね八男だな、末はおっぴろがり、狸の金ちゃん八畳間、八方塞がり目塗りの嵌め殺し、いい響きだろ』

 『じゃおれは七男をたのむ、七草粥、初七日、八百屋お七、風情がある』

 『それなら俺は六男、恋女房はろくろっ首、六地蔵は六つ子也、六部がまだで大弱り、悪くない』

「そんな子供達の様子を彼女は飽かず視聴したという訳なんです、とても趣きのある話しでしょう、私もゆうべは大分やりすぎまして、今朝は暗澹たる心持ちだったのですが、こんな愉快な話題をお伝え出来るとは迎え酒というものは実に素晴らしい、それはいいんですが、おい雑務員、よく私の風を観測していなければいけませんよ、もう替わり目じゃあないですか、責っ付き替わりをもっと大きいもんでお願いしますよ、半斗枡くらいので、それから水、ああまてまて水じゃつまらない、チェイサーはビールにして下さいヱビスをね、出来れば鯛を両腕に抱えてるのがいいんですが無ければしょうがないレギュラーデザインので辛抱しましょう、ただしサッポロジャイアンツサイズ極太瓶ですよ、さてと三男坊連中の無邪気な動向をもう少し詳しくお聞きいただきましょうか、ええ長くなりますよ彼等は他の性能がまちまちでもそろって痩せ型胴長の持久力タイプですからね、三男にとどまった彼から順番に十七男迄それぞれの見た目、性向、伸縮性なんかを、何しろ物語りは長編ですからここはささっとライトサイドの頭に入れていただきましょうね、三が好きだと云った三男はその例として魂、乞食、仏を引いています、筋肉の慣性質量は豊かですがシャープな体型、物に驚かない泰然とした気性、考え事をしないので体が丈夫、神信心などには無関心なのですが、あるとき近所に道具屋の前を通りかかり、ふと目に入った即身仏の木彫三体、このみすぼらしい姿にひと目で魅せられた、よし俺は将来こんな男になろうとその場で決心したんですね、変わり者ではあります、暇な店のおやじさん即身仏のいきさつ、その意義などをひと目で馬鹿だとわかるこの子にも解るようにやさしく教えてあげたのですが、三男そんな事にはまるで興がないものの彼の滑らかな脳髄中に荒っぽく嵌めこまれた目の極く粗い笊に引っ掛かったのが不細工な山出しの三だったのですね、しかし彼はそんな調子のぽんつくですから即身仏になる段取り、手配、ましてや修行など何もしません全く、ただあいつは恰好がいい、俺もなろっと、そう固く決心しただけなんです、その為に何もしないだけでなく心構えも生活態度も何も全然変わりませんから、本人は臍を固めたのだと軽い気持ちで決め込んでいますが、固くてもやらかくてもおなしことです、つまり決めても決めなくても見たところどこも変わらないのです、三男が決めたことを忘れてしまえば内側さえ何の違いもない訳です、決めた、という記録が小さなキズ或いはアザの型式で内臓の隠しかどこかにひっそりとアーカイブっているのかも知れませんが、そんな心配は今朝の本題からは末節ですよね、はいでは次、四男です、ほらほらお酒おさけ、そんなに慌てなくても結構ですから丁度いい具合にお急ぎなさい、初心の者にも任せられる易しい仕事のようでこれが仲々責任重大なのです、頃合いの当たりよく私が注意を向ける事なくお酒を支度するのはですよ、例えば燗のつきすぎであっちっちっと緊急にチェイサーをぐっとやる、何とそれが一尾ヱビスどころかユウヒ・スパコーン・ドライブであってごらんなさい、私は余所の事にはぶらぶらチンでもお酒には非常識に理想家なんです、ナマ放送なんざどうでも逆上します、するとどうでしょう瞬間視聴率が鰻ったりするんですね、さてサイコロ博打に目が無いこの子の目は四に郷愁を覚えるのですが、それは自分が北国の出だという事に気付いておりません、四面楚歌、四輪駆動などもお気に入りですから耐久性はあります、つまり目先の勝負に一喜一憂しない博徒に相応しい体質です、五男、軟体動物を好みますが、どちらかというと蛸より烏賊の半身、芝居は白波五人男専門、風呂は油を張った五右衛門式、この子もガラガラポンは憎からず思っている、出身は青房赤房の中間ちょうど真下の力持ち、六男、ろくろっ首、六地蔵なんかと親しいようでしたね、ろくでなしとは近親憎悪ですが血は争えない、ちょぼいち大好き六にしきゃ張りません、この子は地べたから萌え出たつもりで、湧いて出た、ええとあのね、一寸いいですか、長編だと宣言しながら始まったばかりで勿体ないのですが、私この三男連のはなしバカ馬鹿しい丈でなく相当つまらないと思うんです、話し始めてみるとだんだん自分が厭になってきました、もうこの辺りでいいでしょうか、お仕舞いということで、ええ腕が痺れる程大きなもので胃の腑がパン助になるまで戴いてまったくありがた山の寒鳶がもういっぱいいっぱいで声も出ないくらいなのですが、無体有り体に申し上げて、せっかく朝っぱらからシロナガスなみに呑むんですからのびのびやりたいですよ、いやここでは気分が悪いというんじゃないんです、ただ猿股一丁になって、そのうちそれもおっ放って、何か出鱈目な浪曲か詩吟をなるたけ大人しく叫びながら、気が向けばカッポレなんかを気どってよろけて尻餅ついて大笑い、そんな何という事もないノラクラな朝を過ごしたいのですよ、いくら私がテレビに出るようなおめでた者だと云ってもですよ、専門家のゼッケンを腹に巻かれて引っ張り出されてですよ、おはようございますなんて間抜けな挨拶をしてるんですから、何でも少しばかりはまるっきりの馬鹿にだけでも、ちゃんとした見かけに錯覚出来るようお話をもっていこうかなと、うまくいきっこない事を本気ではないにしろやろうとするので疲れるんです、それに私の話は迎え酒のうれしさもあっという間のつるっパゲっというくらい毛頭の面白さもないので余計にくたびれる、このあたりでもういいですか、私一人のびのびをやりたいんです、ここは不真面目な中ではおおむね真剣な気持ちでしょうかね、そんな都合で後を宜しかろうがどうでも皆さんよいお年をお迎え下さい、じゃ帰る」


「先生少しお待ちいただけますか、ほら向こうです大きな樽を抱えて、そろーりそろーり足の先っぽを反らしたりして、指の股が痒いのを我慢している様な、能役者なんだか障害者なんだかへんてこりんな足さばき、たまにドンと大きな音でいきなり床を踏み鳴らしたり、とても所見無なしとはいえない様子でこちらへ向かってくる太りきった若者、元荒瀬部屋、酒類部のガブリエル君です、世界中からヒトの快楽中枢をフルに亢進させ、あとの事はみんなダメにするお酒を探し出してくる達人で、局がその為だけに採用した逸材です、他の事は何もしません、はっはあ、あの樽がやっと到着したようですね、先生は間がよろしい、ずっと噂をしていたお酒なんです、あのもったいぶった重度のすり足、長いことガブ君が最も力を込めて捜索していたあれに違いありませんよ、先生のびのびされる前に試し酒されては如何でしょうか、私もまだ見ない酒なんですが、もうかれこれ七年は蘊蓄を聞かされているのでもう頭の中は不埒な妄想でいっぱいなんです、どうです今朝はみんなでやりましょうか、たまには売女テレビにえんがちょ喰らわせて、さカメラの人もシャッタースイッチなんかぶった切ってこちらへいらっしゃい、え、バイトで入ったばっかりだからそうもいかない、うんじゃ全体が写るようにワイドとかいう方へレンズを糊付けして、なに、カメラマンが写っちゃまずいの、それじゃ小道具へ云って大トラのお面を借りなさい、口から上だけのやつをね、藤波君を呼べばわかるから、あ、ガブリエル君ご苦労様、樽のお替わりの方は安全なんでしょうね、なに酒類部の地下に山積み、警察も裁判所も懐柔済み、いやいや嬉しいですねえ、さすが義理のお父さんがトンガ美人を後妻に据えてから男では最初の三男だけの事はある、ささ先生いきましょう、一人お遊びの方は少しくらい遅れてもよろしいんでしょう、ガブ君のことですからがっかりはさせません、私が保証抜きに請け合いますよ」

「一人でのびのびするのに予約を入れてる訳ではありませんから、それに件のお酒、何か重大な違反がありそうで、そわそわに加えぞわぞわしてきました、よろしい、のびのびは気持ち延ばしましょう、ところでテレビには酒類部などという馬鹿げて美しい響きのデュオバッカ系の末端泡沫な部があるんですか」

                 つづく

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