見出し画像

タクシー・13

 
                     
適量という単語の発案者はこの時を待っていたのだ、と誰にもはっきりわかるほどピタリと配合した魅惑のおろしたて真紅のエナメルパンプスを傍聴人搬入口で全員に配布、強制着用させたような黄色の勝った大歓声がサバノモトの隅々まで響き渡ると、世界中の地下鉄が一時にスタジアム直下に駆けつければさぞやの地鳴り轟き、遥か上空を見事なオレンジ色の笠が開き切った巨大松茸、下界の惰民ども案ずるには及ばぬ、と言わんばかりの態度で領し、取材のヘリコプターは全機己の分を弁え大人しく順繰りに衆生中へ墜落し、先入れの薬味となった、さすがに懶惰な裁判長も血圧がうなぎった、左手を腰にあて、右こぶしは高々と天を突き、声を限りに〝イエーッ〟〝イエーッ〟〝イエーッ〟と三声鳴いたのだ、ここで傍聴の観衆諸人皆たぎりにたぎり、中には病を押してやって来たのかさほどたぎらない者もあるにはあったが、全体的には丸っきりたぎり切っているので自前で足りない分を補充してもらって畢竟彼らも充分なたぎり者なのだ、スタジアムじゅう真性さらけきりのぶったぎり方であれば、哺乳類と云わず何でも生き物であってはいけないテンパの線をグンと超したが一名の落ちこぼれもなく数万迷える愚人の興奮は素晴らしく生存の基準を顧みる冷静はどんなに細くなっても入り込む隙間はなく、皆踊りに踊り混じりに混じった、もう坩堝な撹拌っぷりで間もなく〝個体識別は出来ません〟とスコアボードに電光表示され、そのまま裁判でも何でもかでも混合を続け、サバノモトは運動場平面から観覧席まで巨大な右回りの渦潮に巻き続けること十日、どんな事態への準備なのか施工業者の粋なサービスなのか、極秘に仕込まれていたヤリマージーゼル製ヤマハナ発動機は停止し渦はゆっくり惰性まかせに減速し静止するまで半日、すぐにモーターは〝それい逆回転だ〟と発破をかけられ、かけたのが誰だか判らぬまま本人も、ようし今度は反対廻りだ、と左へどんどん加速十日間、減速半日、〆て三廻り、スタジアムは全体人種黄猿の誉れ高きキメの細かなバターになったのです、政府の対応は迅速でした、バターの処遇を決する迄も先ず既に街中に充満した素晴らしく不穏当な、人を根元から酸化させるような香を駄目にしては仕方がない、半日の間に国内の乳製品に通じたゼネコン及びエンジ会社にJ・Vを組織させ一気呵成にサバノモトをチルドにしてカポッと蓋をしめましたが、支払いマナーが不透明だったのでジョベンチ会社の株価は兜の緒をキュッと締めたままでした、農水省と食糧庁の鋭いが考え無しの反射神経で脳を端折り脊髄だけでバターを買い付けたのは勇み足でした、引き合いなどまるっきりありません、暇そうな文化庁バター課ドック係に泣きつくと、ようがす、それなら味の分からないポチュギとホランドへそっくり贈りましょう、遅ればせながら野蛮文化黎明期のご指南に対するお礼参りとしてですと笑い、先方が受けるとも何とも云わないうちに牛酪専用船で送り付け、両国は変テコなバターを家畜の飼料とし、隣近所にお裾分けもましたが、食べた豚はイレウスを患った、しかしそのモツが評判をよび特に西方一の美食国ベルジンが喜んで、このバター捌けるのは早かったが次の注文はなかった、神経細やかで免疫疾患に罹る豚がイレウス腹に悩む事は偶さかあり臓物っ喰いには知られていたがサバノモト発の腹痛は特別重症で素晴らしいモツが供給されたにも拘わらずそれっっきり音沙汰なし、欧州の蛮人は元来のびのび悪事にいそしむビビドな勤労者でしたが既に懶惰の楽を知りイレウスバターを安定的に飼料とする研究やサバノモト事件のようなイベントをどんどんプロモートする熱意などありません、どうして略奪も植民も止したんだ、人権やら話し合いをのさばらせた奴らは国賊だ、などどぼやきますが又仕切り直して土人を村ごと誘拐したり、よその国を強奪するなど面倒臭くてとてもやりません、享楽は何でもやり尽くしてしまい官能を元気溌剌に追う気力は、ずぼらをしているうちにD・N・A袋に空いた無精穴からもうすっかり溶けて流れたんでしょう、そこへいくとアンギロメリケンはまだ脳がぶよぶよで食べ頃の幼獣ですから、そのうちそこいらじゅうの非道い症状に頭が腐れてしまい、困った時のなんとか頼みを思い出しますが、そもそもこのなんとかが醸す腐れ切りの発酵具合こそ天下一、しかしそこに気がいかない脳天気は丈夫なもので奴に本気で命乞いする日が来るのも知らないで、合理的な研究などに明るい気持ちで精を出す自覚症状のない大規模な後生楽も横行し、煩わしいですが見ていてたまには面白いものです、しかし私は食べるにしろ育てるにしろ子供を好みませんから、あすこいらの多動性昼強盗連中はそっくりプリチエスト暗黒大陸へ使役・研究用に贈呈すればいいものをと常々思っていますが何でも貰って嬉しいとは限りません、粗大生ごみ処理券を付けてお送りするのが親切というものでしょう、さてこの皮に関わり合いのお話はまだまだどっさりありますが、思い切って割れ目がみえるぎりぎりまで端折り極あっさりサマリのみで失敬致しますが、いずれこれは明らかに合成皮革です、田舎くさい心のこもった手作業のアーティフィシル・スキンですが、私は皮の出自がいかに醜く反社会的で目を覆った指のすき間からチラと覗くだに劣情抑えがたき酷たらしさであろうとも結果である目前の炭を評価します、来し方が、もしあればのはなしですが、どう私の生活信条、宗旨に違おうとも、たとい人道にもとりきった営みの産物であろうとも、見目麗しく鼻腔に芳しく脳に舌に痺れまとわりつく甘美であるなら素敵です、外面が菩薩であればその内心何を工んでいようと美しい、夜叉であれば尚頼もしい、しかし爾後この皮造りのごとき方針はどんどん又ずんずんと後ろめたさ露ほどもなく無神経に開けていくでしょう、今日優良各部位から直接、同種であるどころか全き同じ性能を持つ叢肉の複製技術確立せりの本邦食品大本営発表間近と聞き及びます、ライブな鶏は本道を外れ漸次その道は約まり細り途絶えるやも知れません、我等自らの財産お宝を抛つのみならず、親類縁者、友人知人の生存権まで騙し取り脅し取りして真摯に身を投じた大ドラ〝利胆〟はここに及んで、ココリコッ、クックドゥルなどと奇声を発し、落ちつく気配は蚤の毛頭蚊の小便、矮小なる庭より出奔する事なきほどに徘徊し、糞尿暫時の暇もなく、血汁の堂々巡り、スーだのハーだの、ホルモン、腹ごなし等、担当者こぞって有機に生暖かく呼応し合う、半可通ならばその一羽の鳥もお日さんを親玉とするわれわれの地玉を含む玉々連が、今のところパンクチャルにやっている回転運動に与する最重要な一部なのです、などと物知り顔でいうところの煩く臭いニワトリ、恐竜時代から脳味噌の増量を一徹に拒み続け、とうとう白色レグホンになる道にさえトットットッと気軽なステップで入り込んだ、ああニワトリ、数千万年を何一つ考えずに歩んだ、おおニワトリ、優良部位複写術の完全確立を目前にして、嘗て冷ややかに見ていた鶏発酵箘による安全確実、最大公約旨味研究開発に今般は恥をしのんでシンパを表明し、その温もりまで懐中にかい込んでいる事を告白せざるを能わぬ凋落ぶり、ドラは、ドラききぎもは既に迷走路に踏み入ったか」

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?