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教室・2


其の三       


図書館へ寄らずに帰るとお父さんが黄色い白ワインを左手、塩せんべいは右手にTVを見ていた。寸詰まりのタンブラーから松脂臭が漂う。


『先ほどナジスが第一党に躍り出た模様です。党首は自らホロ酔いの舞いを沿岸舞台で初演の運びです、ドイツからのお知らせでした。さて次はおまちかね大相撲冬場所十七目の結果です』


お父さんはちょっとむせて、胸をトントン叩き絞り出すようにクックックッと笑った。


「このTVも耄碌したもんだ。そろそろ買い替えなくちゃな」


しばらく涙目でヒック、ヒャックとしゃくり笑いを続けた。   


塩煎餅をひとつもらう。   


「モンラッシェはこの煎餅の為に造った酒なんだ」


発作が治まったお父さんは遠い目をして深く頷き、ニョロニョロの行進するカップにヤニ臭いワインを半分注いでくれた。


なるほど塩煎餅はフランスのお菓子なんだと合点が行き、ほっぺをむずむずさせると、お父さんは、なっそうだろう、とウインクで云いながらあくびをした。



初霜だ。遠回りでも田舎道を選りブレーキを掛けないよう注意しながらタイヤでザクザク轍を作りいい気分で教室に入るともう達磨ストーブの胴が赤く焼けている。



   理科


教師は鼻をピクピクさせながらばたばたと入ってきた。


「お待たせしました。いま廊下の交差点で出会い頭算術の先生と立ち話をしていて少し遅れてしまいました。おはようございます。あの方は理科の人らしくなくお洒落ですねえ。昔ボンベイにはインドじゅうの良いサファイアが集まったといいますが、いつも蕩めく香りでとても一介の教師とは思えません。私はジンジンとウオツッカーの暗まし加減を未だに心得ませんが、今日はまた別で一段と香草の甘みを強調した冬の到来を受けて立とうじゃないかという軟派の中に隠れた気骨を感じさせる振りまき加減で鼻が不具でも見ていて嬉しくなります」


ああまた始まった、この先生はいつも何を話しているのかとても分かりづらい、そんな生徒達の溜息を余所に鞄の中をぐるぐる掻き混ぜ、やっと眼鏡を探し当てると今度はそれを掛けて又しばし捜索に専念し、取り出した龍柄を刷った小さな白い紙片をポイと口へ放り込んだ。


「さて引き続きで分裂です。昨今の理科に比べてはとても低レベルで心身に優しい露出度に納まり、光学的に覗いた限りで分かっていた彼らの構造その振る舞い、ロバシュラ、シュワンの頃、ツァイスの顕微鏡が出る少し前ですかね、それは気楽でしたでしょう。草木もヒトも畜生、虫、魚、どれも細胞と呼ぶことにした小さな部屋を絶えずせっかちに分裂させ、それがお陰でそれぞれがこの細胞分裂をやめるまでの間お互いを介して自己確認しているのか、へえ、なるほど、我らのデザインもよく見れば天才にしか画けない絵のようで悪くないなあ、などと呑気にね。私ども生物は、植物門ではやり方が別でしょうが、主に視力でいろいろ観察しますが、自身の体を探る場合に見える部分は、切り刻んだりしない限り、ヒトの場合で云えば概ね全体の七割くらいですかね。裏っ側は首を回して見える範囲、顔は鼻のあたまくらいで、あとは鏡や写真機など道具を頼りますね、とのんびりしていたところへ重い見たがり知りたがり症の中でも頭の良さがとても発達した方々が、光学までとけじめをつけて拵えた顕微鏡が華々しく披露に及んだ細胞分裂を、大方の常識人は内心ウソだと思っていましたが、拍手をもって迎えたのです。つまりはウソでもホントでもどちらでもよかったのです、そこまでは。しかし歴史時代が始まって以来平和が続いたためしがありません。葡萄酒をブランデーに蒸留するのは許しましょう、阿片をヘロインに精製したのも目をつむりましょう、それでも電子に運送の仕事を発注することはなかった。しかしやってしまった事は仕方ないですね。不便な状況の梗概を気が進まないながらお耳に入れますとこうなのです。みなさんはお若くいろいろ事情がおありで素直に愛情を表現できない難しいモラトリアム期におられますが、いくら無関心を装っても、お相撲がお嫌いでないことはシカシカ論を待ちませんから、すぐにお分かりがあると思いますが、生物学では片やと此方の関係を細胞同士が見合っていると考えるんです。ここが分裂の原因で、仮に私、あなたやマントヒヒが世界に寄る辺なき離れ猿で、頭痛肩こりなど聞いたこともなく清々としていたとしましょう。するとこの親分の細胞は分裂をしないんです、全然。どんな訳かというと、私は外のことはともかく厚顔無恥だけは自負している積もりですが、皆さんのお顔を真面に見るのが辛いほど申し上げるのが恥ずかしい何なので、あとは各々お好きな下げをおつけください、とそうも云いにくい。ここは己の不運に甘んじ思い切って口を割りますので心を強く持って下さい、いいですか。人見知りだとそう云うんです。ええ、ヒトミシリ、です。あきれた顔をされるのも尤もですが、私も聞き違いだろうと思いまして、はっきり確認をしてから改めて存分にたまげたのです。奴ら新派は電子顕微鏡という事破りな飛び道具の威光を笠に着て、そんな不思議な理屈を通したのです。この話はどこかヒトをダメにする嫌な目つきを持っているようで、出来れば迂回したいのですが、私は物争いが不得手の怖がりで、故意に寄っていかなかった事で後から凄まれるのが考えるだに身がすくみますから、皆さんがきっと得心なさることはないだろうというくらいな至らなさを手加減してササッとほっかむりで走り去りますが、どうぞ追いかけないようお願いします。先に申し上げましたが、ある生物がその仲間、同属、一門を持たず独立独歩であると分裂は起きません。単為生殖もその知識はあっても用いる気は更々なく、独り居には珍しい豪放磊落な彼は寂しいという面倒な感情から自由です。分裂なしの丈夫で長生きな細胞ですが、やはり徐々に老衰してやがてお仕舞いになり、これでこの無縁の生物は一代で絶滅です。では彼はどこからお出ましになったかというと、発生学の権威に伺ったところ、知らないと云っておられました。そんな稀な生き物もあるのかと思われるかも知れませんが、違うのです。分裂派の中でもヒトは特に自分の事の外は思いが及びませんから手前が圧倒的多数にいるつもりですが、本当は私ども人間や鹿、毛虫など仲間を持つが故に分裂するしつこいタイプは全くのマイノリティで、独り簡潔さっぱりタイプの方が健全な生物で本流なのです。ここから外れた分裂組は非主流派というよりはっきり云えば片環で特に気持ちの上が問題で、仲間が側にいないと不安でやりきれず、いればいたで疎ましく、つまり寂しがり屋のひとみしりという厄介者です。同族同類同士がたいした違いもないのに常にお互いの監視観察を怠らず、優越、劣等、一喜一憂、これは眼覚に限らず耳覚、肌覚、舌覚、鼻覚、第六覚何でも動員しますので大変疲れてしまい、もう見るのも見られるのもうんざりだ、よしこの病棟から逃げよう、と何をするかといえば何をするでもなく、分裂に願掛けするのです。どうか複写間違い、突然変異が頻繁に起こり政権与党のパトロールを掻い潜り、逃げ足の速い感性なしの新生物として独立しますように、と。分裂の速度はひとみしり度に比例しておりますから、自意識過剰の恥ずかしがり屋な若いうちは激しい分裂を懸命に、ただただ応援しますが、いくら辛抱強く眺めていてもコピーミスはそこそこ出来ますが上手く育たない。青少年もそのうち壮年、中高年、だんだん変身希望も萎えてくる、いろいろどうでもよくなってあっという間に晩期高齢者、何を見られようがちっとも恥ずかしくない。はいそうなるともう分裂など観察しませんので、細胞の方でも見ていないのならもういいや、と終わりのない休憩にはいります。ここで無駄な迂回はしましたが、めでたく感受性を失ない孤立無援の単独犯としての生命は終焉を迎えるのです。では元からの本流無所属と、分裂質の関係で仲間と繫がりじたばたしてはいましたが結局は寄る辺なしに凋んだ騒がしい泡沫組との違いは何だろうと皆さんお思いになられるでしょう」


教師はガラスの目で西の窓を一瞥した。


「それは時間です。重力に引っ張り込まれるような時間ではなく、昨日、今日、明日、朝食、午餐、夕飯、子供、青年、老人というような普段使いの時間です。こういう普遍でない時間を自然科学科で扱わないのは自信がないのとつまらない見栄のためで今さら仕方がありませんが、社会科学の方は責任がないので気楽に取り扱っています。ただし目録にあるというだけで何か考えたり意見を出し合ったりはしませんので、違いがどこにあるかを教えてくれる気もなければ才能も根っからありません。ですからこの核心、根本の問題は脇へ放って本道を邁進しましょう、何も恥ずかしい事じゃありません、と科学の元締めは平気で男っぽく公式声明しますので、下種な細胞衆はお互い勘ぐり疲れで分裂につくづく愛想を尽かしていたところにこのコミュニケ、一も二もなく入信表明です。ここが有機体の口遊む学問の標準的土台です。この土台に全幅の信頼を置き脇へ打ち棄てた肝心要をサッパリと忘れ、各種の難しい問題や不思議な秘密をバリバリ解明したりどんどん証明書を出したりと、誇らしげに突き進む力、これが理科を頭とした科学なのです。ですから科学は不具です。いかに強力にじんじん前進する圧倒驚く魅力に満ちていようとも、科学の顔はどこをポキポキ折っても同じく不具者です。斜めに切ってみても表情がより間抜けになるだけで金太郎は金太郎で為五郎にはなれません。ではどこをとっても片輪の科学を全い盲に信奉する細胞とその分裂が何時起こったのかに就いての話しは持ち出しませんという契約書なしの契約、口約束が猩猩のような大男を雇い裸で立ちはだからせておりますのでうっかり話題にするわけにもいきません」


教師は生徒たちがダンダン緑いろに見えてきたのに気づいていましたが、気のせいかどうかチラチラ確認するうちに緑は一段と濃くなっていき、とうとう彼ら彼女らが河童でないという理由がないと認めるざるを得ないところまで追い詰められました。


「今日は細胞の何か良くない性質を告げ口しましたが、知力の劣る者に密告は体力を大変消耗させます。それにこのところ私の分裂がめっきり等閑で核液は乾きゴルジは老人性搔痒暇なし、もういっぱいいっぱいのあっぷっぷですから」


すっかり自信を失い小声になった先生は話しを尻切れトンボに、フラフラと教室を出て行きながら噛み合わせのおかしくなったあごを両手でおさえ、廊下にそっと話しかけた。


「失調という云い様はどうもしっくりきませんね。やはり分裂の方が調和します。しかし麦角の酢ノモノは連荘がききませんから」


教師はバランスを崩した拍子によく磨かれた廊下に吸い込まれていったが、メガネは教壇の上にある

     其の四



図書館の地下三階には全国の古新聞コーナーがある。真夏は冷房のダイヤルを真冬にし四季を通じてペチカが燃えているが、あまり案内をしていないのと、この辺はロシア人がすくないうえにプラウダも置いていないのとでいつも空いてる。昭和五十二年九月の島根日報を開くとパリッと乾いてインクも所どころ剝げ落ちている。廿一日(水)、紙面には余白が多く、MEMOとある。


国際      今月も紛争が 国際的でその煽りを受けた友好が世界同時多発中。

気象   明日から年末年始にかけて全国的に山嵐。

経済   株と為替、共に各国先日と同じ。

出雲   弁財天、生休。

広告   勇敢なパリっ子の貴方へJALがお薦め、マニュアル機ならではのスリル、DC―8で飛ぶ東京。物騒な経由地を厳選した南周りです。


暖炉と古新聞の熱を冷ましながら帰ると、ベージュの亀首セータを着た女の子がホットミルクセーキのカップを両手で包みこっちを見て笑っている。一寸考えると妹だった。熱々のミルクセーキをもう一杯いれ、足をなげ出しローテーブルに並んで飲んだ。この子と前に会ったのは何時だったろうと思い出せない事を考えながらシングルベッドでくっついて寝た。


朝食はダルモンタを暖め塩と粗挽き胡椒を少々、黒パンはカリッと焼く。

霧雨の中、五叉路で手を振って別れた。


   社 会


「この湿っ気には参りました。皆さんはこんな日に、教室に来られるのをためらったりはしなかったのでしょうか。ご欠席がお一方もおられないのには生徒さんがたの感性を怪しむと共に呆れかえっております。ようこそのお出でを文字通り有り難い事のように思います。では改めましておはようございました」


今日はいったい何の話しをするのか知らんと帳面を開く者が数名、耳栓をして寝るグループ、ウォークマンでジミヘンを、あるいはサイモンとガーファンクルを聞くという三派に別れて生徒達はお互いを侵犯せず尊重し合った。


「私は生まれつき怠い性分なのですが、こう何度も人生を更新していますと症状も漸増していくようです。もう暫くの辛抱ですよ、そのうちさまざま鈍くなりますから気にならなくなります、と掛かり付けの八卦見はいいますので、早く楽になりたいものだと皆さんには気の毒なことをしておりますのを重々承知でお付き合い頂きながらも何とか彼んとかこの山を越すのはどうしても気が進まない、そうだ引き返せば下りだなどとおかしいことをいい考えを思い付いたように内心笑っているのを気取られるのを心配しいしいこれから自分は何の話しをする積もりだったのかを思い出せず弱っているところへ持ってきて、お前いま何の授業か知ってるのか、という弱い者いじめな声が腰骨に低く響く、あなたいい加減になさい人の腰骨を勝手に共鳴させたりして、といいたいのを今正に困っている患部を鋭く衝かれてはそうもいかず、こんな明き盲相手にしたって馬鹿らしいと思ってやくれまいか、などど虫のいいことを考えながら、なるたけ知能が低く見えるように笑っておれば、あるいはどうせこのあんころ餅も甘いに決まってると高を括っていたところ仁丹のように苦かった時のように思いがけず思い出すこともあるまいことでもあるまい、とそのような塩梅でですね、あっ、ここです、あっ、ここでした、歴史、歴史でしたよね皆さん私の担当は、あれっ、ご存じでしたか、それならそうとご遠慮なくおっしゃって下さればよろしかったものを、やれやれ歴史でしたか、なるほどそう云われればそう思わなかったわけでもなかったような気もします、では少しお珍しいところで秘匿された縄文文学の酔い心地、そんなお噂でお暇を頂戴致しましょう」


教師は大きめの手鏡を取り出しチラリと顔を覗くと教壇に平たく置きボンナイフを取り出し鏡の上で純コロンビア産の特級白墨を刻み細かな粉にすると長さ五㎝、三㎜幅の白線を平行にライン引きも使わず縦二本きれいに引っぱりストロー状に丸めた下ろしたてパリパリの十万ペソ札で右左の順で手前から奥へツーッ、ツーッと勢いよく鼻に吸い込んだ。顔を上げ、ふーっ、と大きく息を吐くと急に胸を張り、目をキラリと輝かせ、打って変わった張りのある声で続けた。


「憚りなしの歴史時代には飽き飽きしました、戦の話しはもううんざりです。私どもは争いごとの評判を酒の肴やなにかに好みますので初めはなかなか楽しいのですが、のべつ幕なしには懲々します。お古いところでは古事記や何とか紀ですか、端から誰が国を拵えて親分になったの親方にならないのとかいう幼稚な話しですね、あんな詰まらない本を読む人なんかあるんでしょうか。私は社会科周りの教諭ではありますが、ああいう読後感のナルい駄作には一切目を通しません。爾来、ときに道徳、易学、物理や料理、恋愛に忍術と口当たりを様々目先をいろいろと変えたところで筆を持っての歴史は所詮どれも出来の悪い泥棒、詐欺、強盗、人殺しの話ですから曲のないことあんまりです。鏡物などの中には女流官能長編の擬きを気分よく演じたつもりが紛う方なき脛の剛毛を焦点ピタッと解放で露出している輩の調子は二の糸上がり、今を盛りと跋扈するのが後から後から、それに気がつかない振りをするのが傍ら痛いやら痒いやら、本当に文学というのは最低ですね。なまじ字などを輸入したので世間は変な本でいっぱいになりヒトはみんな頭がおかしくなったのですね。この近辺の大陸から分離した島々に残った我々はサピエンス化の道程においてお向こうとは大きな気の違いがあって脳が文字に馴染まないところへ弥生連中に乗り込まれてこの様です。言葉はしゃべる傍から消えてなくなってこそのものです。そもそも私どもの言語にはあくどいところが足りませんので記録などという野暮ったい執念深さとは元より縁遠いのです。本当は人語などないほうが世界的にいい気分なのは分かりきっていますが、頭のいい人たちがいくら考えてもこれといった妙案が浮かばないようですね。憧れのネアンデルタール諸公の遺伝子にそっくり全取っ替えというわけにはいかないものなのでしょうか。自然科学も要らないところでは大変頑張りますが、どうも大事なところで役立たずです、専門家の脳は電気系統が大変優れていても顔色の読めない手合いばかりなのですから仕方がありません。ただそういった真性の学徒さん方には裏表や策略やらがありませんから、のびるGパンでふぐりをやたらに締め上げニコニコしているのなんぞに出会すと、ああ野生種の科学技術はいいものだなあ、理屈世界もまんざらでもないところもまんざらないこともないかも知れないなあ、などと嬉しい気持ちが遠慮がちに込み上げて来る事も体調に因ってはあるのです。教師のくせに恥ずかしい嗜好の奴めと軽蔑されていますが、何んにも彼んにも丸きり分かっていないストレートに頭のいい、むっちりした短髪の科学者に大変弱いのです私。グッとくるんです。ええ、好きなんです」


 ここで教師は早くも先ほどより激しく己の状況を打ち忘れた。目の前に腰掛けて居眠り、あるいは軽いトランス風に頭を振り、また不思議そうに私をみるこの少年少女達は一体私の誰だ。一人一段高いところに突っ立つ私と思しきヒトは本当のところこの子たちの誰だ、いやそれより私みたいに振る舞う私は私にとって誰だ。ここでやっとこれ以上考えるという営みに立ち向かうのは無理だと悟り、いたたまれなく彼らに背を向けるとチョークをつかみ黒板にすがるように、カタカタカタカタ、『縄文の縄文人の文学縄文の縄文人の文学縄文の縄文人の文学縄文……』とばかり続々書きながら


「夕べ新宿のハモニカで縄文と呑んだんです。晩期の奴で。中学時代からの呑み友達で。酒癖が悪い男で。お茶でも同じくらい悪い。喧嘩にはなりません。何を云っているのかわかりません。こうなんです。二千年っぱかしのちょんの間で何を偉そうに謀り衒学野郎メ、こちとら何万年からその数も勘定もしねえどこか数取りなんざ聞いたこともねえで食っちゃ寝きめちゃ寝の宝船漕いでんとこへよう、何が不足か神経たかりな物病み野郎が無神経にバックリ喰らいつきやがって、開けっ放しのオニヤンマーな極楽がガチャガチャ煩せったら丸っきしお釈迦の睾丸右も左も丸潰れだあ、おうオヤジ、酎ハイトリプル氷リャンコでくんな、とか何とかね、そうです江戸っ子でしてね神田お玉が池は泳ぎの達者な猿唐人、ですからさっぱりしたとこもあって、云った事を何も覚えていないのが奴の身上ですが、何しろ何万年も呑み続けているんですから渡り合うなんてとてもとても」


急に鼻が詰まり、目玉は迫り出し、ゾッと背中が寒い。


怖々振り向くとシンとした教室は無人だった。

妙だと思いながらも取りあえず教師はストナリニを五六錠ジンビームのポケット壜で放り込み、手早くラインを引いた。





校長室をノックすると、一般衛生班から介護秘書室校長付に転属した看護婦さんの声だ、締まりはしてませんのよ、どうぞ。


校長先生はお姉さんに桃色の静脈注射をされながらV・H・Sを視ていた、『洗濯船のケネス・チャン』だ。


「校長先生、今日で退学します」

「そうですか、いいところに気がつきましたね、では卒業記念に切手を発行しましょう」


   卒業小切手


  この証券を持参した少女に卒業を

  支払って下さい

             校長


襟巻きに春の寒気を軽やかに帰るとお母さんは湯気を立ててご飯の支度をしている。ボレロのハミング、白バラ油の香りがする。


         おわり       

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