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タクシー・19 最終回

 

「息子はいいとして納品された戦車の中で酔いつぶれたぼっちゃん鶏の肝がこの皿にのった炭なんですね」

「貴方は勘がいい、正にその通り、はるばる来たぜキキギモ、といったところでしょうか」

「なるほどそれで鶏にもかかわらず発電所の御曹司であるぼっちゃんが酒をめぐる旅をしたことで何でもこの肝が特別の中でも特に別になったんですね」

「いえ普通の炭だと思いますが」

「ぼっちゃん鶏の酒行脚あれこれは当然この肝に反映しておる故のお話だとじっと我慢して聞いておりましたが」

「ええ普通の肝ではなかった筈ではあります、小さな体の若鶏があれだけ莫大もない酒をすいすい処理するんですから真面な臓器ではありませんよ、しかしここまでカリカリの炭になってしまえば普通も特殊もないということです」

「それではそもそも利肝になりませんよ」

「その通り貴方はものわかりもいい、土台からして利肝ではどんな肝がどう生焼けだろうが炭になろうがどうでもいいんです、何でもない何もないところに生命財産又あればプライドも漏れなくそっくり嬉々としてかなぐり棄てずには居ても立ってもおられないくらい夢中で絢爛豪華な楼閣を構築するのが趣味というものですから、わたしも及ばずながらお手伝いの気持ちでぼっちゃん鶏の来歴をかいつまんでお知らせしたのです」

「しかしこの肝の来し方をどんな訳で詳細立ち入り、まるでトヨダや打ち上げ戦車に同乗していたかのようにご存じなのでしょうか」

「いえ何も知りません、ただわたしの頭骨は蝶番がちょっと緩んでおるのですが、つむりネジの老化で締めが利かないんですよ、それですき間から漏るんですね汁が、これを読んでお聞かせしたんです」

「汁を読む」

「はい脳髄の余り汁かと思いますが、しみ出てくるのを読むんです、といっても汁に字が書いてあるわけもなく、汁がいま自分の漏れ出してきた脳味噌に向かって語る由来不明で実の無さそうな噺を読むといいますか口移しにしゃべったのです、わたしどもはお互いの夢、妄想、不埒な弛緩と緊張を交互に伴う責任感に対する侮蔑などを心素直に出し惜しみせず、かといって無理に出すのではなく見せ合うことにより立ち現れた特別に脆い砂上にそっと建った楼閣を談話室に、ええこれは我々の怠慢、不器用によって楼閣というほどのものではないでしょう、というよりもどこから見ても楼閣には見えませんし、これを楼閣だと無理強いしようものなら正規の楼閣の方で黙って楼閣を辞めるでしょうが、ともかくもこの蜃気楼閣を格別のサルーンとして趣味を語り合っているつもりに心底なれる、これぞ〝利胆〟です、当然見ているものは別々ですから同じ的に就いて話しているという感触は錯覚ですが、それを承知の上で我まん汁や本気汁を恥じる気配露ほどもなく、各自奔放に射出しながら泰然として驚かないのは、呆れかえる程しつっこい巷の桎梏を、嗜好嗜癖へ夢中で突き進む出自不明瞭ながら実に強靱な気魄ではねっ返し、シンパなきこの道楽がぱっくり開けた昇天峡にその身をあとさきに些かの分別なく勢いいっぱい真っ逆さま投げ込んだ我らオセンチック・ジレッタントにして人でなしの為せるわざだからなのです」

「わたしども人でなしですか、そういわれるとどうも」

「いいえ心配要りません、趣味道楽から永遠の彼方にあるやなしやの遠きに離れた、われ我に奉仕する外に生きる訳も資質もない方々はわたしどもを、取り返しのつきっこない大馬鹿野郎どもだ、人と認めるわけにはいかん、と自分こそかば丸出しなのを軽く棚に上げ、なぜだか溜飲をすっと下げゆったり笑っているその彼らがふっと思う程度の人でなしですから大丈夫なんです、彼らうち大多数の無自覚奴隷にとって無害というよりもし仮に彼らに精神のような何があれば、その安定にとっての、はっきりいえばそんな精神などあってもなくても特に気にならないくらいの必要条件でしょう、ただひとつ気にかかるのはわたしどもこの雅趣を各々の属性だと当然な顔つきで引け目如何ほどもなく己の生まれつきに確たる優越さえ認めるのですが、その実これは、やりまんにヤラれたガスノミ気取りのあほんだらがぶる提げた腐れ出目金たま同様で、まったくのところこの病は天性ではなくビルス性ではなかろうか、という点なのです」

「ビルス性ですか」

「はい、わたしどもは選ばれてある崇高な身分などではなく、虫に喰われたというつまらない偶然で患っているだけのことを、品のいい反社会的行為は本来の性分に因るのだと全く検証もせず思い込み、密かに胸を反り気味に、しかも我らは茄子の古漬け持ちですから無恥に決ってますが、内心大いに誇っているお目出たい組におるのではないかという気がかりです」

「それではどうでしょう、虫なりビルスなりが相手かまわずアットランダミに咬むのではなく、ちゃんと人でなしとして耐えうる素地を見極めているのだと考えるのは」

「そうかその手があったか、そうしましょうか、いえもうそう決めてしまいましょう、いやあ有り難うございます、胸のつかえがいっぺんに今下がっていきましたよ、聞こえましたでしょうスルリッという音、貴方はたまさか頭がいい、ではおつむりのキレが立ったところでトリ肝のトリをおトリいただきお見立てトリたてておトリ計らい願いましょう」

「どうもトリ尽くしで恐れ入りますが、わたしをおトリ違えになってはいけません、キンチョウのトリが渦巻きトリ乱します」

「お互いスマートな発話装置が耐用年数をすっかり度を超してなお鹿十をきめてますと、出番の減った部位がふて腐れるんでしょうか」

「部位ですか」

「味噌のです」

「味噌」

「おつむの骸に入ってましょ」

「あ、あの白味噌ですか」

「ええ、わたしのは合わせですがね、まあそこら辺が饐えた臭いをジワリと漏らし出すと、臭えなジジイあっち行け、くらいでは済まない、半減期の算定方法さえ未だ暗中無策中な環境破壊的駄戯れ言を、絶え間なく且つオットマチカリに放出するようになりますね、これがまた劣悪の程が増すに応じて余計に笑えるようになるのはどういうもんでしょうかねえ、若い頃は我慢がききませんでしたから虫の居所が悪いときなどにこれへ出くわすと、そんな不運の準備に持ち歩いていたゴムイボ付き軍手をはめて力まかせに絞めたものです、うっかり捕まると一応はきまりですから裁判にかかりますが、こういった実質微罪の重罪は若手のハンサムな判事が担当したもので、まずめいっぱいに情状も情事も酌量してくれましたね、こんな調子でしたよ、そもこの縊られやがったクソジジイが悪い、六法に書いてないからといって発表していい話と許し難い内容とがある、呼気には是認される息とまかりならぬ腐乱息がある、とはいえ奉行は鬼ではない、吸気に限り恩免遣わす、がしかし、き奴らに呼気の自由は断じてない、世間の良識ある、ざまをみやがれ、という罵声の束が頭蓋に力強く響き渡るようです、ところがどういうものか残念ながら、未だ人権なる不思議な教義に則った、ヒトは誰彼なんでも尊いとした奇天烈な出自卑しい法律が賞味期限内をしつこく主張している以上わたしも立場上何か判ったような〆を云わないわけにもいきません、判決というほどのものではありませんのでどうぞ足をくずして気軽に聴いて下さい、さていかに目臭い余命幾ばくもない老い痴れなり、生存意義を認めようもなく満場一致でその生息に異議申し立て然りたる、くたばり損ないド腐れオヤジが、米国より賜りし脳天晴れやかな憲法を大幅に逸脱した、歯科医、耳鼻咽喉科医殺しのド駄じゃれをぶちかまそうとも、捨て置け、じっと堪えよ、甘んじよ、とはいいません、しかし出来れば軽く手加減をして下さい、つまり二度と口がきけない程度に、そうですね平たくいって半殺しにするくらいで辛抱していただくよう今後はお願いします、あなたは今回まだわずか七度目の勇み足ですから、盆暗万年ヒラ判事ならばストレス性のきついお咎めのあるところを、奉行は快く許しおく、今度うちへ遊びに来なさい、女房があなたのような我慢がのきかない二の腕が引き締まった若者に目がないんですよ、以上解散、さてこれからパッといきましょうか、おととい出雲から赴任してきた法務大臣をご存じですか、そうですあの刑法と包茎の区別がつかないお爺さん、いえ呆けたんじゃないんです、若い頃からそうなんです、ただ見るべきところもあって、素敵な女性というのは馬鹿が好きでしょう、この大臣のおめかけさんがやっているボトムレスバーもとってもいいんです、店内は完全治外法権、掛りはみんな文化庁のツケでいけるんです、ほらそこの尻の割れ目までギュッとズボンもち上げて金玉を締め上げているロンパリ検事のにいさんも、股ズレでぶのおばさん弁護人もご一緒に、さあさあ客席の皆さんもこんなものを観覧にいらっしゃるくらいですからどうせ暇でしょう、なんて粋でしたね、懐かしいなあ、あの判事の奥さんも実にいい女性だった、ホモのくせにあんな使い心地のいいお道具を備え付けて、遊びもしない上等なおもちゃを放置する意地の悪い子供みたいな旦那でしたが、優しいところもあったので、彼女好みの若い男なんかをたまの土産にしたんでしょう、そりゃ彼もわたしをさんざん使用しましたがね、若かったので白でも黒でも楽しかったですよ、それが今では殺意をもたれる番になったとは、忍び笑いを堪える訳もなく堪えていると横隔膜がクックックッと痛いくらいですよ、それじゃああなた、ぐずぐずしていないでささっとトリのお見立てをどうぞ」

「わたしぐずぐずなどしていませんよ、大人しくお二方の常より疾病のステージがグンと上がったのではないかという、羨ましい容疑を捨てにくい気持ちの入った噂ばなしを、いつ終わるんだろう、ひょっとするとわたしの人生では足りないのか、という不安にじっと堪え忍び拝聴しておりましたところ、さてやっと番が廻って手短にとおっしゃられると、どうもわたしの高座が軽く組まれているようで、寂しいようなくすぐったいような」

「そこでくすぐったいとはお加減がよろしくない、あなた噺をやるおつもりですか、いいですお好きなだけお話なさい」

「ところが力のこもった真剣な与太ばなしに飽き飽きするうちだんだんと、わたしのすっかり整備済みだった長調とも短調ともつかない調子妙なる中庸感をピタリと保った、特上阿片を思わせる由なし事がしなしなにヘタってしまい、これをもって技というべき適切且つ妥当な分量に計られたその絶妙な油分をすっかり抜かれてしまったようなのです、するとどうでしょう、あれほど素晴らしく我らの妄想をかきたてた、さらくちの胸、腿、くいつきの皮、そして主任の肝がまるで魅力のない、ただ炭化したちっぽけな肉塊に思えてきたのです、完璧に露光されたリバサルフィルムを新品のハロゲン球で塗り立ての大きな漂白剤入りスクリンへ眩い光こぼれんばかりに投影された夢のような映像が、ふと小さなシミを得るとジワジワ浸蝕され、やがて全面を犯しカサカサに色を失ってしまったというようなわけなのです」

「では乾物でも結構ですから音階妙なる中庸阿片であった作り話のサマリだけでもお聞かせください、音痴でもわたしにも責任の一端がある様子ですし今度は手前が我慢する番を務めましょう」

「いや駄目なんです、とても長いはなしだったんですが、これが思い出したくても忘れられないほどというか、忘れたくても思い出せないくらいすっかり忘却の河を下っていってしまいました、きれいさっぱりと、もういくら下流に目を凝らしても些々たる痕跡も認めません」

「そうですか、ではこれで御積もりといたしましょう、次の品評会ではあなた乾燥する前のハナに生きのいいところをお披露目下さい、実は然も見て来たかのように語っておいて今までの講釈は全体何だったんだと性分を疑われるでしょうが、わたし本日の献立はどれも地下の農場で刈り取ってきたか近所の鶏肉やで買ってきたのではないかとも思うのです、ここへの途次らすずらん通りの繁鳥の店先に、右手に鎌、左手には黄色いビニル袋の涎を垂らした酔眼朦朧たる男が揺れながら立っていたのですが、それがこの酔いつぶれている職人にそっくりだったのです」



 三人はいすゞフローリアンの個人タクシーで急ぎ新橋へ向かった。



 紫煙棚引くサラリーマンと学生で賑わう居酒屋はこの上なく快適で、レモンサワーは驚くほど美味く、ブロイラーの味は完璧だった。


 ひとおり、ふたあり、さんにん、それぞれ小用に立つとそれぎりだれも戻らず、ここに彼らの来店した記録はなく、世間に三名が来遊した記憶もない。

             
おわり

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