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タクシー・16

                   

丘を越え山は彼女を気づかい大回りに逆ハンを切り、下り坂はでんぐり返りながら二人して大笑いに笑い七日目に迷子になった、ちょうどいいやということで、まだパブロが十四ガラが七歳でしたが、あれっ云ってませんでしたか姪っ子の名前です、新月の晩だったので夫婦になり末永く、つつがなく、仲睦まじく暮らしたんです、それはいいとして二人に子があったかどうか、それからサルバ爺さんと従妹の間に実は子供があったのか、いや、やはりなかったのかということは史実にはっきりしていないんです、といってもオレは証明なんてガセネタはどうでもいいんだ、冷静に聞いて下さいよ、驚かないように深呼吸をして、いいですか、ある晩、これは七日月が沈む夜更けでした、子供が、三つくらいの子です、訪ねて来たんですオレの寝床に、坊やかお嬢ちゃんか判別しずらい面差し、でも二人の子だなとピリンときたんです、サル小町かパブガラかどっちの二人の子かって、それは曖昧で事によると乱交による混血かも知れません、四人のね、そのちびっ子がシクシク泣くんです、なにが悲しいんだいと眠いのをおさえて優しく訊くと、そこはあたいの寝床ですと云ってオレを見つめたその顔の中身ですよ、耳たぶの形状が十字の爺さんに、上唇のラインが従妹小町にまっくりそなんです、そればかりか雅な一重まぶたがパブ、富士びたい御髪の生え際と下唇のムレッとしたふくらみはガラと瓜二つ、あっ、会ったことあるのかなんて不粋な言いがかりはいけませんよ、いま話しの流れが乗ってきたところなんですから、それでその瓜がいま正に食べ頃に熟れたマクワ瓜なんですからこれが驚くまい事だとはどんなに厳しい師匠にだってオレは云わせる積もりはない、あんな名人然とした奴の高慢な態度を許しませんよまったく、こっちが大人しいのを頼みに出任せみた理屈で好き放題ガミガミと圧縮するんだ、こっちの事態も知らないくせ管理者然としやがってあの野郎、でもオレが腹を立てているのは連中無頼の式、明らかに出自を偽って正式ぶってることやド盲を隠して何からなにまでお見通しだと凄んだつもりの濁って焦点のバラけた目つきのことが中心じゃないんです、オレはマクワ瓜坊を目のあたりにして十字の爺さんとのホテストブラッライを確信したんだ、喜びだか悲しみだか恐怖だか、その中でもあくどいのがぶ厚いジェリ状になって体中をのたくり廻り凄い血圧で毛穴から真っ青な血潮がニュルリと漏れたんだ、ほんとは赤いんですがオレはそのとき目まで血の気が引いていて青く見えたんです、そんな内部事情を解れとは云わない、でもこいつは何か大そうな状況に窮しているんだと見て放ったらかしにしてくれたらいいんだ、師匠風情に保護、ましてや治療なんかやれる道理がないんだ、見放しておくのが筋ですよ、それを奴らはとっぴでもない側面からやいやい騒ぐ、その筋が悉く筋違いで、どれ一つとってもちっとも惜しくないコリコリの筋なんです、カスリもしないってやつです、あんまりしつこくって、ほれオレの耳はいつだって腫れぼったい、耳鼻科へ診せたって要領を得ませんよ、医学校ではこの手の患い方は扱いませんからね、耳のことはいいとして、オレはちゃんと知ってるんだ、十字蛮族は歴史テクストに納まった安全な読み物の中にあるんじゃない、いつだってその体温に触れられる吐息も間近なオレのすぐ隣にいるんだ、世界でも珍しい心の優しいスッポン達が甘噛みして吸い付いていると思ってもらえれば分かりやすいでしょう、ところが彼等は腕っこきの雷どもが団結したって決して離す事なんかできないほど芯の強いカメ達なんです、ただこれも大きな秘密ですよ、誰にも知られたくない隠し事です、いいですかオレはぼっちゃんが酔っ払いで、どうせ何でもかでも忘れちまうから安心して話せるという内心が少しもないではないにしても、決して鶏だから何知られたってかまやしないという怠け心はおそらくそれほど多くはないんですから聞いてくださいましよ、実はこの確信にはシミがあるんです、オレにしか判らない微かな汚れでも知らんぷりにして一点の曇りもない確信だと自信を漲らせている風を装い、両足をどうだっ、という心意気でデンと開き、背筋をピンと伸ばして腕を組み、どっしりと立てないわけがあるんだ、というのはぼっちゃんに今お話したオレの血統に就いて確信に到ったいきさつは理詰めですよね、理路整然っていうのかな、一つひとつ出来事を丁寧に、問題点、つまり思い違いをしていないか、自分の都合で事をねじっていないか等を冷静に用心深く精査し客観的を旨に、オレのでろりんっと溶けかかった脳味噌野郎めが納まった骨組み軀体だけでも堅牢であったなら世界中の芯が強いスッポンなんか猫の尻尾に月夜のカッパ面なんだがなあ、と思わないではないんですが、そんな人に云えない苦労を抱えながらもかなり鮮やかに曲論らしからぬ極論を展開しましたよね、ですから当然誰が聞いたって疑いが出よう筈がないという筈だったんです、オレは貧富貴賤を問わず頭の切れ味がはっきりした多くの人物を抽選会に招き当選を果たした幾人もの活力横溢男女のみならず生力老弱男女にまでこの横やり入れるを能わぬ精緻な推論を聞き手所有の脳髄の個性に合わせ解き明かしたところ、あ、当たり前ですが、秘密を明かすんですから納得感心しようが、あり得ないことですがよしんば反駁しようが当選者の奴らは処分するつもりでね、ええ、横も縦もやりは一切入らなかった、ところが誰一人として話しに取り合わないんだ、あそうなのやっぱりどんな歴史観も思想の自由に守られてるんだねとか、へえそりゃ大変だったじゃないか、一度専門家に相談してみたらいいよ、この頃のMRIってとこの看護婦はいい腕してるし腰高でおっぱいがデカいんだってさ、なんて云った者はいい方で、ところでこのごろ頭の調子はやっぱアレかい、と小指を立てたり、そういえばアントンガウデ通りにハード・ドラクラないい店を見つけたんだ、ポンプ専科でね、あぶりなんてハンパはお断り、とうしろなんか目を見りゃわかるって入れないんだ、やっぱり体が資本だよね、大切にしなきゃ、今度パキッとしに行ってみようよ、なんて云うんだ、もっと不真面目なのは、サウザンバンドル街のとばっ口にシスタ・ウィング・フラットがあるだろ、あすこの十一階がタッキー林さんちで猫がいるのは知ってるよな、あのキジ寅のさ、それがおとといから見てあさっての翌日に牡猫だてらに子を産んだんだ、七匹だよ、それが驚くじゃないか全員白地に赤ブチなのさ、あのうちは日系だから目出度いったらないよね、一匹あたり二三個の大きな斑点でね、おまえさんも早めにお祝いに行った方がいいよ、今日は暇かいこれから一緒にどうだい、なんてオレの最重要な告白を全く引き受けないんで無条件全員処分なんかどうでもよくなっちゃったんです、ぼっちゃんこの確信は正当ですよね、熟慮に熟考をピタリと重ね合わせ重箱の天井裏までひっくり返して隅がどこだか徹底的に調べ上げた末にとことん掘っくり返した上の結論に不良な箇所なんかないですよね鶏のぼっちゃん、ああ、でも不安なんです、シミの事がのべつ右小脳のぷくっとした膨らみに疼くんだ、寝ても覚めてもどっちでもなくても、あれっ左だったかな、まあその辺です、東方に仏っていうぶっ飛んだ目で坊主頭のくせに無理くりパンチパーマを焼いたのかいるでしょ、あれの半眼てのをまねしてみたんです、ストーンと落ちつくっていうんでんね、駄目でした、素人が薬品の力添えもなく自力でキマるわけないですよね、オレは運転師渡世でしょ、不安は大敵ですよ、ヨダレ垂らして注文と逆へ向かうと人が深刻な問題を抱えて考え込んでいるのも知らないで奴ら本気で怒るんだ、こっちはそれどころじゃないでしょ、客とドライブしている事なんかいちいち覚えてないですよ、ねえぼっちゃん、オレ一体どうしたらいいんでしょう、

  つづく

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