偽りの幸運

「それにしても、また随分と珍しい組み合わせじゃないか」

いつだったか呟いた台詞が、再びガクの口から吐き出される。
もっともあの時は3人での打ち合わせだった。
今回はまた、シチュエーションが違う。

「ええ、あの時のお礼を言いにね。ガク=ワンショット」

いやに長身で体格の良い男…いや、女?
まあ、どちらか、あるいはその両方か。
ガクに向けて笑顔を浮かべている。

相変わらずの表情の読めない笑顔だ。
霧に浮かぶ月のようにゆらゆらとした表情だ。

「それでわざわざ工房に?それは随分気の利いた話だね、エイビィさん」

ガクは椅子から立ち上がってエイビィを迎え入れた。
何はともあれ、この工房にはバーがある。
話をするならそこが良いだろう。

「せっかく来たんだから、何か飲んでいくと良い。もちろん、代金はあとでマッヒーが出すよ」

ー・・・


バーに移動し、二人は席をはさみ向かい合って座る。
目の前にはカップ。
温かい湯気とコーヒーの香りが部屋に舞う。
この時間から酒を飲むのは、まだ早そうだった。

「それで、お礼って言うのは・・・」

「もちろん、ストラトスフェア要塞攻略戦のことよ」

「お互いにレーダーを5基積んだ戦場?」

「そう。いや、違うけれど」

「思い出した。結局エイビィさんはレーダーを5基積んでいない」

「思い出すなら正確に。レーダーと頭をしっかり準備して搭載したあたしと違って、あなたは、全くレーダーを積んでいかなかった」

「いや、俺は硬質レーダーを積んでいた。自分の戦果より、自軍の戦況の事を考えられる男だから」

「『硬質レーダー』という名前に変えたパイルでしょう、それ」

そう言われてみればそうだった気がする。確かにあの時のアセンブルでは『ロスト・ワン』に硬質ダガーを2本にパイル3本……計5本の格闘武器を積んでいた。レーダーを5基積めるアセンブル枠があるはずも無い。いったい誰だ?レーダーを5基積むなんて言い出したのは。馬鹿馬鹿しい。

エイビィさんは苦笑し、大きく、ひとつ息をついた。

「あたしが、気の長いハイドラライダーで良かったわ。さもなければ、あなたのハイドラの頭部にレーダー替わりのパイルを突き立てていたかもしれない」とぼやく。

「冗談だろ?」
ガクは思わず言う。

「さあ、どうかしら」
そう言って笑みを浮かべるエイビィ。

「まあ、今日はお礼を言いにきたわけだからね。お互いの健闘でなんとか無事に生き延びることが出来たわけだし。何より面白い戦場だったわ。それに戦果も上々だった」

「そうだね。『ミサイルキャリアー』も結局エイビィさんが討ち取る形になったし」

「あれは、運が良かったわ。私の方にちょこっとだけ幸運が傾いた……」

「幸運ね。……そういえば、エイビィさんの機体名もそんな名前だったか。『ライスタック(『山積みの嘘』)』だっけ?」

「『ライズラック(『偽りの幸運』)』ね」

「そう、それだ。『偽りの幸運』。けど、面白い名前だ。自分の機体に『偽りの幸運』はわりと縁起が悪いように聞こえる」

「そうね」

エイビィは、ガクの言葉に頷きコーヒーを一口啜った。

「でも、結構あたしは気に入っているわ。あたしに合っている」

「『偽りの幸運』が?」

「ええ。嘘、偽りの上に成り立っている私にはぴったり」

エイビィは遠くを見るような目で呟く。

「そうなのか」

ガクもコーヒーを一口飲む。
しばらくの沈黙があった。

「この前」

ガクが口を開いた。

「俺は自宅でコーヒーを淹れる準備をしていたんだ。朝、コーヒーを飲むのは俺のルーティンワークでね。一日を迎えるにあたってのささやかな幸福の時間なわけだ」

ガクは目の前のカップを指さす。

「ところが、ある日の朝はいつもと違った。そう、砂糖を切らしていたんだ。コーヒーに入れる砂糖が無い。これは平和な幸福の時間に一筋の陰りを落とした。だって、そうだろう。コーヒーに落とす僅かな糖分。これが無くて、どうして人生を始められる?」

ガクは次に、傍にあるシュガーポットを指さす。
小さなガラスの小瓶。

「俺は部屋中を探し回った。ショップに出かける手もあるが、それは一日を始めるルーティンワークを済ましてからが好ましい。何故なら、家の外に出る事は一日の始まりを意味するから。

まあ、そんなこんなで俺は棚という棚を開けて、がさがさと探し始めたわけだ。残っている砂糖が無いかをね。そして、幸運なことにそれは見つかった。恐らく過去の俺が、砂糖を小分けにしていたんだろう。ガラスの小瓶。その中に目当てのものが入っていたんだ」

ガクはカップを手に持ち、ゆっくりとコーヒーを喉に落とす。
そして一息つくと再び話し始める。

「そして俺は意気揚々とテーブルに戻り、今しがた見つけた砂糖を少量カップに落とした。そして、コーヒーを口に含んだ」

ガクはそこで首を横に振った。

「けど、それが間違いだった」

「間違い?」

「ああ、その砂糖は恐るべき罠だったんだ」

「罠……ね」

エイビィはガクの話を面白そうに聞いている。

「そう、過去の俺が仕向けた刺客だ。人生において『過去』と言うのはたびたび厄介な難敵として人々の前に立ち塞がる」

ガクは大げさに肩を竦めた。
そして、一呼吸置くと再び話し始めた。

「塩だ」

ガクは重々しく呟く。

「俺が砂糖と思ってかき混ぜたのは塩だった。どうやら過去の俺は塩と砂糖を同じタイプの容器に入れていたらしい」

「ラベルも貼らずに?」

「ラベルも貼らずに」

単なる間抜けではないか。
エイビィに口にはその言葉が、すぐそこまで出かかっていたが、なんとか抑え込んだ。

ガクの話は続く。

「俺はコーヒーを吹きだした。コーヒーと間違えてソースを飲んだかと思ったよ。俺の一時の幸福は、過去からの刺客にしてやられたわけだ」

「あたしもしてやられるところだったわ。今このコーヒーを口に含んでいたら、吹き出していたかも」

エイビィは笑いながら言う。
ガクはエイビィを見る。

「つまり、エイビィさんもそういう事か?」

「……まさか、今の話から私に話が振られるとは思わなかったけど」

エイビィは急な話題の転換にうまくついてこれていない。
ガクは話し続ける。

「あの時の俺にとって、その時見つかった砂糖(塩)はまさに幸運だった。幸福なひと時を始めるには欠かせない。しかしそれは、偽りだった。そもそも砂糖では無かった。過去の俺が用意したささやかな罠。それはまさに……

『偽りの幸運』だった」

エイビィはぽかんとした顔をしている。
ガクの言葉はさらに続いた。

「つまり、エイビィさんの機体…『ライズラック』もその『偽りの幸運』と同じという事かい?」

ガクはいつもと同じ…いや、やや真剣みを帯びた声色でそれを聞く。
エイビィは呆気に取られていたが、やがて笑い出し…答えた。

「いや、全然違うわ」

そう言ってコーヒーを一口飲む。

「コーヒーに塩を入れられた経験はあるけどね」

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