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我慢した先にあるなにか


「好きなことして、生きていく。」






およそ誰もが耳にしたことのあるこのフレーズ


社会人になってから、この生き方に憧れて某SNSを生業として生計を立てたいと思う人の気持ちがわかるようになった




好きを仕事にしたいと思うのは当然、好きなことだけして生きていきたいと思うことは全然




だって1日8時間も苦痛に値する時間を過ごしたくない






そもそも、
多分、誰だって、好きなことだけをしていたい。




「不労所得」ってワードだけで大した勉強もせずに集まってくる人たちにローンを組ませて家を売り、数字を取る悪質な不動産業者、

ステマやら広告やらの「副業」で本業以上にラクに稼げることを売りにしたネズミ講、




騙す人が減らないのは、騙される人が多いから





働かないで富を得て、好きなことをしたい
みんなそう思う




生きるために働く私たちは
「私は今、何をしているんだろう」と思ったことが
一度はあると思う



世知辛い世の中で、やりたくもないことをして、お金をもらって税金納めて、またやりたくないことをする




何してんだろって思う。





今の自分を考える。










日々つらいと思うことをどうしてやらなきゃいけないんだろう、と、ふと思う事がある





この仕事選んだのは他の誰でもなく私なんだけど






向いてると思って始めた仕事なのに、平凡にミスもするし、うっかりやらかすこともあるし




つまりは、私も
人並みに日々をこなして人並みに稼いでいる。






でも、



これがやりたいことだから
好きに繋がることだから





多少の犠牲を払ってでも
ずっと続けたいって思う。




何か目標があって
それに向けて準備している期間





状況は変わらず、成果は出ず、
何もできていないようで吐きそうになる。











でも、その我慢からは逃げないで
向かって行かなきゃと思う




いずれ、好きなことが仕事に繋がるから







好きが仕事なら、働く意味を見出せる。
頭ではわかっているけど


一歩踏み出すことは、
想像も及ばないくらい本当に過酷






周りにどう思われているか、
家族や友人にどう思われるか、





でも、そんなこと気にしてたらキリがない
時間だけ流れる





私の尊敬する著名人が言っていた、
『我慢してやった先には何もない』
という言葉が、社会に出てからものすごく自分の中で支えになってる





こんなに優しい言葉があるんだと思った。

同時に、自分が何がしたいかを
考えるきっかけになった。








もちろん、多少は自我を制限してやらなければいけないことなんて山ほどある
というかその方が多い気がする。








今私がやっていることは
好きなことをするための下準備






目に見えないものにこそ価値があると思うから
水面下に潜ませつつ、今は日々をこなす






何にもならない我慢はしなくていいと思う







もう一つ、
やりたいことや成し遂げたいことについて





夢とか目標とかに位置付けられるものが
自分の中で価値を見出せるなら

それがどんなに小さくても、世間に知れ渡ることがなくても、それで十分だと思う






みんなが目にする世界が偉いわけじゃない
テレビに出てるような有名人が
必ずしも一番輝いているわけじゃない







それが自分の中で処理できれば、
きっともっとラクになる



こういう心大きく揺れる言葉に触れた時、
自分なりに考えて、解釈してみる。




背中を押してくれるのは
いつもほんの少し後ろ向きな言葉





『我慢してやった先には何もない』





この言葉から、諦めじゃなくて
優しさを感じられる
自分の感性を大切にしたいと思う







んー、そんなかんじ




明日も嫌いな早起きをします

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