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これって天罰?【聖書研究】

《はじめに》

華陽教会の聖書研究祈祷会のメッセージ部分のみをUPしています。購入しなくても全文読めます。

《聖 書》使徒言行録12:18〜25

日本聖書協会の「ホームページ等への聖書の引用について」に基づき、聖書の引用を適切な範囲内で行うため、聖書箇所のみ記載しています。該当する聖書箇所を「聖書本文検索」で「書名」と「章」まで入力し、「節」入力を省略すれば、章全体を参照できます。

《メッセージ》「これって天罰?」

イエス様の12使徒であったヤコブを殺し、続けてペトロも殺そうとしていたヘロデ王が、ティルスとシドンの式典の最中、突然、天使に撃たれて息絶えた……2行で出来事をまとめると、まさに「悪い人が天罰を受けた」出来事のように聞こえてきます。実際、「蛆に食い荒らされて」という表現は、迫害者の典型的な死に方として知られていました。
 
天罰を受ける……今でも、私たちはこれを恐れて、あるいは、誰かに起こることを期待して、世の中の出来事を見ています。悪いことをしたら神様が見ていて、突然、罰が下される。驕り高ぶって生きていたら、突然、天から懲らしめを受ける。自分にそのようなことが起きないよう、日々、気をつけて生きていこう。
 
そう思って、真面目に生きようとする一方で、こんな思いも出てきます。あの人が突然不幸に見舞われたのは、ついに天罰が下ったからだ。あの人もそのうち、天から懲らしめを受けるときがやってくる。その日を、今か、今かと待ってしまう。特に、誰かに虐げられ、不満を抱えているときは、この思いが強くなるでしょう。
 
ヤコブが殺され、ペトロも捕えられ、危うく殺されかけた初代教会の人々にとって、まさに、ヘロデの死も、天罰として期待してしまうものでした。ここまで、聖書を読み進めてきた読者にとっても、教会のある人々を迫害し、命まで奪ってきたからこそ、ついに天使に撃たれたのだと感じるでしょう。
 
ところが、この箇所をよく見ると、単純に、教会を迫害したから罰を受けた……という話ではないことが分かってきます。なぜなら、ヘロデが天使に撃たれたのは、自分の演説を聞いている人々に「神の声だ。人間の声ではない」と叫び続けられたことが直接の原因であるように読めるからです。
 
ヘロデは、ティルスとシドンの人々が自分を人間ではなく、神のように扱うことを止めませんでした。それが原因で、主の天使がヘロデを打ち倒し、蛆に食い荒らされて息絶えます。「神に栄光を帰さなかったからである」と理由が添えられているように、ヘロデの死は、教会を迫害したからというより、この地で自分が神のように振る舞ったからだと受け取れます。
 
なるほど、本当の神ではなく、自分自身を神としたから、神様に怒られて罰を受けた。イエス・キリストの父なる神こそ、本当の神だと分かるように、ヘロデは民の前で懲らしめられた。そのように捉える人が多いでしょう。しかし、果たして、これを見ていたその地の住民は、イエス・キリストの父なる神を信じるようになったんでしょうか?
 
20節に、ヘロデ王は、ティルスとシドンの住民に、ひどく腹を立てていたことが書かれていました。理由はおそらく、彼らとの経済問題だと言われています。ティルスとシドンは、ユダヤ人から見ると、異邦人の地で、異教の神々を拝むフェニキア人の町でした。フェニキア人は、昔から食料をパレスチナから輸入していましたが、ヘロデは彼らとの交易を制限してしまいます。
 
その理由は定かでありませんが、実を言うと、ヘロデ・アグリッパは、信心深い人間として称されており、エルサレムに偶像が建てられるのを止めに入ったり、律法に反することを咎められたら、素直に何が悪かったか聞こうとするなど、ユダヤ人からは比較的評価されている人間でした。
 
一方で、フェニキア人をはじめとするユダヤ人以外の人々からは人気がなく、ヘロデが死ぬと、複数の町で、それを祝う人たちがいたとも言われています。もしかしたら、ヘロデの政策は、偶像礼拝をする異邦人への経済制裁だったのかもしれません。だからこそ、和解を願い出た住民たちは、自分たちの神ではなく、ヘロデを神として扱うことで、経済制裁を解除してもらおうとしたのかもしれません。
 
ところが、ティルスとシドンの住民は、自分たちがヘロデを神のように扱った瞬間、天使によって彼が撃たれ、息絶えてしまったところを目撃します。彼らにとっても、それは天罰に見えたでしょうが、ヘロデの信じていた、ユダヤ人の神ではなく、もともと自分たちが礼拝していた、異教の神によって撃たれたように感じたのではないでしょうか?
 
ここで、神様が天罰としてヘロデ王を撃つことは、ティルスとシドンの住民が、本当の神である自分を信じるようになることより、彼らがもともと礼拝していた偶像の神を再び信じるようになる……そんなリスクを伴います。実際、住民にとっては、偶像礼拝をする自分たちへの経済制裁をしていた王が、神として扱われた途端に殺されたんですから、もともと自分たちの持っていた信仰を邪魔する男が天罰を受けたように見えたでしょう。
 
もともと、本当の神を信じていた多くのユダヤ人から見ても、迫害を受けていた教会の人々から見ても、この天罰は「自分たちのために神が行ったもの」とは言えないことが分かってきます。むしろ、異教の神を信仰していた、偶像礼拝をしていた住民たちが、異なる信仰を持ち続けるリスクがあるにもかかわらず、神様から憐れみを受け、暴君から救われてしまった話に見えるでしょう。
 
現在でも、どこかで災害が起こる度に、わざわざその土地の人々に向かって「あなたがたが災いを受けたのは、その不信仰に神が怒ったからだ」と説教にくる人たちがいます。天罰は、本当の神を礼拝しない、不信仰な者に対して下されると語ってきます。しかし、神様は自分を信じる暴君から、自分を信じない異邦人を守るために、天使を遣わしたこともありました。
 
さらに、ショッキングなことに、ティルスとシドンの住民の前で、ヘロデが打ち倒されたあと、「神の言葉はますます栄え、広がって行った」ことが記されます。先ほども言ったように、その地の住民にとって、この天罰は、もともと自分たちが礼拝していた異教の神からユダヤ人のヘロデが撃たれたように見えたと思われる出来事でした。
 
にもかかわらず、ヘロデが腹を立て、ユダヤ人が忌み嫌っていたフェニキア人の間で、本当の神の言葉がますます栄え、広がって行ったと書かれるんです。もともと、不信仰だと思われていた人たちが、本当の信仰を持つことができないと思われていた人たちが、信心深いと評されていたヘロデに代わって、神の言葉を栄えさせ、広げていきます。
 
ヘロデ王の急死について書かれた記事は、教会を迫害する者への天罰ではなく、教会と同じく迫害されていた異邦人が、本当の神に助けられ、神の言葉を広げていく、教会の仲間となった出来事を証しています。フェニキア人が仲間になる……信仰共同体に加えられる……カイサリアとアンティオキアに続き、シドンとティルスで起きた出来事も、教会にとって信じられない、衝撃的なことだったでしょう。
 
神様は、信じられない変化を私たちの間にもたらします。ときに、それは私たちにとって都合が悪く、受け入れ難く感じられます。すぐにはついていけないこともあります。しかし、目まぐるしい変化の中、初代教会が歩みを止めなかったように、現代の私たちも、ただ混乱し、戸惑うだけでは終わりません。神の言葉はますます栄え、広がっていきます。
 
共に、天から新たに仲間へ加えられた人々を見つめましょう。かつて腹を立てていた相手に、かつて不信仰だと思っていた相手に、かつて仲間になれないと思っていた相手に、大いなる助けと導きをもたらし、私たちにも変わる勇気を与えてくださるイエス様に、聖霊を求めて祈りましょう。

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柳本伸良@物書き牧師のアカウントです。聖書やキリスト教に興味のある人がサラッと読める記事を心掛けています。サポート以外にもフォローなどお気持ちのままによろしくお願いします。質問・お問い合わせはプロフィール記載のマシュマロ、質問箱、Twitter DM で受け付けています。