日本共産党は「国民の党」となることで安全になった

本当にガバガバに書いています。文献の提示もめんどくさいのでしてません。

本来であれば、わしもカネがほしいので「共産党はテロ組織暴力革命こわい~」とかなんとか書けば(そこそこ資料も持っている)いいのかもしれないのですが、あいにくそうもいかないので、正直に自分の認識を書くことにします(いつも書いているつもりですが)。

言うまでもなく、日本共産党は階級政党です。しかし、同時に日本国民の利益を代表する政党でもあるのです(ウソつけ、共産党周辺にはパヨクだけだろとかいいたい方もいるかも知れませんが、しばしお付き合いください)。元来、『共産党宣言』を採用する立場であれば、「労働者は祖国を持たない」はずなのですが、旧ソ連や中国や北朝鮮やらでは、実際に「労働者祖国」「労働者国家」を建設してしまったので、彼らならではの思想(ものすごくガバガバに申しますと、この手の思想のことを批判的に申しますと「スターリン主義」と呼びます)を受容するのであれば、「祖国」は、あるはあるわけです。「祖国」がある以上は、当然、それに帰属しているという意識を持っている「国民」もいるわけです。中華人民共和国や朝鮮民主主義人民共和国の国籍を持ち、自国を熱烈に愛しているひとたちがそうです。

一方で、日本みたいに長い歴史を有する人民・民族であれば、たとえ一度も政権を掌握した歴史がなくとも、「国民」という概念を共有することは、決して不自然なことではありません。事実、中学の授業で「モルダウ」を聞かされた場合ですともしかしたら「国民主義」という用語について言及されるかもしれませんが、こういった場合の「国民」とは人民・民衆の側からという部分を強調したうえで「国」を云々する、という意味があります。事実、朝鮮人ナショナリストさんはやたら白頭山を強調したりしますが、日本人が富士山をやたら愛するのと似たようなものなのだと言えましょう。

で、「国民」という用語なのですが、世界帝国をこさえてのけたところは例外ですが、単一民族国家、或いはとある民族が圧倒的に強いという、ほぼ単一民族国家の場合ですと、「民族」と「国民」はほぼ同じ意味として使われたりもします(いい悪いの判斷は、めんどくさいので言及しません)。

雑多な多民族国家を運営する場合、中心となる人物、或いは構成する人間と集団が必要となります。前者については「皇帝」がそれを担当し、後者については「大ロシア主義」の標本として機能した「ロシア人」や、はたまた中華人民共和国のナショナリズムを構成するに欠かせない「中華民族」あたりが該当するでしょう。

かつて中共は「我々は決して覇権を求めない」などと申しておりましたが、昨今ではちっとも信用されておりません。「一帯一路」云々も、おそらくは中国覇権主義という文脈で理解されていることでしょう。そういう状態ゆえ、今の中華人民共和国はさっぱり信用されていないようですが、それにはちゃんと理由があります。それは、かつての中国共産党が世界中に、ときには極めて乱暴な形で「毛沢東思想」を押し付けていた、いわゆる「前科者」であるうえ、今現在の中国をみてもやはり「中国は覇権を求めているようにしか見えない」とする人々が多いからです。

ここで少しめんどくさいのは、旧ソ連の大部分を占めていたロシアも中国も、かつては覇権を求める大帝国であったということと、共産主義革命の拠点であったという、少なくとも2つの面を有している(或いは、いた)、ということです。そもそも、共産主義革命というものは、全世界的な規模においてはじめて成功するものであり、根拠地をかまえることや、スターリンが提唱した一国社会主義といったものは、永続的なシステムではありえません。いずれにせよ、革命は全世界に波及させるものであり、周辺諸国との力関係などには当然左右されますが、国際法で言うところの「侵略」なぞも当然含み得ます。

もちろん、周辺国の国民がすんなり共産主義革命を採用するのであれば話はあるい程度は簡単なのですが、反革命の人々がすんなりそれを受容するかどうかは、普通は暴力革命を伴ったりするものですが、その具体的な形とんりますと、そのときにならないとわからないわけです。

ひるがえって、そんなこんなで、我らが日本共産党ですが、同党は先に申しましたように労働者政党であると同時に、階級を超えた国民の政党という面を有しております(大多数の国民に基盤を置いているとは言いません)し、外国の革命の仕方にまでいちいち干渉しているようにも見えません。現在の日本共産党は中国を激しく批判していますが、せいぜいで「人権」や「国際法」云々であり、社会主義理論についてについては深くは言及しているようには見えません。そもそも社会主義理論なぞについて論理的に批判することはあっても、それを強制する能力など、日本共産党はもってはおりません。そういう部分でもしも日本共産党が国際的に危険なものになるとしたら、政権を掌握後、日本ナショナリズムと強固に結合するか、或いは現在の地位にあっても、与党に反対することを徹底的にやめるかとなるように見えますが、あいにくそうとまでは言えないように見えます。

また、今の日本共産党は、他の市民主義政党よりは遥かに組織的に強固な運動体であるとは言えるかもしれませんが、年配のベテラン党員とかはまだしも、最近は党員の間ですら綱領と規約をきちんと理解していない人間が増えているそうです。以下紹介しますものには、党員ではないひとたちの発言も含まれますが、ひどいのになりますと、これはあくまでも支持者や「JCPサポーター」といったひとびとも含まれますが、中には「日本共産党は共産主義者ではありません」「社会主義社会・共産主義社会を目指していません」、ひどいのになると「レーニンは暴力革命を提唱していません」などと抜かすのがおりました。要するに共産党は一部支持者の間ですら共産主義者だとも思われておらず、中には「「共産党」という名前はイメージが悪いから変えたほうがいい」と言うひとすらおります。こういう党に入っても、普通は「さあ、赤旗掲げて暴力革命だエイエイオー!!」とはならないでしょうし、そもそも彼らがなんで公安から監視されているのかもピンとこないひともいるでしょう。

そういう次第でして、以上のような一部支持者の発言を見ていると、かなりアタマが痛くなってもくるのですが、今の日本共産党は入党も離党も簡単にはなってきていますし、別に今すぐ社会主義を目指すという政党でもゲバ棒を爆弾を使って官憲と対峙するような政党ではありません。ましてや支持者レベルであれば、せいぜいで「理屈はさっぱりわからないけどとにかく平和」とか「とにかく福祉充実」「環境保護」「添加物反対・自然派」とか、はたまた「差別反対」(ただし、共産党周辺の「反差別」界隈には解同や極左みたいなのも目立つ、という批判もありますが…)みたいな、せいぜいでそういう理由で支持している人間もおり、党としてはそういう人間の存在も無視できないわけです。

そんな共産党員の中で、腕っぷしが強い方というと、党の幹部を警護する方や、共産党系の警備会社の方がそうでしょう。しかし彼らはその性質上、暴力革命の主体にはなりえないでしょう。

こういうひとたちに支持され、支えられている政党がもしもそのままの状態であるのなら、暴力革命はおろか、社会主義革命ですら当面は遠い遠い未来のことなんじゃないんですかねえ…。

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