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18_「わたしが一心に志すのは、人々がアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神のもとに来て救われるように、説き勧めることである。したがって…俗世の人々にとって喜ばしいことを書き記さないで、神にとって喜ばしいことや、俗世のものでない人々にとって喜ばしいことを書き記す。」(1ニーファイ6:4〜5)

このメッセージは、一貫して『モルモン書』のテーマで、度々、預言者や記録者が思い起こさせてくれます。特にここでニーファイは、「一心に志すのは」という語句を使っていますが、英語では「the fulness of mine intent」となっており、特別な思いがあったようです。ここでニーファイが指摘しています「アブラハム,イサク,ヤコブの神」とは、イスラエルの民と契約したエホバのことを表しています。ということは、旧約の神であるエホバであったイエス・キリストを示すものなのです。 

モルモン書を書いた預言者や記録者たちの目的は、人々がイエス・キリストのもとに来て、イエス・キリストを信じて、救いを得るように説き勧めることでした。

エズラ・タフト・ベンソン大管長は次のように語っておられます。

「モルモン書は……人々をキリストのもとに導いています。……モルモン書は,キリストとその福音について率直に告げています。モルモン書はイエス・キリストが神の御子であられること,またわたしたちに贖い主の必要性, 主に信頼を置く必要性について証しています。さらに,堕落と贖罪と福音の第一の原則についても証しています。その中には,打ち砕かれた心と悔いる霊を持つことと,御霊によって生まれることの必要性も説かれています。また,わたしたちは義にかなって終わりまで堪え忍び,聖徒として徳高い生活を送らなければならないことも教えています。」

(『聖徒の道』1988年5月号,p.3)

また、ニール・L・アンダーセン長老は次のように語っておられます。

「…わたしたちの居るこの時代は予想できなかった日々ではありません。主はわたしたちのために霊の安全を用意しておられます。…主は邪悪な世にあって,義にかなった状態を進んで保とうとする人々に,さらに力を増し加えてくださいます。」

〔中央幹部との夕べ,2014年2月28日〕

リチャード・G・スコット長老も,次のように語っておられます。

「…この世で生活しながらも,邪悪な人々がまき散らす劣悪な力に負けない方法を主は用意しておられます。天の御父がわたしたちを守るために作られた幸福の計画に従うことにより,徳高く,創造的で,義にかなった生活を送ることができます。それは聖文と神の預言者たちが霊感によって宣言した言葉の中に見られます。」

(『リアホナ』2004年5月号,100-102)

*ニーファイが心を込めて、わたしたちのために残してくれた記録『モルモン書』はまさに、救い主・贖い主としてのイエス様のもとに行って頼ることを通して、わたしたちの「霊の安全」を保つ方法であり、この世において「義にかなった状態」と「力」を増しくわえる方法だといえます。


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