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49_「主はシオンを慰め、すべてその荒れた所を慰められる。主はその荒れ野をエデンのようにし、その砂漠を主の園のようにされる。そこには喜びと楽しみがあり、感謝と歌声がある。」(2ニーファイ8:3)

ソルトレイクシティのダウンタウンから15分くらいのところに「ディス・イズ・ザ・プレイス・ヘリテージ・パーク」があります。ここは、1847年にブリガム・ヤング大管長が、開拓者の一団を山の頂に導いて、その上から当時はまだ荒れ野であったソルトレークの盆地に臨んでこの聖句を語り、その将来を予言されたところです。公園の展望台からソルトレークの街並みを見ると確かにこの予言が成就しているということを思わずにはいられません。
 
インスティテュートの生徒用教材には次のような記事があります。

2 ニーファイ 8 章で引用されているイザヤの預言は, 末日におけるイスラエルの集合について述べたものです。「主はシオンを慰め…その荒れ野をエデンのように」することを約束された(3節)。 主は彼らに「人のそしりを恐れるな」と警告された (7節)。 主は「主に贖われた者は帰って来ます。歌いながらシオンに帰って来ます」と約束された(11節)。 主は彼らを「〔主〕の手の陰であなたを覆」われる(16節)。 初期の聖徒たちはイザヤのこの預言とそのほかの預言に慰めを見いだした。

エズラ・タフト・ベンソン大管長(1899-1994年)は,わたしたちの父祖がイスラエルの集合に関するイザヤのこれらの預言の成就に参加していたと説明した。
「わたしたちの父祖は…主にあって力強く, 勇気があり,主が自分たちの防御であり,避け所であり,救いであることを知っていました。彼らはこの信仰に力を得て,心に願い求めていた。独立,節約,骨身を惜しまず誠実に働くことを大切にしていました。状況が好転してからも,『さばく〔を〕さふらんのように』花咲かせる努力の手を休めなかったと歴史は記録しています。彼らの信仰は自分たちの時代である終わりの時に関するイザヤのすばらしい二つの預言に勇気づけられていました。その一つは『荒野と,かわいた地とは楽しみ,さばくは喜びて花咲き,さふらんのように 』(イザヤ 35:1)とイザヤが宣言したことでした。さらに『主はシオンを慰め,またそのすべて荒れた所を慰めて,その荒野をエデンのように,そのさばくを主の園のようにされる。こうして,その中に喜びと楽しみとがあり,感謝と歌の声とがある』(イザヤ 51 : 3; 2ニーファイ8:3 )と語ったことでした。肉の目に映っていたのは自分たちの丸太小屋と眼下の状況だけでしたが,彼らはミカの言葉が成就する日を思い描いていました。『末の日になって,主の家の山はもろもろの山のかしらとして堅く立てられ〔る〕…。』(ミカ4:1-2)
わたしたちはこれらの驚くべき預言が成就するのを目撃してきました。」(Ezra Taft Benson ”This Nation Shall Endure”〔1977年〕, p.42)

『モルモン書 インスティテュート生徒用教材』p.60

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