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夢中になった人

あの夏私が夢中になっていた男の子は、
寒くなったせいなのか、あまり輝いて見えなかった。

久しぶりに連絡が来てからダラダラとやりとりをして1ヶ月。もちろんデートなんてものではなく、彼の家で飲むことになった。
引っ越したての記憶で止まっていた部屋は、空間に対して少し大きめのベッドが置かれ、床におかれていた電子レンジは棚の上におかれ、生活が感じられるようになっていた。偶然にもベッドは私と同じもので、以前の私ならその運命的な展開に大興奮していたところだけど、案外ときめかなかったことに驚いた。

いつも通り彼は先に飲んでいて、いつも通り部屋は電子タバコの独特な匂いで溢れていて、いつも通りテレビ番組とYouTubeが同時に垂れ流されていた。テレビは見てないと言っていたけれど、毎回テレビはマストでついているので音がないと寂しいと感じるタイプなのかもしれない。もちろんそんなことも話したことはないので真相はわからない。

久しぶりにあって何か話したいことがあったのに、部屋に来たら夏の記憶に思考を持っていかれて全て忘れてしまった。
ふとベッド脇に目をやると私が貸したままになっていた本が置かれていた。
以前好きな本の話になって、彼が興味のあるような反応をしめしたので、私は尻尾をぶんぶん振って貸した。が、貸した時の反応は若干戸惑っていて、きっと会話の流れや建前で言ったことだったんだろうと私は悟った記憶がある。本のことも忘れていたし、もう捨てられたものだと思っていたが、まだここにあるし、今さっきまで読んでいたような置かれ方をしている。思わず意図を探ってしまった。
彼のことだから、ちゃんと読んでるよ、という私への思わせぶりかもしれない。あるいは今日私が気づいて、それが会話の種になるように用意したのかもしれない。数秒考えて、触れないことにした。読んでない雰囲気を出されて会話も秒で終わるような気がしたから。そんなことになったら、彼にしてやられただけになってしまう。
あとはこのまま触れずに持っていてくれれば、見るたび私を思い出すかもしれないという未練がましい気持ちも少しはあった。だからと言って何かが発展するわけでもないのだけれど。

彼は前より、輝いて見えなかった。
疲れていた様子もあったのかもしれないが、私の気持ちが変わったことが一番大きかったのだと思う。未練がましい気持ちが少しは残るものの、会わないうちにこの人の気持ちをどうにかしたい。私への関心を増やしたい。興味を引きたい。そんな気持ちがいつの間にかなくなっていた。会えばまた芽を出すのかなと思っていたがそうでもなかった。多分今日が最後になるんだろうな〜と思いながらいつもより多めに顔を見て話してみた。肌荒れがひどくなっていることに気がつき、少し心配になった。日々の激務や、部屋の隅にまとめられた大量の空き缶からおそらく健康的な生活でないことが伺えた。心配する立場でもないのに、気をつけてほしいなと思ってしまった。

相変わらず話は自分語りが多いし、私の話には興味もないけれど、やっぱり仕事の話になると楽しそうにするのがよかった。大変なはずなのに、好きなことで仕事をしている彼はキラキラしていて、そこがいちばん尊敬しているところだった。いいところだな〜と思うのはだけはあの時の私と一緒だった。素敵なところだよねっていつかは伝えたいなと思いつつ、言ったところで何かが変わる気もしなくてまだ言えていないし、このまま言えずに終わるのだろう。

次の日、言いたかったことを思い出した。
最後に会った日、通販で頼んだお香に付属でついていた方をいらないからあげると言ってくれた。その匂いが思ったより私好みだったということを伝えたかったのだ。今思えば、私の話に興味もない彼に、お香をあげたことすら記憶になさそうな彼に、話したところでこれこそ何かが変わるものではなかったと思う。ただ、あなたが本をトリガーに私を思い出すかもしれないのと一緒で、私にもあなたのトリガーがあるんだよということを伝えたかったのかもしれない。

ここに書き残しておこうかなと思うくらいにはまだ未練があるみたいだけど。




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