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「競艇の蟻地獄」から抜け出すために


 セロトニンの分泌が足りていない皆様、こんばんは。今日も負けましたか。大丈夫、私も負けました。
 競艇って面白いですよね。「冷静に」などと自分によく言い聞かせますが、そんなに事は単純ではありません。競艇にはアツくなる要素がてんこもりだからです。
 毎日行われている。丸の内線くらいの間隔で行われている。選手のミスが多い。抜かれて外れるわりに抜いて当たってはくれない。そうかと思えばツンデレのような的中がある。フライングの理不尽。転覆の不条理。いくらでも思いつきます。どれも対策のしようがありません。困ったもんだ。
 しかし、競艇に特有の「決定的なハマり要素」については、実はコントロールすることができるのです。それはいったい何でしょうか。


 まぁこの後も平然と賭け続けたんですけど、このレースはなかなかキツかったです。⑤待鳥がしっかり消える1Mにガッツポーズしたのも束の間、肝心の③木下が2Mでオーバーターン、ヒモ決着で中配当を獲り逃し。
 よくある光景ですよね。軸選手のミス、ターンマークの攻防戦のマギレ、ニアミスする買い目。これが「よくある光景」なのが諸悪の根源なのですから、皮肉なものです。

 ケンブリッジ大学のルーク・クラークらによる研究をご紹介します。脳神経の突っ込んだ説明は割愛して、要点だけを引用させてください。

 スロットマシンタスクの結果に対する主観的な反応を測定することで、これらのヒヤリハット体験をより適切に特徴付けることができました。ニアミスはフルミスよりも不快であると評価されましたが、同時にゲームをプレイしたいという欲求を高めたのです。

Gambling Near-Misses Enhance Motivation to Gamble and Recruit Win-Related Brain Circuitry

 要するに、惜しいという経験が人をよりギャンブルにハマらせるのです。的中したときよりも、寸前のところで的中がすり抜けていく経験の方が、人を興奮させるという科学的結果です。

 競艇は「惜しい」の連続です。ためしに、逃げから4点買ったとしましょう。私の例にならって、多摩川5Rで〔1-3=24〕を買って眺めてみます。これ、当たるよりも「惜しい」の方が多そうじゃないですか?
 結果となった1-2-4は当然ですが、1-2-5だって2-1-34だって、3-1-4だって「惜しい」でしょう。1-4-23で回っていて待鳥が捌いて1-4-5、これも惜しい。それは当然です。買った出目の的中期待値が50%を超えていない限り、不的中を経験する確率の方が高い。そして競艇は120通りしかないが故に、その不的中の中に「惜しい不的中」も多いというわけです。

 そしてタチが悪いことに、競艇に慣れてくるにつれて「惜しい」が増えていきます。事象として増えていくだけでなく、惜しいと認識する幅も広がってしまうのです。
 始めた頃は、2Mの攻防戦なんてロクに理解できないでしょう。しかし、だんだん「あそこでこうしてくれていれば」という風に考えられるようになります。行かせて差せばいいのに握って膨らむ。ああ、惜しい。舳先を若干かけてしまったが故に包まれて沈む。ああ、惜しい。
 経験を積めば積むほど、冷静さを欠いてしまう矛盾。競艇に内在しているのはそういったロジックです。

 ここから得られる教訓があります。惜しいと思ってしまうと、次のレースで冷静なベッティングができない恐れがある。それなら、惜しいだなんて思わなければいいのです。
 惜しい事象を目の当たりにして「いやいやこれは惜しかったわけじゃない」と言い聞かせるのは、まぁライフハック系の記事がよく推奨しそうな精神論ですが、人間はそこまで理知的な生き物ではありません。心は騙せないってやつです。
 だから、認識を転換しましょう。
 結果が出る前に「惜しい」とは思いませんよね。当たり前です。結果が出てから反実仮想をしないと「惜しい」という認知は生まれません。だったら、結果が出る前に自分の認知を完了させればいい。つまり、賭けた時点でそのレースは終わったものと考えるのです。
 もちろん、レースを観たって構いません。しかし目の前で行われているレースは、あなたのギャンブルとは無関係の事象です。あなたのギャンブルは購入時点で終了しました。終了したことに気をとられるのは無駄です。
 この認知転換をすれば、惜しいもクソもないし、ドンピシャの的中も、興奮に伴う快楽もなくなります。依存とは真っ向から対立する「理性」です。ここまで考えてようやく獲得できる、貴重な理性。

 さあ、そこから先は次の地獄です。どれだけ自分のベッティングを信じ切れるか。正解の見えない長い旅路が始まります。ただ、あなたは蟻地獄にいたときと違って、背筋を伸ばして真っすぐ歩くことができるのです。
 少し前を歩いているので、追いかけてきてください。私が木下の体たらくにイラついているうちに、颯爽と追い抜けるかもしれません。



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■Reference

※論文はこちら。


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