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【なんでもやりたい屋】#005

2021/01/22-24 晴/曇/雨
依頼者:川尻哲也 様
場所:東京都調布市深大寺・個人宅
内容:ハウスクリーニング

前回ストーブ設置に同行させていただいた川尻さんから「次の依頼案件(笑)」とメッセージが来たのは、書き上げた実施報告書を送信して直ぐの返信だった。なんとも嬉しい連鎖だ。内容は、調布の深大寺にある友人宅の二階建て一軒屋丸ごとのハウスクリーニング。その川尻さんの友人は震災以降ドイツ人の夫とドイツへ移り住んでいて、その間持ち家を貸に出しているらしく今回は次の入居前のハウスクリーニングを頼めないか?というものだ。もちろん僕はハウスクリーニングなんてやった事もなくて、ちゃんと専門業者がいる分野だし荷が重いなあと思ったが、聞くと家主さん的には環境に優しいエコな洗剤を使用して欲しくて、しかも近々に次の人の入居日で、年末だしコロナだし直ぐにそんな業者は探せない。ならばやりますか!と川尻さんが受け持って僕に話を流してくれた経緯だ。 僕はとりあえず「川尻さんの元でならやりますよー!笑」と、不安を残しつつ返事をした。
年が明け、川尻さんから家屋の写真とハウスクリーニングの日程決定のメッセージが送られてきた。添付された写真には別荘ですか?と胸が鳴る素敵な家が映っていた。1/22~24の3日間の作業となった。自分の家でも1日中掃除をしたことが無いのに3日間みっちり家の掃除をするなんて想像がつかない。 1/12、打ち合わせを兼ねて川尻さんの事務所へ。家主である川尻さんの友人クラーセンさんは、アフリカの地 域・紛争・平和研究の研究者で国際関係学の博士でもある。「人間的に立派なんです!」と川尻さんの紹介があ り、既に天然由来の洗剤(ナチュロン)や床用の蜜蝋ワックス(BIVOS)、ウッドデッキ用のオイルステイン (OSMO)など買い揃えていた。「3日間でいけますかね~」とざっくり工程を確認し、当日は8:30現地集合となった。


1日目

5:30、布団からの二度寝の誘惑を拒絶して起床。前日GoogleMapで深大寺までのルートを調べると高速でも下道でも2時間を超えることが予想された為、6:00に家を出る。車が故障しているので代車のショッキンググリーンの軽自動車で向かう。車のフロントガラスはこれから凍る所の様で夜露はまだ柔らかい。狭山からは所沢を抜け、村山、小金井、三鷹、調布という平日の朝一番通りたく無いルートだ。所沢辺りで空が赤くなり、車も増えてきた。それに伴ってGoogleMapは玄人の軽バンの後を追う様に無茶な道ばかりを通す。なぜ所沢の道はいつも混むのだろう、大嫌いだ。覚えていられない細い道(最後は、軽がギリギリといった墓の中を通らされた) をウネウネ回って、8:00丁度に現場についた。軽の代車じゃ無かったらどうすんだGoogleMap! 川尻さんに到着の連絡を入れると「調布降り口で大渋滞です」との返信。高速で来なくて良かったと思いなが ら、深大寺まで散歩をする。初めて来た深大寺は蕎麦が有名とは知っていたが参道沿いには蕎麦屋しかないのか?というほどに蕎麦屋がある。丁度小学生の登校時間に重なり、大量の黄色い帽子の中を目を合わせない様に (疾しい事は無いのだけれど世知辛い)散策する。清水が流れる水路で葉っぱを流して遊んでいるグループやジグザグ歩行で皆んなを邪魔するグループ、子供たちの朝の会話を横耳にあっという間に深大寺の門を潜ると【豆まき式中止のお知らせ】と書かれた看板にもう節分かと、お堂へ向かう。
賽銭をして現場へ戻る。深大寺から徒歩2,3分の所にあるこの家は、黒いガルバニウムと茶色い木板で覆った家 屋とウッドデッキ、広い庭は土が剥き出しで実を付けた樹々が覆いメジロなど小鳥が囀っていて、森の延長という趣がある。
庭を横切るパンパンに肥った猫を横目にウッドデッキの掃き掃除をしていると、「あの信号は設計ミスだよ~」と調布インターの信号一つに25分待たされた川尻さんが到着した。家の鍵を開け、トラックからお掃除道具など積み降ろし、水道の元栓を開ける。すると「お湯が使えた方が良いよね~」とガス給湯器を見に行った川尻さんが「凍結して管が爆発してる!」と不動産屋に電話しながら戻ってきた。原因は電気の回線が切られていたことによるものらしい。気を取り直して、今日の段取りを話し合う。明日の天気が怪しいから快晴の今日は外周りを
全て終わらせてしまおう。という事で僕はウッドデッキにOSMOを塗る作業から始める。先ず落ち葉と鳥のフンなど濡れ雑巾で擦り、天日で乾かす。乾かしている間に木板の外壁と軒先裏のカビ掃除。雨樋は葉っぱなど詰まっていなく て綺麗だったので手はつけなかった。途中、「当たっちゃったよ~」と近くの自販機で当たりを引いた川尻さんがコーヒーを持ってきてくれた。暖かな日差しであっという間にウッドデッキは乾き、ウエスに染み込ませたOSMOを塗 り込む。川尻さんは家の中にある大型でスタイリッシュなドイツ製のペレットストーブの分解清掃中だ。設定を弄りながら「言語選択がドイツ語しかねぇー よぉー」と言いながらもお互い作業が丁度正午にひと段落ついた。
お昼にしようという事で、流石に深大寺に来ての中華縛り(vol.003参照)は回避され、細長い駐車スペースを抜けて細い道を挟んだ隣の「玉喜」という蕎麦屋へ行くことに。正面入り口ではなく生垣の切れ目から玉喜へ入っ て行く。暖簾を潜ると顔見知りなのか、川尻さんは女将さんと今日の現場の掃除の話をしていた。お腹が空いていたので、川尻さんと同じ普段頼まない天ぷら蕎麦(大盛り)にした。初めて食べる深大寺蕎麦はコシが強く好みの味で、 久しぶりに食べた天ぷらは揚げたてサクサクで頬が浮く。 川尻さんがお会計を済ませながら、「ドイツへお手紙送ったけどまだ返事がないのよ~」と女将さん。二人は暫しクラーセンさんを話題にしていた。会話か らクラーセンさんの人柄が伝わってくる。そんな会話を僕はレジ前にあったスマホ型にデザインされた蕎麦屋マップを手にとってパラパラとめくって盗み聞きしていた。
お昼休みに僕は、深大寺参道にあったそば饅頭を買ってきた。「これは酒饅頭だ」と二人で蕎麦の香りをあまり感じられずに頬張り、入れ替わりに川尻さんは深大寺へお参りに行った。 休憩を終えて、午後は木板へOSMOを塗り込む。川尻さんはエントランスのコンクリートに付いた汚れをケルヒャーで落としていく。次いでに網戸を全て外してケルヒャーで汚れを飛ばした。そう言えば、と思い明日の為にガスコンロと換気扇を重曹漬けにして置く事にした。一抹の可能性を抱き、川尻さんが以前ヤフオクで落としたけど一度も使っていないと言うケルヒャーのスチームを
換気扇の油汚れに使ってみたが、あまり効果無くやはり重曹漬けへ。 空が暗くなり始めた頃、いつの間にか家の中にストーブの火が入り、川尻さんはFaceTimeで向こうは朝の8:00というドイツのクラーセンさんと会話をしていた。 17:30、目標通り外周りを終え本日の作業が完了した。


2日目

8:00に現場に到着。土曜日の今日は、雪予報もあってかやはり道路が空いていた。本日不在の川尻さんに到着の連絡を入れ、「3日間お参りしたら良いことあるんじゃない?」と冗談交じりに川尻さんが言った通り、今日も一先ず深大寺へお参りに行くことにした。坊さんが石畳を掃いている中、昨日までの初詣用に仮設されたお堂のバリケードが撤去された本堂で賽銭を投げる。
現場に戻り今日のやるべき事を整理する。キッチンのガス台周りと全窓掃除、2階の床ワックス掛けまで行けたら良いなという感じで、ガス台から取り掛かる。 埋め込み式の土鍋専用コンロまで付いたお洒落なキッチンカウンターの高さは身長177cmの僕のヘソ上にあり、昨日川尻さんの言った「おままごとしてるみたい」という言葉がしっくりきた。ガス台は五徳部分を中心に油コゲがビッタリ付いている。昨日、取り外せるパーツを重曹に漬け置きしておいたのだが、サラッと汚れが落 ちました!とはいかず、硬いスポンジ等使いながら根気強くひたすら擦る。ガスが使えずお湯が出ないので家から電気ケトルを持参したのだが、やはりお湯は凄い。キンキンに冷えた水では作用しなかった重曹がお湯になった途端シュワシュワ云いながら油汚れを浮かせ始めた。頑固な部分(錆?)は落ちないが油のベトつきは殆ど無くなった。ガス台には汚れのひどい部分にティッシュに染み込ませた重曹を暫く漬けておくことでなんとか対応 できた。 ひと段落し、1階の窓掃除に取り掛かる。水で濡らした雑巾で汚れを落とし、ケルヒャーのスチーム洗浄機に付 属されているワイパーで水を切る。このワイパーが無かったら永遠と1枚の窓に付いた水滴を雑巾で延ばしている羽目になっていた。スチームはあまり使い物にならなかったけど付属品に価値があった。 普通のスライド式窓は難なく掃除できたのだが、横に何枚も重なっっている空気取り用の窓に苦戦する。横に重なっているので埃の蓄積が尋常でなく、隙間に雑巾が入りづらい。枚数が多く細かな作業をする体勢がキツイという三重苦。 それでいて凹凸のある曇りガラスなので綺麗になった感じが伝わりにくいので達成感が少ないという強敵だ。13時過ぎに1階の窓掃除がやっと終わった。お腹もペコペコなのでお昼休憩に。
家の外に出ると丁度ガス屋さんが壊れた給湯器の下見に来た。ガス給湯器は外にあったので一声かけて家の鍵を閉め隣の蕎麦屋へ。 お茶を出しながら女将さんは「明日は、こんな天気だからお店閉めようと思って。もう一人のお兄さんには会えないねごめんね。」と、昨日初めて川尻さんに連れられて行ったのに僕の事をちゃんと覚えていてくれた。今日も天ぷら蕎麦の大盛りを頼む。「冷たいので良いの?」と女将さん。昨日と打って変わって雪前の冷たい雨が朝から降っていているが昨日、江戸っ子川尻さんの言った「蕎麦は冷たくなきゃ」に釣られてざるを注文。心なしか昨日よりネタの多い天ぷらはやはり揚げたてサクサクと美味しく特にしめじに心打たれる。蕎麦はいう事なしに旨い。蕎麦湯で締めようと猪口に注ぐ時、「もっと濁らせなきゃーね、ジャンジャン茹でて」と言った川尻さんの言葉を思い浮かべる。そう、 僕も濁りきってトロトロしたのを飲みたいから実は今日のお昼を遅くしてみたのだ。だが裏腹に、蕎麦を啜る音が消えた店内に昨日よりいっそう透明な蕎麦湯が湯気を立てた。
楊枝を噛みながら現場に戻ると駐車場で給湯屋さんが待っていた。「いやー、 中のリモコンも見なきゃいけなかったんでー、すみません!」と、僕のお昼を待っていた様だ。「深大寺なんで蕎麦かなと、なら2、30分で戻ってくいるな と!待っていたんですよー」と頭を掻いていた。天ぷら蕎麦を食べた自分を少し恥じた。
午後は2階の窓を終わらせてワックス掛けまでいけるのか?早々に休憩を切り上げて2階へ登る。雨足が強くなり冷たい風が吹くなかでの外窓掃除は身体の芯から悴む。2階に水場がないので1階と何往復もしながら18時前にようやく窓 掃除が終わった。辺りは暗闇、天気予報ではそろそろ雪に変わるらしい。ひと段落ついていると、川尻さんから 電話が来る。今夜から明日の午前にかけて大雪になるらしく、青梅ではもう雪が舞っているとの事。大雪になってしまったら明日は間違いなく遅い到着になってしまうか、最悪作業が出来なくなる可能性が高い。このままここに泊まるのがベストと考え打診してみる。念のため寝袋は持ってきた。 話し合いの結果、本日は帰る事を止めて泊まることに。そいう言えば昔は家を建てる時、庭に小屋を建てて大工さんが生活していたらしいなあと井伏鱒二の小説を思い出しながら、19:00過ぎに2階の雑巾掛けまでの作業がひと段落した。ワックスは明日一気に全フロアやってしまう事にして取り敢えず夕飯を買いに行く。19:30ではあるが殆ど車の走っていない道をまだ雪になっていない大粒の雨を払いながら近くの業務スーパーへ。到着すると隣は「梅の湯」という長い煙突が伸びて、中から子供の笑い声がする銭湯だった。21:00前に現場へ戻り、玄関前にある茶室の様な4畳の畳間で寝支度をしながらPCを 打っているといつの間にか寝てしまった。


3日目

畳間の低い位置から見た外の景色は雪化粧とはいかず、昨日の様にメジロが数羽群れているだけだった。
狭山も調布も積雪はなく、泊まった意味は無かったのかもしれないが、起き 抜けに作業を始めることが出来るのは運転に使う体力が温存出来て身体が軽 い。最終日の今日は、風呂・トイレ×2・全フロアのワックス掛けを完了させる。
先ずは冷たい雨の中、深大寺まで朝の散歩へ行き参拝。帰ってきて直ぐに風呂掃除に取り掛かる。檜板と深い青色の小さなタイルで覆われた広い空間に味噌樽の様な檜の浴槽が置かれた風 呂場は抜け目なく洗練されていて、タイルを擦る二の腕は昨日の雑巾掛けでパンパンだ。午前中の集中した流れで2つのトイレ掃除も終え13:00過ぎにお昼ご飯にする。昨日、隣の玉喜は休むと言っていたのでミニストップで唐揚げ弁当を買う。サクッと休憩を終えて1階の雑巾掛けに取り掛かる。ラジコのタイムフリーで The Dave Fromm Show を聴きながらあっという間に全フロアの雑巾掛けが終わり、残すはワックス掛けのみ!休憩をしながら家を見回る。しみじみと良い家だなあと思いながら、玄関とデッキに出る扉に貼られた隙間テープを除去する作業を忘れていた事に気付く。指やヘラでゴシゴシと擦るが強力な両面テープでなかなか取れない!強くやりすぎてしまうと地が剥げてしまうので地味で繊細な作業だ。30分程奮闘するも意気消沈。夕方、川尻さんが来るので取り敢えず保留にして、いよいよワックスを掛けていく。 蜜蝋ワックスのBIVOSを開けると漂う甘い匂いは蜂蜜の様。2階とキッチンにある無垢板の机から始め、全窓枠、風呂場の木板と天井を塗る。暫くしてファミマのコーヒーと新発売と書かれたミニメロンパンというお菓子を持って川尻さんがやって来た。少し休憩して川尻さんに隙間テープが剥がれません!とヘルプを出すと「ちょっとづつならいけるよ~」と指で少しづつ剥がし始めてくれた。頻回に着信を受けながら作業している川尻さんは今が超絶忙しい季節のストーブ屋。僕はそそくさと2階の床からワックスを塗り始める。全フロア無垢材のフローリングは塗り甲斐があるし、とても楽しい作業だ。何より匂いが良い。階段を下りキッチンの方から1階を塗る。いつの間にか隙間テープは綺麗に剥がれていて掃除用具や工具が車に運ばれ、 ワックスの艶が玄関まで届いた頃には雨も上がった。
16:40、全ての作業が終わった。 今回、初めてのハウスクリーニング、連日の作業、泊まり込みというとても内容の濃い依頼となった。素敵な家はどこを掃除しても本当に楽しかった。何より印象深かったのは、化学洗剤を使わない掃除という経験が初めてだった事だ。物心ついた頃から当たり前の様に使用していた生活洗剤類の泡立ちの良さや汚れの落ち方は、とても便利で安価だが、そこへ疑問を持つ事はあまり無かった。「自然に優しい」という言葉はどこに向けられているものなのか、普段目にする森や川、動植物への関心に向けられがちなこの言葉を家庭の排水口に向けた時、ブラックホールの様な都市部の排水口を前に立ち止まることが出来るのかもしれない。

記念すべき五人目の依頼者となっていただいた川尻哲也さんに改めてお礼申し上げます。

2021.1.28 古屋崇久

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