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スコピエからガリチニクへ

朝、寝坊することなく起きてホテルのビュッフェ。何人かのアーティストと挨拶を交わし朝食。
今回のレジデンスは、ガリチニクという夏しか人がいない山間の村で、マケドニア2人、オランダ1人、セルビア2人、ギリシャ1人、コソボ1人、ブルガリア2人、そして日本1人の合計10人が10日間暮らし、テーマ「自然の植民地化/脱植民地化」について話し合うというものだ。

コーヒー文化ではないのか?代わりにブラックティーというものが大きなポットに入っていて皆んな飲んでいる。試しに飲んでみると、今まで飲んだ紅茶で一番苦いものだった。ミルクを入れるとようやく美味しい。

マケドニアは、現金派らしいのでATMで下ろそうと3件回ったが、どこも現金が入っていなくて下ろせなかった。
モスクや教会、様々な巨像を横目に中心地を通り過ぎ、高速道路でガリチニクに向かう。

高速道路は日本と同じく有料。しかしETCのようなシステムが無く、どの車も現金窓口なので各料金所で懐かしい渋滞が見れる。
運転はみな荒い印象で路肩追い越し当たり前、クラクションも結構鳴っている。警察は見ていない。

途中通り過ぎたゴスティバル手前の盆地が山梨の甲府盆地にそっくりだった。違っているのは、平地部分の殆どを農地と工場地帯にして、山際に家が沢山並んでいる点だ。
水害の為?農地優先の為?平地に民家が全く無いのは異様な雰囲気で理由がありそうだ。

高速道路では、右翼系の人か、クラクションを鳴らしながら旗を出し歌を唄っていた。

車はどんどん山の中に入っていく。樹木が少ない土地に差し掛かり、休憩。

ヤギや羊、馬の放牧が多いからか、とても鋭い棘を持つ硬いアザミ系の植物ばかりが育っていた。

スコピエから約2時間半。宿泊先のガリチニクに着いた。険しい山の中に張り付いて石造りの家が沢山建っている。遠くには湖が見える。

ウェルカムスウィーツを貰う。イチジクのブランデー漬け。マケドニアの慣わしという。とても美味しい。

マケドニア料理のお昼ご飯を食べる。バルカン半島と言えばヨーグルトが有名だが、ヨーグルトは羊の乳らしい。癖がなく美味しい。
トマトもめちゃくちゃデカい。スウェーデンで籾山さんが、野菜はマケドニアが一番美味いと言っていたが、その通りなのかもしれない。
そんな甘いジューシートマトにこれでもかと塩をかけて食べるのがマケドニア流?僕はそのまま食べた。

食後、散歩を兼ねて村を案内してくれた。
ガリチニクは、昔から独特な結婚式を行なっている村として世界的に有名だ。毎年6月に行われるその結婚式には沢山の観光客が来るという。
滞在場所のすぐ上にある式が行われる教会に、今年の名残が置かれていた。

熊が多いというここ周辺では、熊の痕跡が多く残されている。
熊に関係なくゴミに関して言えば、スコピエの街からずっと汚いと思っていた。ポイ捨てが多く、美しい山岳地帯に多くのゴミが散乱している。

急な斜面の村なので、停車する車は必ずタイヤに石を挟んでいる。
この地形ゆえ、冬は雪が降るので人が近付くことができなくなる。なのでこの村に住んでいる村民は居ないとされているらしい。
ハイシーズン真っ只中の今の賑やかさからは想像できないが、この場所に冬の期間閉じ込められるのは不可能だ。

この村のほとんどの建造物がこのような石組み。目地のコンクリートは適当に見えるが、それが良い雰囲気をだしている。

少し離れた教会まで歩いてきた。中に入る事は出来なくて、蝋燭やキリストの絵画、彫刻された石などは外にあり、小窓から中を覗くことが出来る日本の神社仏閣式で面白かった。

水が美味しいので、至る所湧水がある。しかし、水受けにはゴミが溜まっていて残念。

帰ってきて夕食が始まった。こっちの人はお酒をめちゃくちゃ飲む。僕は喉が痛いので白ワインを少しにした。ビールが沢山あるのに誰も飲まなかったのが勿体無い。

「Samurai」と言って爪楊枝を渡された。
ここでは、呼びやすいように「Taka」と呼ばれているが、バルカン系の言葉に「タカ」という音の言葉で「良い感じ」という意味があり、みんなそれを連呼するので頻繁に呼ばれている気がしてしまう。

滞在する家の石組みの建物は、耐震性という概念を持たないように見える。気になって調べてみると半世紀前にマケドニアで大地震があり凄い規模で被災したという。スコピエ中心に被害があったが、ここは大丈夫だった様だ。聞くと、この石積みがガリチニクのオリジナルと言う。

19時過ぎに薄暗くなり始め、一気に寒くなった。天気予報がこの場所を指定できないので、何度なのかわからないが、晩秋の雰囲気だ。
陽が完全に沈み、皆んな部屋に戻っては厚着をして帰ってくるというのを繰り返す。
空に星が輝いている。一人が「メテオ!」と叫び指さす方向を見ると群生の流れ星が横方向にゆっくりとベルト状に移動しているのが見えた。
とても長い時間光りながら移動した光は徐々に見えなくなった。あまりに非現実的な光景だった為、ウクライナが近い故、ミサイル?!と思ったが、皆んながメテオライトと言っていたので間違えないだろう。
気がつけば、皆んなダウンを着て厚手のブランケットにくるまっている。

風邪薬をもらったので、お湯に溶かして飲んだ。

2023,08,12

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