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パラオ旅行記【2日目】

 和也の目覚ましが鳴ってから起床までのスピードは異常だ。和也の携帯で目覚ましを掛けていたのだが、「鳴ったな」と私が心の中で叫んでから目を開けるまでに既に和也は目覚ましを止め、起き上がり、洗面台に向かっている。
 私も起き上がり、うがい、水を飲む、洗顔、着替える、歯を磨くのいつもの順番で準備を進めた。いやいや朝起きたら最初は歯を磨くでしょ?なんて言われたこともあるが順番なんてどうでもいい。ちなみにその間和也はとっくに準備を終えてベッドに横になりながら「ツモったー」と言って麻雀のゲームをしている。
 
 今日の予定は夜ナイトカヤックとナイトシュノーケリングという夜の海を楽しむツアーに参加予定で、それまではパラオという島を散策することだけしか決まっていなかった。
 
 まずは腹ごしらえに近くのカフェに入る。  時刻10:10。私はフレンチトースト、りんご、目玉焼き、スパムのウィンナーみたいな形のやつがワンプレートになったものとアップルティーを頼んだ。結局1番美味しかったのはアップルティーだった。お店側もアップルティーに自信があったのかもしれない、量が500mlぐらいあった気がする。

「一気飲みしてよ。」
 和也の高校生ノリだ。
 残っていた300mlぐらいのアップルティーを一気飲みし始める私とiPhoneで動画を回し始める和也。あとからこの動画を観たら本当にビックリするぐらいつまらないワンシーンだったのに、やっている瞬間はなぜだか楽しいのだ。そうか、だから人はインスタのストーリーをあげるのだし、観ている側は何つまらない動画をあげているんだろうと思うのか。仁川空港での不愉快さがアップルティーの喉ごしと一緒にスッと消えた。

 店を出て、パラオのダウンタウンと呼ばれるメインストリートを歩く。"ダウンタウン"と"メインストリート"と聞けば少しは栄えているように思えるがポツン、ポツンとお土産屋や控えめなショッピングモールが並ぶ一本道である。Google Earthで上空から見ればどこかの田舎かな?という第一印象を持ってしまうかもしれない。しかし、画面を2本指でつまみ、パラオ島一体を画面に表示するとどうだろう。綺麗な水色で囲まれている。これはパラオの海の綺麗さを示しているのだが、日本の周りにはどこにもなかった。沖縄の周りでさえパラオより水色の水色はなかった。これだけでもパラオの海が如何に綺麗か伝わるだろう。

 所々寄り道をしながら歩いていると、ポツポツと雨が降り出した。一気に強くなりそうなクレッシェンド的な振り方で、パラオは東南アジアに含まれないのだが、東南アジアで降るそれに似ている。
 予感は的中した。鬼雨という表現が相応しい激しい雨で近くのガソリンスタンドで雨宿りすることになった。

「これからどうする?」
「レンタカーとか借りるのありじゃね?」
「いいけど、俺運転できないよ」
「逆にパラオだからこそ運転するっていう説もある」
 正確に言うと、私は運転できないわけではなく最後に運転したのが半年前で自信がなかったのだ。
 パラオは電車もなく、バスも1時間に1本程度、タクシーはタクシー会社に電話しない限り来ない、公共交通機関整備となっている。
 そもそもパラオで運転出来るのか、という疑問も出るかもしれないが、実は日本の運転免許があればその免許証で運転が出来るのである。こういう背景なのだからレンタカーという案が出るのは当然といえば当然だ。

 レンタカーを借りて島を散策することは決まった。では次にぶち当たる問題は何か、どうやってレンタカー屋まで行くのかである。こんな土砂降り、分かりやすく例えるならシャワーレベルの雨の中どうやってレンタカー屋まで行くのか。

 「走るか。」
 ただでさえ走ることが嫌いな和也を巻き込むかたちで走り出した。ビーチサンダル
と足の間に挟まったあのヌチャヌチャとした独特の気持ち悪い感覚に我慢しながら走った。レンタカー屋に着いた時には文字通りシャワーを浴びたぐらい髪が濡れていた。レンタカーに着いてからの店員との会話は詳細に覚えていないが明らかに半日だけレンタルするのは割りに合わなかった、それは価格が高いと感じたこと以上に最終日までやることがなくなってしまうのではないかと思えるほど島が小さいと感じたためである。
 「やめるか。」
 この一言と和也の表情を見るに私が土砂降りの中走ろうと言ったことに申し訳なさを感じていることすら気にしていなさそうである。レンタカーすることは辞めた。
 時刻11:58。朝何も食べていない和也はそろそろお腹がすく頃で昼飯を食べたいと言い出した。折角だからオシャレな店を探そうと検索したところELILAIという海辺の店を見つけ、即決した。
 そしてぶち当たる同じ問題。どうやってそこまでたどり着くか、だ。さすがに走っていける距離ではないため、レンタカー屋の店員にタクシーを呼んでもらうことにした。待つこと10分。一般車と変わらない車に一般人と変わらないドライバーがやってきた。こういう姿を見るとなぜ日本のタクシードライバーはスーツや制服で働いているのだろうと思う。今、私がこの話題を出さない限りタクシードライバーの制服を気にする人はほとんどいないのではないかと思うほどである。
 走ること5分。目的のレストランに到着して、いざ支払いをしようとした時、パラオは親日ということもあり我々が日本人だとわかったからだろうか、カタコトの日本語でこんなことを言ってきた。
 「100ドル、ネ」
 和也も私も同時に同じ言葉を発した。
 「は?」
 ドライバーの顔からは本気なのか、冗談で言ってるのか分からなかった。ただ1つ言えることはどっちであってもイラっとせざるを得ないことだ。本気だとしたらふざけるなという話だし、冗談だとしたらあまりにも面白くない。こんなことでひと笑い取れるぐらいだったら今頃芸人をやりたいぐらいだ。と、内心思っているのだがこれも旅の思い出ではないか。そう思った我々はこう切り返す。
 「そんなこと言うなら1セントも払わないよ。」
 こちらも本気半分、冗談半分の表情で返して、結局3ドルほど支払ってタクシーから降りた。

 このお店を選んだ理由はもちろん料理が美味しそうだったというのももちろんあるが、テラス席から見える綺麗な海に魅了されたからである。しかし、こんなことがあるのだろうか、あれだけ昨日冷静な判断でカジノで勝った我々がその冷静さを失っていた。こんな土砂降りの中、綺麗な海が見えるはずもない。

 店に入ってからは風でテラス内にも入ってくる雨と戦いながらメニューを見る。海外でのレストランあるあると言えば、何の料理か想像できるものを選びがちなことである。だからこそ選んだのはサラダ、ステーキ、そしてコウモリスープだ。先述したように海外の食に抵抗がある和也から、「コウモリからもコロナに感染する可能性があるってネットに書いてあるぞ。」という言葉が出たが今となっては杞憂なのかもしれない。コウモリなんて見る機会すらあまりないのに食べる機会なんてもっとない。だから食べるのである。
 アメリカのブルジョア×ボヘミアンという新人類的存在の人々にフォーカスした"ボボズ"という本にこんな一節がある。

"旅行にかけるカネは人間としての教養への投資である。われわれは有名な景色を見たいのではない。他の文化を洞察したいのだ。他の生活を試したいのである。"

まさにこのコウモリスープという選択はこの一節を体現しているのかもしれない。ちなみにコウモリスープはトマトの酸味も効いてなかなか美味しかった。

※コウモリスープ

 コウモリに夢中だった我々には雨が上がり、綺麗な海が見え始めていることに気が付かなかった。綺麗な海に気が付いたのは飲み終えたアイスティーを置く横目に、底まで見える透き通った水面が見えたからだ。その水面は水色というよりエメラルドに近かった。よく見るとまさにディズニー映画ファインディングニモに出てくるような魚たちが泳いでいる。
 話は変わるが、ファインディングドリーというニモの続編映画を観た大学の友達の話を思い出した。彼の感想は「ドリーがアホすぎて渋谷から代官山(徒歩15分)までの距離の移動をオーストラリアと香港を経由してたどり着く引き伸ばし映画」という例えをしており、なんて辛辣な評価をするのだろうと思った。ただその後観た私はその感想がチラつき、今は香港あたりだろうか?今はオーストラリアあたりだろうか?とツッコミながら観てしまった。ドリーに大変申し訳ない。

 ニモを彷彿とさせる魚たちを見て、スマホのシャッターを切らないわけにはいかない。すっかり雨も上がり、太陽が見え始めた。やっぱり景色だけの写真では寂しい気もする、自分たちが写った写真も撮ることにした。

 食事、写真、会計を終え、店を後にする。時刻13:30。夜のツアーの集合時間は17時のためまだまだ時間はある。天気も良くなったので歩いて島を散策することにした。どうやらこのお店の近くにパラオ水族館があるらしい。
 再びパラオのダウンタウンを歩く。道中では奥田民生のイージュー★ライダーを流して旅行気分を味わう。この曲といえばなんと言っても旅猿という番組を思い出す。10年ぐらい前からやっている番組で私は全話視聴している。実はこの旅猿でもパラオを訪れた回があり、その影響もあってパラオに行きたいと思っていた。カレンダーも目的地もテレビもビデオも今ならスマホもいらない、日常のワンシーンに面白いことが溢れているのだ。

 時刻13:50。凄くこじんまりとしたパラオ水族館着。日本でイメージするような水族館と比較するとかなり小規模で、所謂水族館にいそうな魚がいる。魚の数よりかは遥かに少ない観光客が他にもちらほらとおり、水族館のスタッフと合わせると10人程度だった。小さな水槽が20個ほど屋内にあり、屋内→屋外→屋内のルートになっている。屋外にはこれもまた小さな水槽と池のようなものがありヒトデやナマコに触れることが出来る。私はこういった水族館や美術館、博物館に行くと展示横にある説明をじっくり読むタイプで、どんな魚なのか、何に分類されるのか、どういう生態なのか、知ったうえで実物を見るとまた違って見えるからだ。水族館を出る頃には内容を忘れてしまっているだろうが、その一瞬を楽しむというこれもまた旅の醍醐味である。

 しかしこの水族館で魚たち以上に我々を魅了したものがあった。屋外に行くと広がる海である。先程のレストランでは雨上がりの海を見たが、すっかり雨が上がり日が差している海は数倍も綺麗に見えた。スマホの写真フォルダを振り返ると魚より海の写真が多い。和也が持参したGoProも駆使して写真を撮る。
 よく旅行の最中にインスタの投稿を連投する人を見かけるが理解出来ない。写真を撮るたびに"いい写真だ"となるのだろうが、数投稿続く頃には飽きてしまうので、旅行が終わってからまとめて1度に投稿してほしい。

 時刻14:20。水族館にしては短すぎる30分ほどの滞在で出ることになった。夜のツアーには17時現地集合であるものの滞在しているヴィラからは少し遠く、ツアー会社の方が近くまでバンで迎えに来てくれることを考えると16時半過ぎには出発しなければいけない。水族館からヴィラまでは歩いて30分ほどかかるので15時にはヴィラに着き、1時間半ほど休憩してツアーに向かうことにした。
 帰りの道中では小さな公園があり、ブランコに乗るなど適当に寄り道しながらしっかり15時にヴィラに到着した。
 到着してからは各々歯を磨いたり、和也はラッシュガード(日焼けやクラゲ、擦り傷を防ぐための長袖水着)に着替えるなどツアーに向けての準備を進めた。

 とても平和な旅行である。細かくスケジュールを組まなくてもなんだかんだ楽しくなるものなのだ。治安も良く、夜は殆どの店が閉まり、クラブなるものは当然ない。東南アジアやヨーロッパで起こるスリも起きそうもない。ではこの旅行が平和ではなくなるとしたらどんな要因だろうか。物事が平和に進んでいる時こそ不安になるのである。

次に続く。

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