冴えカノFine鑑賞記

初出:同人誌『みんなのかなづかひ2020』(2019年12月30日発行)

※本稿は劇場版『冴えない彼女の育てかたFine』に関する、ネタバレを多数含んだ感想や考察的な内容となつてをりますが、その妥当性・正確性についての保証は一切ありません。それらに関する批判は受け止めますが、読み終つてからにして頂ければ幸ひです。

 といふ訳で、2019年10月26日より全国にて公開となつた劇場版『冴えない彼女の育てかたFine』を観て参りました。

 思へば劇場版制作決定が報じられてよりこの方、実に力の入つた事前の念入りな盛り上げ方にはひたすら焦らされつつ、それによつてまたワクワクを駆り立てられるといふ、見事な踊らされつぷりの日々でありました。

 この展開からしてこれはきつとあるだらうと予想はしてをりましたが、そこに案の定の最速上映実施のお知らせ。これは行かない訳には参りません。喜び勇んで深夜の劇場へ向かひ、上映前の物販で派手に散財し、さうして日付が変はるとともにいよいよ上映開始であります。

 ……そこから2時間程の、あの時空間は一体何だつたのでせうか。上映はつつがなく終了し、時刻は午前2時頃。なんだかふはふはとした気持ちで劇場を出た私は夢見心地で家路に就きました。

 じわりじわりとこみ上げてくるものを感じながらハンドルを握りアクセルを踏み、気が付けば自宅に着いてをり、そのままの流れで茶を淹れてやれやれとすすりながら一息ついた所で、ハッと、己を包み込むものの正体が、この上ない最高レベルの多幸感である事に思ひ至つたのでした。

 いやあ、語彙力を奪はれるつてああいふ状態の事なんですね。控へめに言つて最高でしたね。期待以上のもので期待に完璧に応へて頂けましたね。非の打ち所のない素晴らしいハッピーエンドと清々しい物語の幕引き。有り体に言つて「顧客が本当に必要だつたもの」を何らの混迷もなくスッと差し出された感じでしたね。

 まあ原作からして充分に過ぎるくらゐの幸せな完結を迎へてはゐた訳ですが、それを諸々の制約の上にありながらも最後までアニメ化しての大団円。加へてエピローグでは「原作のその後」まで見られるといふ……この手のコンテンツの昨今の事情を鑑みるに、これは最上級に近いレベルで巡璃まれた……もとへ恵まれた部類に入るのではないでせうか。

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 本劇場版はTV版1期『冴えない彼女の育てかた』及び2期『冴えない彼女の育てかた♭』に続くシリーズ完結編ですが、これもTV版1期・2期で人気が出なければ劇場版はあり得なかつた訳で、更に言へばTV版1期で人気が出なければ2期すら無かつた。そもそも原作自体が1巻開始時点では全く先行き不透明だつた旨が原作者より語られてをり、それらを踏まへると何とも「全員、笑へる場所に、辿り着けたよ――」といふ思ひが感慨深くこみ上げてくるといふものであります。

 なほ私は多分に「にはか」の部類なので、あまり大げさにそれを言へる程でもないのですが……。

 それにしても、TV版にて描かれたのは原作本編全13巻のうち7巻まで。これに続く8~13巻の6冊と、サイドストーリー「GS(ガールズサイド)」1~3巻のうち時系列的にTV版以降にあたる2~3巻の2冊、合はせて8冊分の内容が手付かずで残されてゐた訳です。これらを2時間弱に収めるといふのは中々に骨の折れる芸当であつたらうなあと、劇場版スタッフの皆さんにはご苦労お察しします感しかありません。

 当然ながら、原作の全てを余す所なく完全にアニメ化するなどといふ芸当は流石に不可能といふもの。その為、原作のエッセンスは維持しつつ、全体的には大幅に再構成された世界線が展開された、といふのが劇場版の概要となりました。まあTV版の時点で既に原作からは変動した世界線ではありましたが……いいんだよアトラクタフィールド的に見れば同じなんだよちやんと収束してるんだよなんか無茶苦茶な世界線に吹つ飛んでたりしないからいいんだよ!

 とはいへ劇場版、原作未読者には若干やさしくない作りになつてゐるのも確かでして。

 波島兄ちやんが初つ端から当然の様にblessing softwareのメンバーになつてゐたり、新作ゲームの制作も冒頭時点で既にかなり進行してをり、金髪ツインテールヒロインや黒髪ロングヒロインなどのありきたり(出海ちやん談)なものを含むサブヒロインシナリオが全て上がつてゐたりと、TV版2期からの続きとして見るとすつ飛ばされた部分が多過ぎるんですね。

 原作ではその辺丹念に書かれてゐるので、それを踏まへて劇場版を観ると何の違和感も無いのですが、TV版しか観てゐないと冒頭で「なんだこれなんだこれ」となつた人も多いのではないかと想像します。一応フォロー的な描写はあるにせよ、ホンマ大胆に削つたものだなあと。

 この「波島兄ちやん加入」と「倫也のサブヒロインシナリオ執筆」については、原作にて色々と紆余曲折あるかなりの重要イベントですが、そこをバッサリ切つてきた。これはつまり、劇場版では物語の完結に至るまでの根幹たる「恵Trueルート」を描く事に特化専心するといふ事であり、あのアバンタイトル全体が、観客に対するその旨の表明であつたのでせうね。

 といふ訳で、紅坂朱音の金で肉を喰らひ尽くした後に始まる本編部分はもう、基本的に根本的に徹底的に恵、恵、恵であります。妻ちからとメインヒロインちからを如何なく発揮し、サブヒロインどもには付け入る隙を全く与へず、時にはフラットに時には優しくまたある時には恐怖を植付けつつ、ただひたすらに、倫也を恵ルートへと巧妙に誘導してゆきます。あ、偏見入り過ぎですかね?

 でもさう見えてもしやうがないんだよなあ……といふのが正直な感想でして。ほら、タイトル直後の安芸家を訪れた恵が、チャイムを鳴らしても倫也が出て来ないのでいざ侵入、といふ所で一息、鏡で前髪チェックして「よしッ」みたいな表情するぢやないですか。もうね、あの時点でビクンビクンですよ。あ、倫也はよく「胸がキュンキュン」つて言つてますけど私の場合は「ビクンビクン」なんですよねえ……閑話休題。

 TV版の恵つて、安芸家に侵入した後の様子は山程描かれてゐた一方、ああいふ玄関先でのシーンつて無かつた様な気がするんですよね。それが劇場にて遂に白日の下に晒された訳ですよ。あれが夫の元へ赴く前の、通ひ妻のさり気なくも大事な準備ですよ気合ですよ心意気ですよ。

 さうやつて準備万端乗り込んだ所で、当の倫也はベッドでくたばつてた訳ですが、そんな拍子抜けの後でもさつと気持ちを切り替へて妻ちからを発揮ですよサクッとサンドイッチと緑茶ですよ。まあその後の倫也との話題に「お釈迦様」とか評しながら自分で持ち出した霞ヶ丘先輩への嫉妬で般若になるのはご愛敬といふものです。

 他にも、例へば巡璃15の本読みで、表現がユーザに伝はるか心配する倫也に対して「これで伝はらない様なら一生巡璃ルートには入れない」と主張してますけど、これは要するに「倫也君あなたは既に恵ルートに入つてるんだよ」といふ事実を突きつけてゐる訳ですよねさうですよね? あ、歪んだ認識ですかさうですか……。

 まあ、さうやつて手を尽くして倫也に恵ルートを邁進させつつ、自身らの新作ストーリーに「『転』は要らない」と強く主張するも、結局それが、誕生日デートといふ最良の場にて最悪の形で己が身に発生してしまつたりするのは、それがメインヒロインとして避けられぬお仕事といふか、まさにそれこそが恵ルートへと至るための条件であり、倫也と強い絆を紡ぐ為には必要不可欠だつた訳でして……。

 そんなこんなで紡がれた絆は、二度目の冬コミ3日目へと向かふ道中の強く結ばれた手によつて象徴され、二人は仲間達と共に無事「祭りの後」へと辿り着き、恵はあの坂の上へ駆け上がると恵ルートの完遂を高らかに宣言する……ああッビクンビクン。

 ところで、エンディング直前のあのシーンについてはちよつと思ふ所もありまして。あの坂の頂上で、恵は帽子を取つて後ろ手に持ち劇場版キービジュアルのポーズになると、そこから振り返つて「たつたひとりの、あなただけのメインヒロインになれたかな」と言ふ訳ですね、カメラ目線で。さうカメラ目線で!

 ここで気付かされる訳ですよ、この台詞は観客一人ひとりに対してのものだと。我々はこの劇場版で『冴えない彼女の育てかた』といふギャルゲのメインヒロインルートのプレイを疑似体験し、さうしてそのTrueルートのエンディングに到達したのだと。恵の台詞はそんな我々へのこの上ないご褒美なのだと。さう考へると、なんだかとつてもビクンビクンしませんか? しますよねさうですよね?(もはや有無を言はさず)

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 ……とまあ、独りよがりにやや突つ走つた解釈をしてみましたがそれはさておき。今作の展開で恵と倫也のクッソイチャイチャシーン的に極めて重要なのが「二人で新作シナリオの本読み」イベントだと思ふのですが、これもかなり、アニメだけの人にはやさしくないなーと思つた所でもありつつ、それでもまあバッサリやるしかないよなーとも思つた所であります。

 劇中作のプロットやシナリオに関する説明を本文中にふんだんに盛込めて、読者もそれを自分のペースで咀嚼出来るのが小説といふ媒体を取る原作。これに対して、劇場版では限られた尺と映像といふ媒体の中で、登場人物が今まさに読んでゐる内容を抜け漏れなく懇切丁寧に示し、観客にはこれを素早く理解して貰ふ……なんて事はなかなか困難です。巡璃04なんかはまさに象徴的にバッサリカットされた箇所だつたと思ひます。とはいへあれは、内容に深入りする必要のない所だつたからこそ省けたとも言へますが。

 逆に巡璃14や巡璃15については、TV版2期8話でトコトン掘り下げた内容がベースとしてあつたからこそ、それを想起してもらふ事で観客にとつては比較的、理解が容易でさらつと流せるといふ寸法ですね。「お前ら当然観てるだろ? 覚えてるだろ?」といふ、制作側の丸投げ……ゲフンゲフン、観客に対する確固たる信頼が無いとできない芸当ですが。

 さうして巡璃16以降の懇切丁寧なクッソイチャイチャ展開に繋がつてゆく訳ですね。とは言ひつつ明確にそんなシーンが描かれたのは巡璃16の本読みだけですが、それだけでもお腹一杯なクッソイチャイチャぶりですよな……その続きは観客が勝手に脳内補完すればよい訳でして、皆さんも勿論しましたよね? 異議は認めませんので悪しからずご了承下さい。

 そこから急転直下、倫也の浮気(語弊のある表現)が原因でクッソイチャイチャ本読みは終はりを告げてしまふのですが、そこからも倫也が恵へ想ひを伝へるメール、さうしてそれがほぼそのままシナリオとなるのではないかといふ着想から、今度はまた別の形で、倫也からの一方的な本読み再開となる訳です。

 しかし劇場版ではあの描写で伝はつたのかな、と少々心配になるくらゐにあつさり流してましたね……あれはあれで壊滅的にイチャイチャな本読みなんですけどね……詩羽先輩が「キモいわね」「まるでキモオタの実体験ね」と吐き捨てる(語弊のある表現)レベルで……。

 やがて満を持して世界最悪級(褒め言葉)のイチャイチャが現出したのが、フィールズ・クロニクルXIIIの作業完了と巡璃シナリオの完成、そして恵への想ひを伝へるメール、通称「変なの」に端を発する一連の事象であります。

 この「変なの」を受け取つた恵はそれから僅か1時間で安芸家へと辿り着き門前で倫也を待ち構へ、帰つて来た所にひたすらフラットを装ひつつ、送られたメールをすつごくキモいと言ひ放つたかと思ふと「帰る」と踵を返してしまふんですよね。倫也が追ひ掛けてくる事を当然の様に期待しながら。直前のシーンで詩羽先輩が評した「彼女、絶対に倫理君の事諦めたりしないわよ」といふそのものズバリの言動を取つてしまふ。

 怒れる妻を追ふ夫。その必死の問ひかけに恵のフラットは完全崩壊して、今度は不貞腐れる。手を取らうとする倫也を一度は振り払ふも、二度目は自分から握り返し夫に必死に言外の要求を……! これまた直前のシーンで英梨々が予想した「自分からは絶対に告白しない」といふそのままの態度で……!

 ……うむ、倫也よよくやつた。君は妻の求めに見事に応へてみせたのだ。その勇気と選択は称賛に値する。夫としてやるべき事を、やらねばならぬ事を、やるべき時にやつたのだ! まあ、そこから妻にケジメを要求された所ではちよつとやらかしてしまつたけれども、それもまた妻からすればもはや愛ほしさの源でしかなかつたね。さうして二人はやがて「いつせーの」で幸せな……。

 と、ここまでが本読み。ほらね、世界最悪級(褒め言葉)でせう?

 この本読みはきつちりとシナリオにフィードバックされ、マスターアップ迫る状況下で出海ちやんの創作魂に更に火を点け、ちよつとした妻の不興を買ひ、ついでにサークル内に「べッつに~」といふ白けた雰囲気を生み出したのでした。ほら、見事な本読みの顛末でせう?

 しかしこの「変なの」について、どんな内容なのかが詳らかになつてゐないといふのがこれまた原作未読者にやさしくない所でして……それでも別に問題なくビクンビクン出来るのがまたうまくやりやがつた所でもあり……といふ訳で、詳しく知りたい方は原作を読む事を強く強くオススメします(ダイマ)。

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 その辺を踏まへつつ劇場版での個人的ベストシーンを挙げるとすると、やはり倫也の告白とそれに応へる恵のシーンになる訳なんですけれども、その中でも特にビクンビクンするのが「私の事が好きなのに云々」と恵が倫也を責める所でして。

 ここで恵は「なんで英梨々の所に『行つちやふ』かな」「どうして霞ヶ丘先輩の所に『戻つちやふ』かな」と、倫也の浮気相手(語弊のある表現)二人に対して表現を使ひ分けてゐるんですよね。この表現の違ひから、恵の二人に対する認識の違ひが浮かび上がる様な気がするのです。

――英梨々は倫也君にとつて初恋の相手であつて、関係がギクシャクしつつも10年間ずつと見続けてきた相手ではある。けれども、言ひ換へればそれだけであつて、意地と拘りとが邪魔をして、どこまで行つても最後の最後でほんの少し、距離の有り続ける存在。それに対して霞ヶ丘先輩は違ふ。倫也君の憧れであり、作品を通じて倫也君と触れ合ひながら、強くて深い結び付きが一度は確かにあつた。やがて決別したとはいへ、言はば倫也君の「昔の女」。関係が修復してからは創作の師匠ともなつた。そんな二人の間で、心の深い部分での結び付きは完全に切れてしまふ事はなく、いつまでもいつまでも、そこに在り続けるのではないか――

 要するに「英梨々は所詮ライバルではない。しかし霞ヶ丘先輩は危険だ、この女に対しては油断してはいけない。一歩間違へればわたしの倫也君を奪ひ去つてしまひかねない、とても危険な存在だ……」。そんな認識が、恵の心の奥底にあるのではないか、そんな気がするんですよね。その無意識の発露としての「行く」「戻る」の使ひ分けだとすれば、恵の情念の深さ、めんどくさ暗黒強欲ヒロインの闇の本質が垣間見える様に思へませんか? ああッ恵つてば重い! 黒い! 罪深い! だがそこがいい! ビクンビクン!

 あ、皆さんはさうは思ひませんかさうですか……。

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 こんな風に恵視点で、詩羽先輩を悪女の様に散々書き立てておいてアレですが、その反面、劇場版で一番「損な役回り」をしてゐるのもまた、詩羽先輩なんですよね。恵にしろ倫也にしろ英梨々にしろ、劇中で思ふ存分泣かせて貰へた反面、詩羽先輩はそれを許されなかつた。強い存在である事を求められ、その立場を全うした。

 その点では同情すべき所極めて大ではあるんですが、それでもTV版ではしつかり泣いてるし倫也の初めても沢山奪つてるし、挙句は愛人ポジションを確立して恵をからかひつつ隙あらば……みたいな感じで、倫也との今の関係性を充分にエンジョイしてる感があるので、トータルで見ればまあトントンなんではないですかね……。

 さういふ意味では、イラストレータとしては大成したけれども好きな男は親友に奪はれてしまひ、10年前からの想ひにも不本意な決着を付けざるを得なかつた英梨々とかそりやあもう、ただひたすら泣くより他にない訳でして。原作者に「本当にかはいさうなことをしてしまひましたね」(Memorial2インタビューより)とか言はれてしまふくらゐですから……。

 ま、まあ読者・視聴者・観客的にはポンコツコミックキャラとして楽しませてくれてありがたう的な……とか言へるのも私が恵一択だからであつて、やはり英梨々ファンにとつては納得行かない所、諸々沢山腐るほどあるんだらうなあと想像します。しかしまあ、劇場版エピローグの鍋を囲むシーン、席に着いた恵と顔を見合はせにつこり笑ひ合ふあの姿を見て、なんとか納得して頂きたく伏してお願ひ申し上げます。

 その他のモブヒロイン様方については……まあ別にアレでいいんでないですかね。え、雑な扱ひがひどい? さうは言つてもTV版の頃からだいたいそんな扱ひだし……原作でも劇場版でも、恵を追ひ込んで倫也への想ひを白状させる役割はきつちり果たしてくれましたし……。

 といふ訳で雑に劇場版での両名を回想すると、美智留はいつもあぐらかいてたのがエピローグでは正座する様になつてたりして、いやあ大人になつたねえつて感じですか。出海ちやんは……お、大人になつてもかはいいね!

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 さて、演出面についても少し語つておきたいと思ひます。一言で言ふと、対比や天丼風味の繰り返しをうまく使つてるな、といふ印象です。

 例へば、スランプに陥つた倫也に対して「メインヒロインシナリオ楽勝つて言つてたのいつだつけ」「夏休みあとどのくらゐだつけ」云々と責める恵と、紅坂朱音に背中を押されてメインヒロインシナリオを全部書き直した倫也に対して「今日何日だつけ」「夏休みいつまでだつけ」云々と責める恵とか。

 例へば、巡璃15を執筆する倫也をスカイプ経由でぢつと見てる恵と、書き上がつた巡璃15をいつものログハウス風喫茶店で読む恵をぢつと見てる倫也とか。

 例へば、巡璃16を読んだ晩夏の夕方、ひぐらしの鳴く中で二人の手と手は確かに触れ合つたはずなのに、時は流れて秋の曇り空の下、大阪へ向かはんとする倫也とそれを止められない恵、あの夏の日と同じ、ほんの数センチの距離にある手と手が今度は離れてゆき、そこには大粒の涙がこぼれてゐたりとか。

 例へば、1時間前に送つてきたメールをして「こんなひどいラブレター貰つて喜ぶ女の子がゐると思つてるのかな」と冷たく突き放す恵と、倫也の本心から出たちよつとアレな告白を聞いた後の「そんな事言はれて喜ぶ女の子がゐると思つてるのかな」と言ひつつも既にちよろさが駄々漏れの恵とか。

 さうして例へば、倫也を完全にモノにした後に英梨々を前にした恵と、冬コミ3日目の朝にトラブつた事を恵に責められた倫也とが揃つて口にした「批判は受け止める」とか! 似た者夫婦か! お前ら末永く幸せに爆発しろ!

 とまあこんな感じで、観てるこちらを悉くビクンビクンさせる憎い演出が諸々のシーンを彩つてをり、心の痙攣の治まる暇が無いので何とかしてくれといふ感じであります。

 更に言ふと、劇場版の中に留まらず「あッこれTV版であつたなあ」といふ感じで見覚えのある演出がちよこちよこ紛れ込んでたりするのでさらに憎い。劇場版にならうが冴えカノは俺達を裏切つたりしない! これがこれこそが俺達の冴えカノだ! といふ感じですかね。

 ただ、演出と言ふか描写と言ふか、なんか諸々整合性の取れてない所なんかもややあつたりするのは、若干気にはなりました。「RINE」だつたり「LINE」だつたり、倫也の部屋のデュアルモニタに取り付けられたWebカメラの位置が毎回違つたり、伊織が「リツイート数5000を超えてる」と言ひながら超えてなかつたり、その他諸々々々。

 まあその辺は、円盤にて修正されるのを期待したいと思ひます。それを確認する楽しみが、俺達にはまだ残つてゐるんだ……。

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 そんなこんなで、劇場版『冴えない彼女の育てかたFine』を観て思つた事やら何やらを雑多に書き連ねてきましたが、幸ひにして今の所「冴えカノロス」の様なものは来てをりません。

 何せ本稿執筆時点ではまだ絶賛上映中だしまだ劇場に通つて飽きずに恵でビクンビクンしてるし入場者特典も集めてるし、挙句に7週連続といふ正気の沙汰とは思へないやり口の特典小説の、よりにもよつて配布最終週である7週目でアニプレックスがやらかして欲しい人に全く行き渡らず、転売屋跳梁跋扈観客阿鼻叫喚の地獄が現出してをりまさに予断を許さない状況だつたりするので、そりやあそんな落ち着いた心持ちになる準備が出来てない訳でして……。

 作品自体は全く以て文句のない至高の出来映えであり、観客としても満足感が極めて高かつたからこそ、作品展開の最後の最後でその想ひが、思ひ出が一気に嫌なものへと変はつたりしてしまはない様に、ただただ祈るばかりです。

 といふ訳で最後に改めて、この作品の制作に関はつた全ての人へ讃辞と感謝を述べたいと思ひます。最高の作品を本当にありがたうございました。


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