精緻な想像力の世界、あなたは一瞬だけのもの_ミルハウザー『イン・ザ・ペニー・アーケード』

あなたの世界はあなたにしか見えていない、とたびたび思う。

ここに、トマトに鰹節を乗せた夏の一皿がある。青臭さが嫌いな友人にとっては天敵のひとつだし、田舎の実家から野菜が送られてくる知人にとっては故郷の味だ。成分に詳しい人がみたら野菜のグルタミン酸と魚のイノシン酸があわさった…など難しいことを言うのかもしれない。

つまり、物質はひとつなのかもしれないけれど(確かめようがないから断定できない)、私たちがみているものは、世界は各々違う。虹彩の色が人によって異なるように。

だから、私は自分の想像を、見ているものを細やかに描く作家やその作品が好きだ。美しく、綿密に、時には執拗なほど精緻に想像を描くミルハウザーの文章が好き。19世紀ドイツのからくり職人、真夏の海辺、雪の降り積もった早朝、想像の中の架空の東方の国。場所と時を選ばずに、細やかに描かれる想像力の世界。

人生の奇怪さに気づき、たまらなく不安な気持ちになることがあった。まるですべてはただの夢であり、いつ目が覚めるやもしれぬような気がした―彼は子供じみた情熱のために一生を無駄にしてしまったのだ(アウグスト・エッシェンブルク)

何も考えずに一日一日を過ごしていくことに不安を感じていた―結局のところ一生涯に生きられる日々には限りがあるのだ―彼女は言いたかった。あなたたちにはわからないの?何ごとも永遠に続かないということが?気がついたときにはもう遅いということが?(太陽に抗議する)

私たちが唯一だということ、それから有限だということを痛感する。私たちは一瞬にしか存在しない。人生は一度きりしかない。ふと、過去を振り返ったときに、全てが無駄だったと、手のひらから漏れていく時間をくだらないことに費やしてしまったと気付いたときの、その絶望。深い悲しみ。

何が有意義で、何が重要なことなんてわからない。将来あるかもしれない何かのために今を犠牲にして、苦しんで、その先に何もなかったとしたら、そんなの悲痛すぎる。

だから、今を愉しんで生きたいなと思う。今を大事にする。それは、目先の利益に走って将来をだめにすることではなく、『何かのために頑張る』ということ自体を楽しみたいと思う。

頑張るということが苦しい、辛い思いをしなきゃ大成できないなんて大嘘だ。

あなたに見えているものは、あなたにしか見えない。そして、あなたには限りがある。あなたは唯一で、有限だ。そんな貴重なものがあるだろうか。

だから、今を愉しんで、将来の準備ができたらいいね。そんなことを思った『イン・ザ・ペニー・アーケード』と夏の夜。


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