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【森高千里】セミファイナルの盛り上がりを超えて次へ

森高千里とそのバンドの1年超に及ぶ全国ツアー「今度はモアベターよ!」が7月にファイナルを迎える。

このツアーは2023年6月の昭和女子大学人見記念講堂(東京・三軒茶屋)からスタート。この日は音声収録が入ったこともさることながら、コロナ禍を経て声出しが解禁された初っ端のライブだった。もう忘れちゃってるけど、コロナ禍を経て「声が出せる森高ライブ」は、けっこうみんな戸惑いの夜を越えて、という手探り感があった。

実際、20年は1年通じてほぼライブが出来ず、21年に「この街」ツアーとして再開し、再開したものの声出しなし・拍手だけ、しかも1席空けの1日2回公演というスキームがずいぶん長く続いた。神奈川(伊勢原)や千葉や埼玉、土浦や岐阜や佐賀や周南やあちこちにマスクをして出掛けた(私は今もマスクをしている)。

「この街」ツアーのファイナルは宮崎だった。一昨年のたしか3月か。宮崎楽しかった。たった2年前のことだ。でもそれは今になって思えば前哨戦。1日昼夜2回公演もそれはそれでおもしろかったけど。

タイトルも新たに1年前からの「今度はモアベターよ!」ツアーはぐんぐん調子を上げていった。もうとどまるところを知らなかった。きょう、神奈川県南足柄市の公演で、同ツアーについて森高は「昨年は14本、今年は24本」と言っていた。昨年の14本にはあの素敵な秋セットが入っている。24本にはまだまだ行くか、と思わせた尻上がりの盛り上がりがあってきょう今に至る。全く底知れない。

ずいぶん変わった。声出し解禁の頃の客席の反応は今思えば全然物足りなかっただろう、森高にとっては。ステージからたびたび煽られた。まだまだコロナ前には足りなかったんだよね、きっと。

肌感覚が変わったのは2024春セットの半ば後半くらいからかな。「テリヤキ・バーガー」を中序盤に持ってきたことで空気が入れ替わった。オーディエンスは、自分たちがほかならぬ森高に鼓舞されてることに気付かされることになった。自分らがいかにしょぼくれていたのか気づくことになった。歌の力、パフォーミングの力だ。肩で息をし、髪を振り乱し、激しい体の動きで、客席に向かってマイクを投げんばかりに声を拾おうとする森高千里。とにかく!!もっと!!やるんだよ!!そんな主張がどこまで届いたのか、この曲はセットの中序盤戦でどんどん、その存在感を増していった。

そうこうするうちも政治は、社会はどんどん悪くなっていく。みんなどんどん疲弊していく。無力になっていく。思考停止になっていく。ある程度自由裁量で仕事ができる立場にいるはずの森高も、オーディエンスの疲弊を嗅ぎ取っていた。たぶん。ただその間もヤケクソのように、いや、自分がライブで元気になっていくごとに、ツアーの熱量は上がっていったのを感じざるを得なかった。イマココ。

23年9月の浦安の小爆発、10月の日立の中爆発などなどを経て、今年に入ってからは指数関数的にどんどんよくなる森高ツアー。沼津、韮崎、市原。岐阜(は行けなかったけど)。塩尻、ちょっと意外な南足柄、、、後半はブッキングも気合だ!!という無謀さ、それを押してファンはついていき、結果、むっちゃくちゃなカオス、というかソフィスティケートされた予定調和な進行を時として踏み外すライブになっていく(きょうの後段は森高さん「も〜どうしろっていうのよ〜」と半ば素が出ていた。プロなのに・笑)。そこに好感を持ったし、まだまだツアーをやれる、という確信を森高さん自身がしっかり掴んだのではないだろうか。今頃彼女はどこでなにをしてるのかな。きょうのライブのことをサービスエリアで車窓の外見ながら思い出したりすることもあるのかな? 

秋から新ツアーが始まるかもしれない。森高にはもうそんなに潤沢な時間は残されていない。今が全盛期だっていう実績残すために、森高を「知っている」という人たちの多くに「モリタカのライブは凄いらしい。いかなきゃ」というバズを伝播していくために。この夏以降が千載一遇の好機だ。持てるバジェットの全てを注ぎ込み、ゴリゴリのツアーが組まれるのではないか。それは古参さんや私のような中トロのファンにとってはチケットの取りにくさが増すことを意味するのだが、その次のステージを狙うには避けては通れないことだ。

しょぼくれた日本社会の行く末を真向ひっくり返すポテンシャルのあるこんな素敵なアーティストのツアーを、僕らだけのものにしておくのはワガママというものだろう。モリタカはモリタカにしかできない偉大な仕事をするのだこれから。

がんばって!!

2024/06/24

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