8歩目「ある喫茶店の話。」②

第1章
「Ballad de Lovers」
(恋人たちのバラード)

   「マスター、ブレンド1つ!」
「カフェモカ、クリーム多めでよろしくぅ♪」
カップルらしき男女2人から、そう注文される。

マスターはゆっくりと2人の方へと向き直り、
「ブレンドとモカですね、かしこまりました。
甘過ぎるとお体を冷やしてしまうと思うので、
ミルクの代わりに豆乳を使用しているのですが、
そちらは大丈夫そうですか?」
と、注文の内容をしっかりと確認しつつ、
モカを頼んだ女性に確認を入れた。

「あぁ、ありがとー!豆乳で大丈夫だよ♪
相変わらず、マスター優しいねぇ」
「滅相も御座いません。いつもご来店下さる
お客様を大切にするのが私の信条ですので、
それに従ってご提案しているだけで御座います」
では、とだけ言い、マスターはキッチンへ向かった。

   穏やかな音楽。大雑把な照明。大量の古書。
そして、ヒビや剥がれの入った調度品。
この喫茶店にあるのは、珈琲の為の機材や
調理器具を除いて、これだけである。

   巷で流行っている歌は掛からない。
この店で掛かるのは、往年のジャズの名曲のみ。
『最近の音楽は聞いていて疲れてしまう』
とマスターが考えているゆえに、
店内ではジャズ音楽のみが流れ続けている。
『自由ゆえに癒される』とも、かつて語っていた。

   「これ、面白そうだね」「これも、すごく素敵!」
大量の古書がディスプレイされた古い書棚は、
文学が好きなのであろう男女に大好評だ。
更に、その近くの席には、淹れられた珈琲の芳香や、
デザートの甘く優しい香りがよく届く。
それも、この席が評判である理由の1つだろう。

   「この店に、"名前"はあるんですか?」

喫茶店を開業した当初、そう質問された事があった。
その時、マスターは嬉々としてこう答えたという。

「ありますよ。 デートコースになって欲しいとか
そんな願望は特にありませんが……。
意味を大切にした、そんな"名前"にしたくて。

この喫茶店の"名前"は────」

「『Ballad de Lovers』、
"恋人たちのバラード"……です」

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