見出し画像

初音ミク「メルト」

「メルト」というボカロ曲がある。ボカロ黎明期の2007年に発表された。もう発表されて10年以上にもなるが、数多あるボカロ曲の中でも、上掲動画の通り今でもNHKにも取り上げられたり、代表曲の一つである。

ただ、この「メルト」(以前の?)ボカロ曲にありがちなめちゃくちゃ早口だったり、極限からもはみ出ているような世界観をうったりしているわけではない。歌詞も曲の展開もシンプルなもののように感じる。

けれど、この「メルト」を現在のアイドルが歌ったらどうだろうか?例えばこんな歌詞。

天気予報が ウソをついた
土砂降りの雨が降る
カバンに入れたままの
オリタタミ傘 うれしくない
ためいきをついた
そんなとき

「しょうがないから入ってやる」なんて
隣にいる きみが笑う
恋に落ちる音がした

メルト 息がつまりそう
君に触れてる右手が 震える

高鳴る胸 はんぶんこの傘
手を伸ばせば届く距離 どうしよう・・・・・・!

作詞:Ryo
メルト

思わず「姉さん左肩びしょびしょですよ」と言いたくなってしまう。それはおいておいて、歌詞が純粋で素朴だと思う。それゆえに生身の人間が歌う嘘っぽくなるのではないだろうか?昭和の時代と比べこの曲が発売された平成後期の頃からアイドルにリアルが求められて「嘘」が許されなくなってきたように感じる。実際こんな歌詞を歌ったらちょっと寒いかなって思う。

けれど、初音ミクなら「嘘」にはならない。だってボカロだもん。実態がないものだから、「嘘」になりようがない。まあ、フィクションの世界の方が真実性を示すことがあるのは、洋の東西を問わず素晴らしい文学の存在が示している所だと思う。

ところで、この歌詞が面白いのは人間が体験しえないようなあり得ない「嘘」ではなくて、誰もが体験することが出来るような、ベタすぎる「嘘」であることだ。あり得ないフィクションには共感は生まれないけれど、ベタなフィクションには共感が生まれる。

上述のとおり、この曲は展開もシンプルなものだと感じるが、それは独創性を示すよりも、多くの人にこの曲を聴きやすくするための工夫であるように思われる。創造性も必要だとは思うが、伝える力もアーティストには問われている。

この「メルト」という曲の偉大な点は「アイドル」とは何かという問いの答えをキャッチーな形で示したことにある。「JPOPは時代と添い寝する」というのはマキタスポーツさんの言葉だったとおもうけれど、そういう意味で「メルト」は平成後期という時代を反映したJPOPの名曲と言える。